第51話 バレンタインデー

「あったー! 」

「どしたの? お姉ちゃん、もう出るよ」

「はいはい、わかっておりますとも」


 なにかを探していたらしいお姉ちゃんは、わーわーと騒ぎながら玄関にやってきた。


 慌てるほど探したものがきになって、駅までの道すがら聞いてみた。


「何を探してたの? 」

「これよこれ……? あれ? あーっ! 玄関に置いてきた! 」


 朝から元気だなぁ。 でもそんなおっちょこちょいで大丈夫なの、受験生?


「あああ、せっかく引っ張り出したのに」

「それで何だったの? 」

「カラヤンのCDよ。 これがなかなか手に入らなくてねぇ。 ネットじゃプレミアついてるんだから」

「すごいね。 でもなんで出してきたの? 」

「そうそう。 菊野くんに頼まれてね。 ってそうか、美咲に頼めばよかったんだ」

「大地に? 」


 受験のためにもう自由登校になっているお姉ちゃんは、週に一度ほどしか学校に行かない。 今日を逃すと一週間後だから焦っていたみたい。


「そっか。 じゃ、玄関のやつ渡せばいいのね。 明日でも平気なの? 」

「平気でしょ。 かれこれ二週間経ってるし。 ははっ」


 相手が受験生とはいえ、哀れ大地。 でもそれなら一日二日遅れても関係ないね。




 二学期までと違ってお姉ちゃんの課外もないから、最近は普通の時間に登校。 だから人通りも多いし、教室に入ればクラスメイトの半数は登校している。


 ましてや今日はバレンタインデー。心なしかそわそわした雰囲気を感じる。 あたしもそう、なのかも。

 お姉ちゃんと別れて、自分の教室へと向かった。 大地はもう来てるかな。 なんて、ちょっとドキドキしながら扉を開けた。


「おはよー」


 声をかけながら中に入ると、視線を一斉に浴びた。 主に男子たちから。


 ――な、なに!?


 と、思ったらため息混じりに視線が散った。 ちょ、ちょっと流石に露骨過ぎやしませんか、男性陣。 あたしじゃ不満ですか。


 これでもあたしアイドルやってるんですけど!? こないだだってバレンタイン企画で手が痛くなるまでサインしたりしてるのよ!?


 ちょっと不満を持ちつつも、別に色んな人にモテたいわけじゃないから、おしまいおしまい。

 もやもやを吹っ切って自分の席とその隣へ目をやったけど、大地はまだ来てないみたい。 ふう。


 どうやって渡そうかな。 朝イチ? 昼休み? 放課後? でも大地は部活あるもんなぁ。 教室で渡すのは目立ちすぎるし、どうにも渡すシチュエーションが思い浮かばない。


 うーん、うーん、と唸っていると、予鈴がなったところに悩みの種の張本人がやってきた。


 ――げっそりした顔つきで。



「おはよう、って大地、大丈夫!? 顔真っ青だよ」

「おう。絶不調だわ」

「保健室行ったら? 」

「いや、毎年のことだから」


 へ? 毎年?


 いまいち意図を汲めないでいると、先生がやってきてホームルームが始まってしまった。



 ――朝イチ、失敗。



 得意の数学の時間も、大地は調子が上がらないようだった。 お腹を押さえては、ため息をつくばかり。 授業の合間の休み時間は、チャイムと同時に出て行ってチャイムと同時に帰ってくる。


 せっかく昼休みになったのに、大地は突っ伏したままだった。 しばらくしてむくっと顔を上げたけど、お腹を押さえたまま出て行ってしまった。 またトイレなのかな。 ホントに大丈夫かな……。

 予鈴とともに帰ってきた大地は、またしても机に突っ伏してしまって、話しかけるのは憚られた。



 ――昼休みも、失敗。



 こうなったらあとは放課後しかないのだけど、帰りのホームルームが終わっても大地に復活の兆しは見えなかった。最後までのそのそと動きつつ、お腹をさすったまま立ち上がった。


「あ……あの、大地、部活? 」

「おう、定演近いしな。 悪い、ちょっとトイレ行くから、またな」

「うん……」


 トイレに行くのを引き止める訳にもいかず断念。 というか、こんな教室でみんながいるとこじゃ渡せないし……。



 ――放課後も、失敗。



 もう渡せない運命なのかな。 このまま部活が終わるの待ってるのも変だし、一回帰ろう。 いざとなったら大地の家まで行けばいいや。


 朝の浮ついた自分を戒めたい。 大地がしんどそうなのに、こんな荷物押し付ける訳にもいかないし。

 お家帰って課題でもやっつけよう。




 そうして着いた地元の駅では、山積みのチョコレートを売り切ろうと必死な店員さんたちがいた。 あたしのもこのまま賞味期限切れかしら――。 そんな沈んだ気持ちのまま玄関を開けると、そこには小さな紙袋に入ったCDが出迎えてくれた。



 ――これだ!



 すぐにスマホを開いて、大地へとメッセージを打った。


『部活終わったら、帰りに駅で会えないかな。 お姉ちゃんからCD預かってるの』


 部活が終わる頃にはメッセージを見てくれるだろうし、今のうちにご飯の支度と勉強を進めよう。


 そして、課題と夕飯をちょうど終えたところに、スマホがピロンと鳴いた。


『わかった! 改札のとこでいい? 多分15分発の急行に乗れる』


 あら? なんだか元気そう。 復活したのかな? ホントに良かった。 それなら、CDとブラウニーを届けに行こう。


『うん、改札出たとこで待ってるね』


 紙袋にブラウニーとCD入れて、あ、そうだ、カードも入れとこ。


『ハッピーバレンタイン あのチョコレートケーキには敵いませんがお口に合うと嬉しいです 美咲』


 こんなとこかな。よし。


 楽だから履いてたガウチョパンツの代わりにミニ、まではいかないけど少しだけ短いスカート履いて、ダッフルコートを羽織った。


 ピンク色の紙袋を持って表に出ると、冬の凍てつく風にさらされた。


「寒っ」


 息は吐いた途端に白く広がっていく。

 足元も猛烈に寒いし、無理してスカート履くんじゃなかった。 でも15分の急行なら、あと5分もすればこっちに着く。 寒風に怯んでる場合じゃない!


 改札の近くまでたどり着くと、吹きさらしの風からようやく逃れることができた。 エスカレーターの空間から登ってくる生温い風が少しだけ身体を温めてくれた。


 それよりももっと身体が熱くなったのは、エスカレーターを駆け上がってくる大地の顔が現れた時だった。


「おかえり、大地」

「ただいま、ってなんか変だな」

「地元なんだからいいんじゃない? 」

「それもそうか。 寒くなかったか? 」

「うん、平気。 大地こそ疲れたところにごめんね」


 寒かったよ! でも、今日じゃなきゃダメだったから。


「あの、大地。 はい、これ」

「お、ありがとう! 」

「おうち着いてから開けてね」

「おう、わかった。 先輩にお礼言っといてくれる? 」

「うん、言っておくね」

「でもなんでわざわざ駅だったんだ? 明日の学校でも良かったのに」


 今日がバレンタインデーだからに決まってるじゃない! でも中身を伝えてないんだからそう思うよね。


「えっ? えーっと、早い方がいいかと思って」

「あっはっは! 美咲は律儀だなぁ」

「ちゃんと渡したからね。 おうち着いたら早めに確かめてね」

「わかったよ。 んでも、腐るもんでもあるまいし」


 バレンタインデーのバの字も考えてなさそうな大地を見てたら、一人で盛り上がってたあたしがバカみたいじゃない!


 もうやだ! ちょっとくらい察してよ!


「いいの! また明日ね! 」

「お、おう、じゃーな」


 最後の最後までのほほんとした大地は、そう別れの挨拶を告げてから家路へとついた。 拍子抜けしたけど、大地が元気になったからいっか。

 そんなことを考えながら、愛おしいその背中を見送った。


 寒さは、感じなかった。

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