第52話 ボディタッチ
「美咲、ケーキありがと。 すっげーうまかった」
翌日、教室で大地からおはようの挨拶よりも先に感想をもらった。 昨日はメッセもなかったから、気づかれないままほっぽらかしにされたのかもと心配したけど、杞憂だったみたい。
「食べてくれたんだ。 良かった」
「めっちゃ嬉しかったよ。 バレンタインいい思い出なかったんだけど、おかげで上書きされた」
「何それ。 大げさだなぁ」
もしかしてバレンタインが原因で不調? 精神的なものかしら。 でもでも、喜んでくれたならよかった。
「それでさ、ちょっと話変わるんだけど、来月定演あるから、是非聞きに来てくんないかな」
「うん、もちろん。 いつ? 」
「13日。 これ、チケット」
「2枚? 」
「春山先輩にも、と思って」
大地から受け取ったチケットをまじまじと眺める。
そっか、今年はお姉ちゃん出ないのか。 近年の恒例行事になってたからすっかり忘れてた。 演奏会、もうすぐなんだね。
「演奏会近いから、部活行ってるの? 」
「そうそう。 さすがに普段より短いけどな」
「テスト勉強、できてる? 」
「いや、正直あんまり。 でも、まぁ範囲は広くないしなんとかなるかな。 今回も勝負するんだろ? 」
次の競争に勝った時のお願いは、ちゃんと考えてあるの。 素のあたしとデートしてもらうんだ。 気持ちはバレちゃうかもしれないけど、『千春』のアドバンテージをなくしていかなきゃ。
――だけど、今回はテスト勉強が満足にできない大地があまりに不利。 そんな状況じゃ勝っても言いにくいじゃない。
「無理しなくていいよ、大変そうだもの」
「いいや、やろう。 勝ち逃げみたいでやだし」
「でも、前回のお願いって大地も聞いてくれてるし」
「んじゃ、今回が初戦な」
「そこまでいうなら。 あとで悔しがっても知らないんだからね」
大地がやる気なら、こっちだって本気でやらなきゃ。 対等でも勝てなかったと思えるくらい。
そう思って、目に力を宿して宣戦布告のつもりで大地を指差した。 けど、大地はそっぽを向いてしまった。
あっ。 なんでそっぽ向くのよ。
悔しくなってその指で二の腕を刺してやった。
ふっふっふ。
「でかした! 」
「へっ? 」
ナツから事務所に来ないか誘われたけど、テスト期間中だからお断りしたら、ナツの方がやってきた。
駅近のカフェに入っておしゃべりしていたら、昨日の話になり、今日の話になって……そして褒められた。
「やっぱ男を落とすならボディタッチよ。 それとなくアピールする感じでさ」
「ナツっていつもそゆことしてるの? 」
「いやー、気をつけなきゃとは思うんだけどね。 つい」
「異様にモテる理由を垣間見たわ」
「全くその気ないのにいきなりコクられるとビビるよねー。 俺のこと好きなんだと思った、とかって」
「こうやって虜にされてフラれた人たちの屍が積み上がっていったのね」
裏を返せば意中の人に触れるのは、意識してもらうのに有効な手段ってことか。 さすがはナツ先生、小悪魔やらせたら右に出るものはいないわ。
「それで、何か用事あったんじゃないの? 」
「ないよ。 テスト勉強が嫌になって息抜きしたかっただけ! 」
「はぁ、何よそれ。 何かあったのかと思ったじゃない」
「あるわよ。 ノイローゼになりそうなくらい勉強したもの」
まったくこのお騒がせ娘はっ! でも何でもないなら良かった。 せっかく来てくれたこの時間を楽しむことにしよう。
最近読んだ本とか服とかの話をしていたら、背後から突然声がかかった。
「あれ? 春山? 」
「な……中山くん? 」
「珍しいな、こんなところで。 友だちと一緒なのか? 」
「うん、ちょっとね」
中山くんは確か軽音楽部でボーカルをやってるとかなんとかで、告白を受けることも多いらしい。 だから、学年ではちょっとした有名人。 その中山くんがアイスコーヒー片手に立っていた。
ナツと一緒にいるとこを見られるのはマズい。 非常にマズい。 どうか気づきませんように。 早くどっかに行っちゃって。
そんなあたしの願いも虚しく、中山くんはナツを見て何かに気づいてしまった様子だった。
「お、春山の友だちめっちゃかわいいじゃん。 ねぇキミさ、どっかで会ったことなかったっけ? 」
「あ、はは。 私はたぶん会ったことはないと思うなー。はは」
「あー! あれだ、榎田夏芽だ! 」
バカ。 こんな大きい声で……。 そんなに大きくないカフェがざわめく。
はあ、と思わず大きなため息を漏らしてしまった。
「なに、春山って榎田夏芽と友達なの!? うわー本物だ」
「うるさい、黙って。 行こう、ナツ」
「え、うん。 どうもー」
「お、おい、春山」
「フン」
荷物を持って立ち上がって、一瞥して出口へと向かった。 ナツはひらひらと中山くんに手を振ったあと、あたしの後を追ってきた。
「ごめんナツ」
「いやいや、私はいいんだけど、彼、明日から大丈夫? 」
「知らない。 何言ったって無視だよ、無視。 あの無神経さが信じられない」
「まぁまぁ、そんなに怒らないの。 それもこれも私の美しさがいけないんだから」
「わかったわよ、この小悪魔さん」
とはいったものの、憂鬱になってしまう。 あんな軽そうな人に見られたのは迂闊だった。 あたしも『千春』になっておけばよかったのかな。
ナツを改札で見送ってから、あたしも家へと帰った。
モヤモヤを吹き飛ばすためにも、次の勝負のためにも、とにかく勉強しよう。
そう思って、大地からもらったチケットを特等席にいるぬいぐるみのコメちゃんに預けて、教科書と参考書を開いた。
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