after story 最終話 卒業

「行こっか。 最後の高校に」

「そうだな。 つっても俺は追いコンあるから明日も行くけどな」

「あ、そうか。 追い出しコンサート、だっけ? 」

「そうそう。 コンサートって言っても、部室でいろんな曲を合奏するだけなんだけどな」

「全国大会の時の曲も? 」

「そりゃそうだ」

「部活かぁ。 あたしも何かやっておけば良かったかなぁ」

「美咲は仕事でそれどころじゃなかっただろ? 」

「そうなんだけどね。 でも大地みたいにみんなで一つの目標に向かって頑張る、みたいのはなかったからさ」


 もちろんグループでの活動だったし、努力もしてきたけど、部活みたいないわゆる『青春』って感じがしないのは確か。 そういうところは大地がちょっと羨ましい。


 教室に入るとそわそわした空気が出迎えてくれた。 あたしや大地みたいに推薦で決まった人や私立大学に決めてしまった人を除いては、まだ合格発表を残している。 かといって、卒業式の日に勉強っていう気持ちにもならずに、最後のおしゃべりを楽しんでいるみたい。


 後ろの黒板には誰が書いたのか、『祝 卒業』の文字と、綺麗な桜の絵が描かれている。



 そして迎えた卒業式、話は相変わらず退屈なものだったけど、これで最後かと思えば我慢できた。 これまた最後のホームルームで、島西先生は「らしさ全開」の言葉で送り出してくれた。


 大地は部室に顔を出していくとのことで、あたしは友紀と唯香と一緒に最後の下校をしていた。


「卒業式の打ち上げ行く? さっき連絡来てたよね」

「もち〜。 でも制服禁止でしょ? 一旦帰るのが面倒だよね」

「制服で遊びまわるわけにはいきませんから、仕方ありませんね」


 三年生で三人同じクラスになってから、学校で過ごすほとんどの時間はこの三人でいるか、大地と一緒だった。 それだけに、二人にはアイドル活動のことを話しておきたかったんだけど、話す機会を逸したままとうとう卒業を迎えてしまった。


 今なら話せるかも――と思った瞬間だった。

 ピリリリリリっとスマホが鳴る音。


「はーい、友紀ちゃんだよー」

『……』

「うん、いるよ? 」

『……』

「菊野? ちょっと待って、聞いてみる。 美咲、菊野って放課後の打ち上げ行くって? 」

「うん、行くよ。 一緒に行く約束してるし」

「行くってー」

『……』

「はーい、また後でねー」


 どうやら大地は打ち上げの出欠に返事してなかったらしく、あたしに意向を聞きたかったみたい。 おかけで、あたしが打ち明ける前に駅に近づいてしまったじゃない。


 ――んもう!





「大地のせいなんだからね! 」

「すまんこってす」

「ぶー」

「よしよし」

「許す」


 大地に文句を言ってみたものの、別に大地のせいじゃないし、大地も本気で怒られているわけじゃないとわかっている。


「これで最後だし、みんなに暴露して終わろうかな」

「SHUN-KAのこと? 」

「そ。 みんな付き合い悪い人、くらいにしか思ってないだろうからさ」

「騒ぎにならないか? 」

「大丈夫。 大地が隣にいてくれれば」



 最後の放課後、大きなカラオケの一室に集まったのは、数人を除いたクラスのほぼ全員。 カラオケでパーティールームを貸し切っているものの、ワイワイやりたいだけで歌う事が目的ではない。


 あたしは友紀、それに唯香と隣あって教室にいた時と同じように話をしていた。 ――話の中身を除いては。


「ねぇ二人とも聞いてくれる? 」


 周りはガヤガヤとしてあたしたちがどんな話をしているのかなんて全く気にする素振りはない。


「どうしたのです? 」

「なに、美咲改まって」

「あたしね、二人だけじゃなくて、みんなに秘密にしてた事があるの」

「なになに、急にどしたの」

「秘密の一つや二つ、誰にもあるものですよ? 」

「そうなんだけど、二人には他のみんなに話す前に聞いてもらいたいと思って」


 もっと早く話していたとしても、きっと二人はバラすようなことはしなかったと思う。 それでも踏ん切りがつかなかった。


 卒業したいま、やっと話せるようになった。 この会の最後にみんなには話そうと思うけど、やっぱり二人とはずっと仲良くしてもらってきたし、他の人よりも先に伝えておきたい。


 二人は不思議そうな顔をしていたけど、耳を傾けてくれているみたいだった。


 ふぅ、と深呼吸をして、あたしのたった一つの秘密を話し始めた。


「二人とも、SHUN-KAって知ってる? 」

「もちろん、あの二人かわいいよねー。 ゆいゆいは? 」

「名前は聞いたことありますが。 そんなによく知っているわけではありませんね」

「ええっ、ゆいゆいもっとテレビとか雑誌とか見た方がいいよーっ! 最近、めっちゃよく出てるよ? 」

「あまりテレビとか見ませんもの。 雑誌も、まぁごくたまになら」

「あちゃー……俗世間から隔離されてるわ。 そんで、SHUN-KAがどしたの? 」

「えっと……なんて言っていいのか、SHUN-KAの岬千春っているじゃない? 」

「うん。 菊野が推しの子でしょ? まさか、アイツ……! 」

「ちょっと、友紀。 大地は関係なくって……岬千春って実はあたしなんだ」

「は? 」


 唯香はもともとアイドルに詳しくないせいかほぼ反応はなかったけど、友紀の方もとても理解したようには見えない。


「だからね、あたしが芸名で岬千春をやってるの」

「美咲ちゃんや……。 ウチが自信のない合格発表待ちだからって励ましてくれてるんだね? なかなか面白い冗談だけど、もうちょい笑える方がいいかな」


 友紀は完全に冗談だと思ってる。 唯香は長い睫毛を何度か上下に動かして、あたしの目をジッと見つめてきている。


 仕方がない。 こういう時のための、今日のメイクだ。

 そう腹を括って、眼鏡を外して手元に下ろした。 そして、アイドルの眼を作って二人に向かってウインクを飛ばした。


「あら、かわいいですわ」

「あっ……えっ……ええっ!? ええええええぇぇぇーーーっ!!? 」

「ちょっと友紀声大きいっ」


 友紀の大声に周囲の視線が集まる。 あたしは慌てて伊達眼鏡を装着して、友紀の口元を押さえた。


「もがっ!? みふぁき、ほふぇんほふぇん」

「あはは。 お騒がせしました……」


 視線が散って行くのを確認してから、友紀の口元を解放した。 こちらを一斉に見たクラスメイトのうち、大地だけがその口角を僅かに上げたのが視界の端に映った。

 友紀は、足りなくなった酸素を補充するような深呼吸をしてから、今度は顔を寄せて小さな声になった。


「ちょっと……マジで? 」

「うん。 ゴメンね、秘密にしてて」

「全然、いいんだけど、びっくりした。 ゆいゆいは知ってたの? 」

「まさか。 でも、中学の時までと違って、メガネを外さないことに違和感はありましたね」

「そうだ! 確かに。 何回言ってもコンタクトにしなかったもんね」

「だって仕事はコンタクトだから、普段はメガネにしてないと気づかれちゃうじゃない? 」

「そっか。 でもアイドルの時はバッチリメイクなんじゃないの? 」

「今日はちょっと近いかもよ。 いつもよりアイメイク強いから」

「ええ〜? あー、ホントだぁ。 目がパッチリ。 今度ウチにも教えてよ」

「そんな教えるほどじゃないと思うけど……」

「いやー、こりゃ参ったね。 当然だけど、アイツも知ってるんだよね? 」

「大地? もちろん。 告白の返事する時に、伝えたから」

「かーっ、やるねぇ、菊野も。 それじゃ千春ちゃんの恋人発覚って話も……」

「そう、大地のことだよ」

「うひゃー」


 友紀と唯香と三人で話している間、アイドルを始めた経緯や大地とのことを色々と話すハメになった。 でも、二人とも本当のことを聞いても態度を変えずに接してくれていることが嬉しかった。



 誰が言い出したのかわからないけど、クラスのみんなそれぞれ一回ずつ歌いつつ、最後に一言述べて終わることになった。


 みんな思い思いのことを話していく。 中には告白までする人もいて、でもフラれちゃってかわいそうだった。 公開告白はお勧めしないよ?


 唯香や友紀を経て、マイクのバトンがあたしのところまで回ってきた。 あたしがクラスのみんなの前で話すことなんてこれが最後。 最後に素のあたしを知ってもらおう。 友紀に眼鏡を預けて、10cmほどの小上がりステージに上がった。


「ねぇ、大地」

「んぁ? 」

「ナツのパート、歌えるよね? 」

「……。 おう、オクターブ下でいいよな? 」


 大地は何をする気なのかを察してくれたみたい。 男子の方で回っていたマイクを持って、一段高くなったステージに上がり、隣に立った。


「ヒューヒュー。 最後にデュエットですかい? 」

「いやー、お熱いねぇ」

「いよっ! ガリ勉カップル! 」

「うるせぇ、誰がガリ勉だ」


 クラスのみんなからは口笛や囃し立てる声が飛んでくる。 みんなは、これがただのデュエットだと思ってるだろうね。

 眼鏡は外しているけど、薄暗いカラオケルームだけあって歌う前からバレてはいないみたい。 一体どんな反応が返ってくるのか、不安もあるけれど、今日で最後だしね。


「出席番号 35番、春山美咲、まずは歌います。 SHUN-KAの『ハッピーハッピーホリデー』です』


 SHUN-KAになって最初の曲。 若い子向けのコスメのCMでも使ってもらったから、女子高生だったら多分どこかで聞いたことがあるはず。


 ナツとあたしでそれぞれ男の子と女の子の気持ちを掛け合いで歌う曲。 普段はナツが男の子パートを歌うけど、今日は相手が大地。 いつもと違う掛け合いでちょっと楽しい。


 付き合うようになってから何度となくカラオケにも行ったけど、大地も歌は結構ウマい。 さすがバスクラで全国行くだけある。


 大地はナツパートの歌はさることながら、振り付けもほぼ完璧に踊り切った。 このままナツと三人組になってもやっていけそう。


「春山さんすごーい! 」

「歌、めっちゃ上手いんだね! 」

「菊野君もなんでそんなにダンス完コピなの」

「いよっ流石千春推し! ハモリも完璧だったな」

「春山さんなんて、まるで本物みたいな歌だったよ……ね? 」


 曲が終わるのと同時に少し明るくなったライトで、初めてこのメイクでみんなの前に立つことになった。 ステージに近いところに座っていた女子グループは、あたしが眼鏡を外していたことに気がついたみたい。


「あれ? 春山さん、コンタクトだと雰囲気変わるね」

「可愛い〜。 でもどこかで見たような」

「ホントだ。 それこそ岬千春ちゃんに似てない? 」

「だよねー。 ほらこの画像なんてそっくり」

「……あれ? ちょっと似すぎじゃ……?」


 ある一人の女子がスマホを見ながら言った。

 ここまで、かな。あたしは覚悟を決めて、叫んだ。


「みなさんこんばんはー! SHUN-KAの岬千春ですっ! 」


 その瞬間、マイクなんか要らないくらいの大音量で、約40人分の絶叫が耳を襲った。 他の女子や、今度は男子たちもステージに押し寄せてくる。


 その波に押されて、大地はよろめいて尻餅をついてしまった。


「ちょっと、大地大丈夫? 」

「――いてて。 みんなすげーな。 備品とか壊したらシャレにならんぞ」

「ちょっとみんなー、落ち着いてくださーい。 席に戻ってー」


 大地は苦笑いをしながら立ち上がり、クラスメイトたちものろのろとだけど引き上げてくれた。


「そんなわけで、あたしは岬千春として芸能活動をしてます。 クラスのみんなには隠したままでごめんなさい。 最後の日なので、報告でした」


 クラスメイトへの一言、ということで話したけど、しばらくの間ざわめきが収まることはなかった。 まともに聞いてくれてたのは友紀と唯香くらいかしら。


「千春ちゃんって……彼氏いるって本当? 」

「それは、その、うん。 記者会見したとおり。 ここにいる大地が彼氏だから」

「なんで菊野なんだよー」

「マジかよ」

「脅迫されてるとかじゃねぇの? 」

「それだな。 秘密をバラすとか言って」


 男子たちからブーイングの嵐が止まらない。 大地を見ると、ムっとした顔で後ろ頭をポリポリとかいていた。


 みんなあたしと大地が付き合ってることは知ってるはずなのに、あたしがアイドルをやってると知った瞬間から大地への文句一色になるなんて。


「あたしが大地を好きなんだから、悪口言わないでっ。 大地っ! 」

「ん? ――むぐっ!? 」


 部屋中に悲鳴が響き渡った。

 塞いでた口を離すと、大地は優しく笑った。


「美咲、なに怒ってんだ。 らしくないぞ」

「だって! 」

「なに言われたって平気だから。 な?」


 そう言って大地はあたしの頭に手を乗せた。

 今度は部屋に静寂が充満していた。 それを打ち破ったのは……。


「ちょっとアンタたち、部屋にエアコンいらないくらい暑いんですけどー」

「そうですわね。 そういうのは自分の部屋でやってくださいます? 」

「う……うるさいっ。 もう引っ込むわよっ。 大地っ」

「なに怒ってんだよ」


 大地の手を引いて友紀と唯香のところまで帰ってきた。 二人の、いや、三人の視線が痛い。


「美咲ちゃんや、アナタ、人前でキスするような趣味だっけ? 」

「ごめんなさい」

「有名人である自覚を持つべきですわね。 みなさん唖然としていたから、写真を撮られたりはしていないでしょうけど」

「すみませんでした」

「ちょっと美咲らしくなかったかな」

「申し訳ございませんでした」


 自分のしたことが今更ながら恥ずかしい。 キスしたこともさることながら、自分の感情を抑えられずに見せつけるようなことをしてしまったことが。


「ま、アンタたちはお似合いよ。 二人して頑固だし、周りが見えなくなって危なっかしいし」

「そうですわね。 ずっと仲良く暮らすといいですわ」

「お心遣い痛み入ります」


 厳しくも優しい言葉に泣きそうになった。 正体を明かしても今までと全く変わらない態度で接してくれる二人には感謝しかない。


 そして、最後の放課後は委員長の挨拶によって終わりを告げられた。


「合格発表はちゃんと連絡するかんね。 終わったら、遊びに行こ! 絶対だよ! 」

「うん! 」

「もちろん」


 親友たちと次に会う約束を残して、あたしの高校生活はフィナーレを迎えた。



「さっ、大地、帰ろっか」



 振り向いた先にいたあたしの大好きな人は、その優しい笑顔と大きな手であたしを迎えてくれた。

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