第47話 交錯する思惑

 指定された場所は都心にあるオシャレなレストランで、とてもじゃないけど高校生が来るような雰囲気の場所ではなかった。

 メールをいただいたときに、すぐにお店のことを調べた。 ドレスコードとまではいわなくとも、ちょっとキレイ目のカッコでないと浮いてしまう。


 メールの差出人、売れっ子のアキラさんといえば、世の中の女の子たちはみんなキャーキャー言うんだろうね。 でもあたしにとっては、あの恐怖の瞳しか思い出されない。


『今度こそ食事にでも行こうよ。 麻布のルパってレストラン。 土曜日のランチでどう』


 こちらの都合なんてお構いなし。

 今までは仕事が入ってることも理由にお断りしていたけど、今回は残念ながらライブなどの仕事は入ってなくて、渋々了承することになった。


 その返事をすると、アキラさんは仕事仲間の人を連れてくるそうで、あたしも誰かを連れてくればいいとのことだった。


 そこで原田さんに相談したら、一緒に行ってくれることになった上、食事にかかるお金も経費扱いにできないか取り計らってくれることになった。


 その時にもらったアドバイス通り、普段みたいな緩くてふわっとした服装はやめた。 スカートもはかない。 徹底して『気に入ってもらうために頑張ってきた』ようには見せない。


 そして迎えた今日、麻布十番の駅で原田さんと待ち合わせ、一緒にレストランへ向かった。


「ハルちゃんモテるわね」

「そんなことないです。 肝心な人にモテてないんで」

「そうなの? デートしたんじゃないの? 」

「え、なんで知ってるんですか」

「あ……。 あの、虫の知らせ? 」

「――原田さん? 」

「いやその、お姉さんとナッちゃんがね、ほらあの寝込んだときの病院で」

「……あの二人……」


 怒気のこもった声を絞りだすと、原田さんは慌てて弁解する。


「二人が悪いわけじゃなくてね? その、最近どうなのかなーって話になってね」

「言い訳にもなってません」

「いやーっ、ハルちゃん許してー」


 いつも迷惑をかけてばかりで、怒るだなんてことはないんだけどさ。 それにしたって、みんなしてあたしのことをおもちゃにして、一言言ってやんなきゃ。


 原田さんとふざけながら歩いているうちに、目的のレストランまでやってきた。 今日のこの服装なら、お子ちゃまには見られないだろう。 原田さんも一緒だし。


 ウエイターさんに名乗ると、とある個室へと通された。 まだ待ち合わせより十五分ほど早いというのに、扉を開けると中には男性が二人揃っていた。


「ご無沙汰しております。 お誘いいただきありがとうございました」

「千春ちゃん、硬いよー。 楽しくやろうよ」

「ありがとうございます。 えっと……」


 隣に座る見知らぬ男性をちらっと見ると、アキラさんが紹介してくれた。


「こいつは俺の後輩。 ほら、しゃべれよ」

「あ、はい。 えっとアキラさんの後輩で、青木です。 白馬組というグループにいます」

「4Seasonzの岬千春です。 初めまして。 よろしくお願いします。 それと、こちらあたしの事務所のチーフマネージャーの原田です」

「原田です。 本日はお誘いいただきありがとうございます」

「美人が揃って楽しいじゃん! さ、料理とか運んでもらおうぜ」


 アキラさんの合図であたしと原田さんも荷物を置いて席に着いた。 テーブルをはさんでアキラさんの正面にあたし、その隣に原田さん。 アキラさんの隣には青木さんが座っていた。


 出てくる話題はアキラさんの武勇伝のようなものばかり。 年末のドームツアーや番組のこと、お酒に強くて飲み比べで負けたことがないこと、などなど。 青木さんはそれに同調しているだけなので、正直いうとウザい。

 

 ……いけないいけない、こんな言葉遣いをしては。


 そう思いつつもニコニコ笑顔で調子を合わせていると、こうやって女の子をたぶらかしてきたのかな、なんて思い始めてしまった。 ウチの高校にも、サッカー部だかのキャプテンがキャーキャー言われてた気がする。


 頭が冷静な状態で男性二人を観察していると、二人の力関係や思惑が透けて見えてくる。 学校でも男子たちの会話はこんな感じかもしれない。


 でも、いつも隣にいる大地は、案外考えてることがわかんないな。 無愛想なのに案外優しいし、紳士的。 贔屓目が過ぎるかしら。


「――ぇだろ? 」

「あ、すみません、なんですか? 」


 しまった。 別のこと考えてた。 気を悪くしてないかな。


「こないだの芸能人運動会のこと。 準優勝だったけど、アレガチだったんだぜ? 」


 全然問題なさそうだった。 自分に酔ってる。


 話は大して面白くないけど、料理はとても美味しい。

 フードコーディネーターであるお母さんの料理は、都内のホテルに出しても遜色ないんじゃないかってくらい美味しいんだけど、このお料理たちも全く引けを取らない。


 最後に出てきたみかんのムースも、口当たりは柔らかく、酸味と甘味の中に少しだけ苦味を感じる。 これはハマっちゃいそう。

 原田さんもいたく気に入ったみたいで、あたしよりも早く空っぽになっていた。


「青木くん、いつもみたいにこれで頼むよ」

「わかりました。 ちょっと行ってきます」


 そう言って青木さんに財布を預けたアキラさん。 原田さんもお金のことがあるのか、慌ててバッグを携えて青木さんの後を追っていった。


「さ、俺たちも行こうか。 先に出てよう」

「はい」


 そう返事をして荷物をまとめてアキラさんについて出口へと向かった。


 扉を開けて表に出たところで、身体が揺らされた。 気づくとあたしはアキラさんに肩を抱かれたような状態になっていた。


「このあとどうするの? 買い物でもいく? 」

「ちょっとアキラさん。 こんなことしてたら大騒ぎになりますよ」


 そう言いながら、肩に置かれた手をペシペシと叩いて、身体を翻して距離を取った。


「申し訳ないんですが、このあとレッスンがあって。 今日は本当にありがとうございました。 お料理、とっても美味しかったです」


 ペコリと頭を下げて、また上げたところに青木さんと原田さんが連れ立って出てきた。


「じゃあ連れ回しても仕方ないし、今日はこの辺で。 また誘うからよろしくね! 」

「楽しみにしてます」


 アキラさんはサングラスをかけてから、辺りを探るように見回してから、青木さんと共にタクシーを捕まえに行ってしまった。


 ――二度と来ないけど。


 何が『楽しみにしてます』よ。 自分の吐いたセリフを反芻して、なんとも居心地が悪かった。

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