第48話 解毒


「……なに……これ」


 ナツからのメッセを見て大慌てでブラウザを開き、とあるWebニュースの画面にかじりついた。 そこには、アキラさんに肩を抱かれた自分の写真がデカデカと載っている。


『SCOOP! 』と銘打たれたその記事に文字はほとんど書かれておらず、『仲睦まじげに出てくる二人』と写真への説明がなされていた。 そして『詳細は今週発売の文秋で!』とも。


 あまりの現実感の無さに、夢なんじゃないかと思った。 でもこの目が回るような感覚と、けたたましく鳴るサイレンのような着信音が夢じゃないことを教えてくれた。


「もしもし……? 」

「ハルちゃん記事見た? 」

「ええ。 ナツに教えてもらって」

「ごめん! 私がついていながらこんなことに……。 出版社にも差止めを申し入れたけど、ちょっと難しそうで――」

「え、あ、はい」

「アツシさんにこってり絞られたわ」

「大丈夫ですか? 」

「え、うんもちろん。 ハルちゃんに比べれば」

「あたしもちょっと頭回ってなくて……」

「だよね。 明日放課後話せる? 事務所だとマスコミいるかもだから、車で迎えに行くね」

「わかりました」


 原田さんとの電話を切ったあと、今度はナツと電話をしていた。 ナツがあたしがこのスキャンダルを望んでないことをわかってくれていたのが救いだった。


「そんな浮いた話さ、私が代わってあげたいくらいよ」

「ぅぅ。 ホントに代わってほしいよ……」

「ちょっとハル泣かないでよ。 私はちゃんとわかってるから。 ね? 」

「うん、ありがと。 ぐすっ」


 ナツと話して少しは気が紛れたものの、一人になると暗闇に乗じて悩みがのしかかってくる。


 何も悪いことしてないのに、なんでこんな目に遭わなきゃならないんだろう。 アイドルなんかやらなきゃよかったのかな。


 ……でも、アイドルをやってなかったとしたら、大地のいいところは知らないままだったんだろうな。


 ぐるぐると悪い考えばかりが渦巻いて、眠いのに寝られない。 布団にはずっと入っていたけど、目は閉じていたけれど、眠りに落ちることは叶わぬまま朝を迎えてしまった。




 スマホを開くと、アキラさんのニュースとして、あたしを巻き込んだスキャンダルがネットの世界を賑わせていた。 見たくないのに目に入ってしまう。


 コメント欄はあたしへの罵詈雑言だけでなく、アキラさんへの厳しい意見も並んでいた。 なんだか罵声の応酬といった感じ。 あまりの攻撃的な言葉に気持ちが悪くなってくる。


『アキラに色目使うだなんて許せない。 地獄に落ちろ』

『アイドルのくせに男捕まえにいってんじゃねーよ』

『売名売名』


 世の中すべての人が、あたしに敵意を持ってるように思えてくる。


 ――怖い。


 学校休んでしまいたいところだったけど、こんなことで休んでいてはいけない。 小テストもあることだし、気合い入れて頑張ろう!



 意気込んだまでは良かったものの、やっぱり眠気には勝てなくて、頭がボーっとしたまま家を出た。

 あ、朝ごはん食べるの忘れた。 顔は、洗った。 あとなんだっけ。 定期! 忘れた!

 改札に行くまでに気がついて良かった。 頭が完全に寝ている。 これじゃ小テストやったところでたかが知れてる。


 一旦家に帰って再出発。

 アイドルであることを明かしていなくて本当に良かった。 学校で何を言われるかわかったものじゃない。 ただ、一部の先生たちは知っているから、敵意を向けられるんじゃないかとちょっと怖い。




「美咲、おはよ」


 駅に着いた途端にかけられた声に驚いて顔を上げた。


「あ」


 そこには大地の顔があって、ビックリするのと同時に少しホッとした。


「――大地おはよう」

「元気ないじゃん。 どうしたの? 」

「えと、ちょっと眠れなくって」

「なんか悩んでるのか。 なんか出来ることあったら言えよ」

「うん。 ――ありがと」


 打ち明けられたらどれだけ良かっただろう。


 実はアイドルをやっていて、大地ともデートしたことがあって。 でも芸能界の先輩からの誘いを断りきれずに、スキャンダルになってしまって不本意だ。


 ――そんなことを言えるわけがない。


 当然悩みなんて口にできないままホームへとエスカレーターを下ると、ちらほらと空席がある各駅停車が扉を開けて待っていた。 大地はあたしが元気がないのを気遣ってくれているのか、近くの空席にあたしを座らせてから頭上の吊り輪を掴んだ。


 長いベンチシートは暖房が入っていてぽかぽかする。 電車の揺れは睡魔とタッグを組んであたしに襲い掛かってきた。 抗いきれるはずもなく、自然と意識が飛んでいった。




「美咲、もう着くぞ」

「う……ん」


 寝てる間に学校の最寄駅についていたみたい。 大地に促されて電車を降りた。


 さっきからあくびが止まらない。 大きな口を開けてるところを見られたくはないから、必死に噛み殺しているけれど、次から次へとあくびの波が押し寄せる。


 大地は、今回の記事読んでないのかな。 あたしからどう思っているかなんて聞くのは変だし……。


 そんな時だった。 背後から急に大音量が降ってきた。


「おはー大地! ...に、春山さん」

「なんだ、田中か。 脅かすなよ」


 声の主は田中くん。 いつにも増して声が大きくて、今日のあたしにはちょっと迷惑。


「朝からシケたツラしてんな。 やっぱあれか? 千春ちゃんの記事か? 」


 ――!

 やっぱり結構広まってるんだ。


「ああ、あの記事な。 本人に聞いてみないとわかんないけど、岬の方からプレイボーイに積極的にアプローチするとは思えないんだよな」


 大地……。 そんなにあたしのことをわかってくれてたんだね。 残念ながらアイドルの方だけど。


「お前、なんで本人に聞ける前提なんだよ。 大地が信じたくないだけだろ」

「それもまぁ言える。 でも、どこぞの記者が書いた記事より、本人の言葉を信じたいだろ」


 いけない。 泣きそう。 そんな風に思ってくれてたんだね。

 みんながみんな、敵意を持ってるわけじゃないってことだよね。


「ファンの鑑だな。 まだ本人コメント出してないよな? 」

「そうみたいだな。 でもこんだけ騒がれりゃコメントしてくれるだろ。 それを信じるだけさ」


 大地はそう言い切った。 ネットニュースのコメント欄は負の感情が溢れかえっていたけど、こうやって信じてくれる人がいる。

 そうだ。 あたしには応援してくれる人たちがいっぱいいるんだった。


 そう思ったら、全身を蝕んでいた毒が浄化されたような気がした。


「でも、ホントなら相手がアキラじゃ勝ち目ねえなー」

「わはは。 最初からないわボケ」


 勝ってるよ、大地。 日本でトップクラスのアイドル相手でも勝ってるよ。 すごいね、大地。


 それでも、大地の言葉を聞いて理解した。 ちゃんと自分の言葉で伝えなきゃダメだね。 今の世の中、発信はできるんだから。


 昇降口で靴を履き替えて、教室に入る頃には随分と吹っ切れた気がする。


「ありがと、大地。 心配してくれて」

「おうよ。大丈夫なのか? 」

「うん、がんばる」


 大地のおかげで、さっきまでの鬱々とした気分はどこかへ吹っ飛んでいった。 くよくよしてたらあたしらしくない。 あたしの言葉を待ってくれてる人がいる。


 あたしの口から、みんなに言葉を届けなきゃ!

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