第49話 沈静化
心配していたような、事務所前での待ち伏せといったことはなかった。 圧倒的にアキラさんのほうが知名度があるから、あっちの方へ行ってるのかな。
「ハルちゃん。 申し訳ない。 ちゃんとアイツとの話を報告してもらっていた上、原田を同行させていたのにこんな事態にしてしまった」
開口一番、告げられたのはアツシさんからの謝罪だった。
「いえ――なんてことない、ってわけにはいきませんでしたけど、あたしの言葉を信じようとしてくれるファンの人がいることがわかりましたから」
「そうか。 先方の事務所には抗議させてもらった。 こっちは小さい事務所だからどれだけ効果があるかわからないけどね。 それでも、オレも曲提供してたりするし、まるで効き目なしってことはないと思う」
抗議? 何か向こうに落ち度があるってこと? あたしが未成年だから?
疑問はあったものの、アツシさんに手間をかけさせてしまって申し訳ない気持ちになる。
「いろいろとすみません」
「ハルちゃんが謝ることじゃないよ。 辛い思いをさせただろうと思ってこっちが申し訳ないくらいだ。 ただ、この騒動を収めるためにも、一役買って欲しい」
「わかりました。 何をすれば? 」
「ムービーでメッセージを出す。 マスコミにも送る。 ま、相手が知名度があるからすぐに知れ渡るだろう。 しばらくは売名だのなんだの騒ぐだろうが、向こうに新しい相手が見つかればすぐに収まるだろう」
「はい。 あたしも自分の口から伝えられないかと思ってました。 どんな感じで伝えたらいいかを相談させてください」
「よし、決まりだな。 準備を始めよう」
それから、話す内容を原稿にしてもらい、五分ほど練習した。 スタジオとかではなく事務所だからそこまで緊張もしない。
「ハルちゃん、それじゃいくよー」
「はい」
「では、3・2・1」
「みなさんこんにちは!
4Seasonzの岬千春です!
今回は週刊誌の件でお騒がせしてしまってすみません!
あたしは、typhoonのアキラさんとお付き合いしている事実はないことを、ここで報告させていただきます。
写真の場面はマネージャー同席での食事ですし、二人きりでお会いしたことはないので、雑誌で書かれていた目撃証言は他のどなたかと間違われたのではないかと思います。
アキラさん、それに事務所の方、何より応援していただいているファンの皆さまにご迷惑をおかけして申し訳ありません。
どうか引き続き応援してください!
バイバーイ!! 」
「はい、おっけー。 まぁこんなところかな」
「ありがとうございました」
「公開のタイミングはアツシさんと相談するけど、向こうの事務所にも話さないといけないから、たぶん明日になると思う」
公開した後どうなるかわからないけど、あたしのことを信じると言ってくれている人たちに届けばいいな。
せっかく来たことだし、もやもやを吹き飛ばすべくと踊り込みをしていた。 突然練習場の扉が開いて、浴びせられたのは謂れなきお説教だった。
「話は聞いたわよ。 ほーら、男なんてろくなもんじゃないって言ってるじゃない」
声の主は、たまたま寄ったらしいフーちゃんだった。
アキラさんがロクでもないだけで、男みんなじゃないもん。 こんなことがあったあとでは反論もできないけど。
「男全員かはともかく、今回は酷い目にあったよ。 油断したつもりもなかったんだけどな」
「これはあれね。 アキラが雑誌の記者とグルね」
「えっ、どういうこと? 」
「相変わらず鈍いわねぇ。 初めて食事に行って、こんな都合よく写真撮れるわけないじゃない。 二人で先に出たのも相手に促されたんじゃないの? 」
「――確かに。 そっか、それで抗議か……」
「ん? なんの話? 」
「え、いや、アツシさんが向こうの事務所に抗議したって言うから」
なるほどね、と言いながらアゴに手を当ててふむふむと頷くフーちゃん。
「ま、これでしばらく言い寄られることはないんじゃない? 事務所が処理してくれたんだし。 個人で動いて変に逆恨みとかされても怖いしね」
「やだ、やめてよ」
「冗談よ。 ただ相手が相手だし、傷負わされずに済んで良かったよ」
「そうだね。 ありがと、フーちゃん」
何故だか百戦錬磨な雰囲気があるフーちゃんに、しばらくは大丈夫と言われてなんだかホッとした。 外はとっくに日が暮れてしまっていて、帰ることを原田さんに告げると、フーちゃんも一緒に家まで送ってくれることになった。
動画が公開されたのは翌日の夕方で、またwebニュースのトピックに記事が採用されていた。
コメント欄も相変わらず厳しい言葉もあったけれど、動画の内容を疑うようなものはなかった。
大地はこれを見てどう思っただろう。 そう考えるのと同時に、メッセの送信画面を開いていた。
『週刊誌読んだ? 』
メッセはすぐに既読になって、返事が送られてきた。
『ネットでな。 大変だったんじゃないの? 』
『うん、まぁね。 アキラさんにハメられたよ』
『それって……』
それって? ハメられた、ってまさか。 やらしいこと考えてるんじゃないでしょうね! 大地ってば!
『あーっ違うよ! そういうんじゃないよ! 』
既読は付いてるのに返事が返ってこない。 あらぬ想像をしてるんじゃないかと疑いたくなる。
『ちょっと大地聞いてる!? 』
『違うんだってば! 』
何回か立て続けに送ったところで、大地がようやく返事を寄越した。
『わかったわかった。 アキラ側からの仕込みってこと? 』
『ぶー。 そうなの! 何回か誘われて、ちゃんと断ったのにしつこくって』
『強行手段に出たってわけか。 あんなコメント出して大丈夫なのか? 』
『うん、メンバーも事務所も大丈夫だって言ってくれた』
『そっか。 なんかできることあったら言ってくれよ』
ふふ。 大地はもうしてくれてるよ。 あたしが前を向くための言葉をくれた。
『ありがと。 でももう大地はやってくれてるよ』
『そうなのか? 特になんもやってないけど』
『そんなことないよ。 大地はあたしのことわかってくれてるって信じてる』
自分を信じてくれる人がいるって、どれだけ心強いことか。 おかげであたしは前に進めたよ。
そのせいで、大地があたしの中でどれだけ大きな存在なのかも気づいちゃった。
あたしは『千春』から大地を奪わなきゃならない。
――だから、大地が好きな『千春』からのメッセージはこれが最後ね。
『ありがとう。 じゃあね』
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