第46話 大地の家
表に出ると雪は十五センチほど積もっていて、ローファーでは中に雪が入ってきてしまう高さ。 たとえ電車が動いていても駅までがしんどいから、お母さんが迎えに来てくれて本当に助かった。
「お母さん、お待たせ。 菊野君も乗っけてってもらえる? 」
「もちろん。 同じ方向なの? 」
「うん、同じ駅」
「承知。 早いとこ乗っちゃいな」
「はーい。じゃ、美咲と菊野君は後ろね」
お母さんとお姉ちゃんの間で話がついて、あたしの出る幕はなかった。 頭の上に雪が積もってしまうから、車に乗ってしまおう。
「失礼します。 すみません、突然。 ご一緒させていただいてありがとうございます」
あたしに続いて乗り込んできた大地は、お母さんに一言感謝を示して隣に腰を下ろした。
「大地君、こないだ振りね。 こんな時だもの、気にしないでいいのよ」
「ありがとうございます」
「それで、おうちどこかしら? 」
「あ、いや、駅に下ろしていただければ」
「いいからいいから、こんな雪じゃ駅からも大変だし」
「すみません。 駅からまっすぐ南に降りてきて、国道とぶつかる手前あたりです」
「オッケー、それじゃ行くよ」
こんな雪だから駅から歩いても大変だろうし、家に寄ってくのに大賛成。 雪道に慣れてるお母さんはスイスイと車を走らせる。 いくらスタッドレスタイヤを履いているとはいえ、なかなかの技術だと思う。
相変わらず降り続いている雪を眺めていたら、突然に爆弾を投下された。
「どっちから告白したの? 」
「ちょっとお母さん!? 」
なんてことを言い出すのか。 とんでもないインパクトの発言に顔が熱くなる。
「なによう、彼氏のことくらい聞いたっていいでしょ」
「よくないっ」
「顔真っ赤にしちゃって。 どうなの? 大地君」
「えと、いや、まだ付き合ってるわけじゃなくて、ですね」
「ふ〜ん? 」
彼氏じゃないし!という反論はさせてもらえなかった。 あたしに構うことなく、お母さんは大地に標的を変えた。 一体何を言い出すのか全く気が抜けない。 こないだのお蕎麦屋さんよりも緊張する。
大地の返事を聞いて満足はしていないようだけど、今度はお姉ちゃんに標的を変えた。
「ねぇ、美桜。――知ってるの?」
「知らない、はず」
「そう」
そう、知らない。 だから悩んでいるの。 大地の好きな人があたしであってあたしではないから。
あたしの悩みを知ってか知らずか雪は先ほどよりも激しさを増して、顔の火照りも収まったような気がした。
お母さんやお姉ちゃんに会話を聞かれるのもなんだか気恥ずかしくて、話しかけることもできずにいた。 大地は車が珍しいのか、前にある計器盤をマジマジと眺めていた。
静寂が車内を満たしたまま、渋滞する国道をのろのろと走って三十分。 あたしも知ってるコンビニが前方に見えてきた。
「あ、そのコンビニを左折したところです」
「承知!」
一本路地を入ると車の量は激減して、誰にも踏まれていない雪が占めた道路に入り込んだ。 そして、五分と走らないうちに大地がお母さんに声をかけた。
「あ、ここです」
窓の外を見てみると、悪い視界の中に『菊野』と表札がかかった一軒家が見える。
ここが、大地のおうちなんだ。 ここでいつも暮らしているんだね。 なんの変哲も無い一軒家がやけに素敵に見えた。
「本当にありがとうございました。 両親が不在なものでご挨拶もできずにすみません」
「あらあら、いいのよ。 ウチにも遊びに来てちょうだいね」
「ありがとうございます」
大地はお母さんにお礼を言って、傘をさしつつ車を降りていった。 あたしはまた動き出した車の中から、大地に小さく手を振って小さくなっていく大地の姿を眺めていた。
「いい雰囲気の子じゃない」
「だってよ、美咲」
「そーですか」
「ふふっ、若いわね。 仕事のことは話してないの? 」
「そりゃそうだよ。 話がどこから広まるかわからないし」
今はその仕事モードのあたしと戦ってるんだし、という言葉を飲み込む。 そんなあたしにお母さんは耳の痛い言葉を突き刺してきた。
「そんなに信じられない人なの? 」
そんなわけない。 アイドルの時に会った時と、学校で会った時の態度が変わらないことを考えればわかる。 大地はあたしがアイドル活動をしていることを知ったとしても、面白がって話すようなことはしない。 そう信じてる。
打ち明けられないのは、もはやそういう理由ではない。 アイドルとして好きになってもらった上で普段の姿を晒すのはフェアじゃないと思うから。 どうにかして、素のあたしに振り向かせたい。
お母さんの問いかけに答えられないまま、車はマンションの駐車場に滑り込んだ。
部屋に戻って着替えを済ませたところで、自分のと仕事のスマホが同時になった。 机の上に置いた自分のスマホには大地からのメッセが入っていた。
『今日はホントにありがとう。 すごく助かった。 お母さんと先輩にもよろしく伝えてください』
大地からのメッセはシンプルで、今日のお礼が端的に記されていた。 ただの事務連絡っぽいメッセだったけど、あたしの心の中には、少し晴れ間が出てきたような感覚だった。
そして、カバンにしまってあった仕事のスマホを開く。 原田さんあたりかな、なんて思いながらパターン認証の星座を作る。
予想は悪い方に外れていた。
届いていたメールを見て、あたしの心は極寒の吹雪に晒され、テンションはドン底まで落ちてしまった。
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