第30話 数学ノート

「映画の後は、意見交換だよね? 」

「お? おう」


 少し強引だったかもだけど、まだ話も聞きたいし。

 そう思って入ったのは、チェーン店のカフェ。 すみっこの二人席がちょうどあいたから、そこに二人で収まった。



「あんな恋がしたいなぁ」

「俺は彼女なんかいたことないから、アドバイスなんかできんぞ」


 俺がさせてやる、くらい言ってくれればいいんだけどな。 でも、大地のキャラじゃないよね。


「吹奏楽部ならいっぱい女の子いるのに」

「数いればいいってもんじゃないだろ」

「誰か狙ってる人がいるんじゃないの? 」

「いねーよ。 部活は楽器が恋人。 なんつって」


 おや? これははぐらかしにきたね。 そうはさせない。 あたしがまだ戦える相手かどうかの正念場なんだから。 吹奏楽部の人とかだったら知らない人かもしれないけど……。


「さっき、『北条狙ってない』って言うから、お目当てでもいるのかと思った」

「ほら、俺は『岬千春』狙いだから」


 えっ? あたし? あ、でも今は違った。

 あんなにいっぱい女の子がいるのに、吹奏楽部の人じゃないんだ。


「えっ? 部活の人じゃなかったんだ。 本気なの? どこが好きなの? 」

「あっ、いや、本気というかなんというか・・・」

「菊野くんは理想が高いのね」


 あたしに向かってアイドルが好きって答えるってことは、もしや相手にされてないのかな。 俺のことは好きになってくれるな、って言われてるようなものだよね……。


 もしそうなんだとしても――岬千春として好きになってもらえるのなら、それでも、いい。


「なんで岬千春なの? 」

「え、えっと、あんな可愛い子が彼女だったら嬉しいじゃん」

「可愛いければ誰でもいいの? 」

「そういうつもりで言ったんじゃないんだけど」


 もう、よくわかんない。

 と……とにかく! 千春としてだったらいいってことだよね。


「じゃあ、どういうつもりなの」

「まぁ、いいじゃんか」

「よくない」

「ちょっと落ち着けって」


 大地がはぐらかすからいけないんだ。 でもケンカしても仕方がない。 それに、今日はそもそもスマホを買うのに協力してくれたんだった。


 そう思ったら肩の力が抜けてきた。 今日は色々聞けたし、一緒に映画も見られたし、このへんにしておいてあげよう。 明日からまた会えるしね。


「はぁ、菊野くんがそんなにアイドルが好きだなんて思わなかった」

「ちょっとちょっと。 別にそこまで好きっていうわけでは……」

「なに? 好きじゃないの? 」

「いや好きだけど」


 結局、大地は最後まではぐらかそうともごもごしていた。






『……ってことがあってね』

『ふーん、あの大地くんがねぇ。 それで、ハルはどうするの? 』

『わかんない。 でも、素のあたしにアイドル好きを公言するってことは、興味ないって言われてるようなものじゃない? 』

『うーん、まぁそうかもしれないけど。 でもアイドルのハルと直接会ってるわけだから、普通のアイドル好きってのとはちょっと違うんじゃないの』

『よくわかんないなぁ』

『今度、アイドルのカッコでデートしてみればいいんじゃない? 』

『そんなことしたら、それこそ週刊誌の餌食じゃないの』

『水族館とかだと暗いから案外バレないよ。 最悪バレても恋愛禁止なわけじゃないんだし』

『水族館かぁ。 なるほどね。 ナツはよく知ってるね』

『ナツメお姉様と呼びなさい』


 ナツは急に芝居じみたことを言っていたけれど、千春のときにデートするというのは、大地の真意を知る意味でもアリかもしれない。 水族館なら暗いからバレにくいというのも盲点だった。


『ナツメお姉様もそろそろ期末試験だけど大丈夫なの? 』

『ぎゃー! なんてこと言うのよアンタ! せっかく相談に乗ってあげたっていうのに! 』


 めっちゃ怒られた。 あたしなんかアイドル活動できるかどうかがかかってるから、文字通り死活問題なのに。


『そんなに怒んないでよ。 あたしだって成績落ちたらやめなきゃならないんだから』

『それは絶対にダメよ! 』

『わかってるよ。 ナツも留年とかしないでよー』

『留年か……そしたら一年多く高校生やれるな』

『ちょいとお姉様? 』

『冗談よ。 留年はさすがにシャレにならないし』


 よかった。 ナツにもまともな神経があった。

 さて、冗談抜きで勉強しなきゃ。 あたしには土日の勉強時間がないんだから。



 そう思って開いた数学のノートには、今日めでたく一部が解決した疑問が何個も書かれていた。 内容を読んでみると、過去の自分の焦りがよくわかる。


 大地は、岬千春が好き。

 ――ただし暫定。 考えたくはないけど、断りの口実にしているだけかもしれない。

 これについては、千春でデートすることで確かめる。 水族館。


 呼び名問題。 素では菊野くん、千春の時は大地。 このままではいつかボロが出る。 というか、すでにちょっと出てる。 いまさら千春で菊野くんはないから、普段大地って呼ぶことを考えた方がいい。

 でもどうやって? 今日を逃したのは地味に痛いかもしれない。 この後あるのは……期末テスト、クリスマス、か。

 あれ、クリスマス付近の予定ってどうなってるんだっけ。 明日、原田さんに聞いてみよう。


 たっぷりと机に向かって頭をフル回転したけれど、数式の一つも書くことなくノートを閉じた。

 次のテストはマズいかもしれない。

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