第31話 ふたつのお誘い

 近くに感じた人の気配に顔を上げると、そこにはあたしなんかよりもよっぽどテレビ映えする美少女が立っていた。


「予習のお邪魔してもいいかしら? 」

「珍しいね、こっちに来るなんて」

「美咲とクリスマスの相談をしようかと思いまして」


 そう言って大地の席に腰掛けた唯香は、相談の中身を話し始めた。

 昨夜、他の高校に進学した中学時代からの同級生からメッセが来て、今年もいつものメンバーでクリスマスパーティーをやるか、という話になったとのこと。 なかなか会えなくなってしまったわけだから、

 ただ、メンバーの一人である茜が彼氏を連れて行きたいというのを譲らなかったらしい。

 見せびらかしたいほどの彼氏なのかしらね、と少し呆れ気味に唯香が話しているのを見て、メッセでのテンションはどんなものだったのかと同情した。


「それで、相談の要素はどこに? 」

「そうでした。 茜だけではなんですから、私も誠司さんに同伴いただこうかと思いましてね。 それなら美咲も、というわけです」

「あたし彼氏いないけど」

「それなら、ほら、バスクラさんがいるじゃありませんか」


 クリスマスか。 大地が平気ならいいけど、千春に対しての気持ちがまだわかんないんだよね。


「それは、本人がなんて言うかわからないじゃない」

「そんなの――」


 唯香が口を開いた途端に、ざわつくギャラリーをよけて大地が教室に入ってきた。


「おはよ」

「あら、お越しになったのね。 おはようございます」

「おはよう、春山。 珍しいところでお会いしましたね、北条さん」


 唯香は、主に席を返すこともなく先制攻撃で怯ませた。


「菊野さんもいかがかしら? 私たちのクリスマスパーティ」

「はぁっ!? 」


 あたしと唯香が話している間にギャラリーは倍くらいに膨れ上がっていた。 普段のこの時間ならあり得ない人数。 唯香の集客力は凄まじいわね。

 唯香は大地の驚嘆の声やギャラリーのざわつきなど物ともせずに続けた。


「男女ペアでお越しになる方が多いですから、美咲のエスコート役にちょうどよろしいのではないかしら」


 あたしは口を挟むことすらできずに、静観している他なかった。


「俺はオマケか」

「わかりやすく言うと、そうなりますね。 まだひと月ありますから、お返事はごゆっくりどうぞ」


 唯香はそこまで一息に言うと席を立った。 すらっとした足が艶めかしい。 唯香も、ナツも、お姉ちゃんも、あたしの周りの人物はみんな魅力がありすぎるよ。


 席を譲った唯香は、大地に何やら話してから教室を出て行った。 入れ替わるようにやってきた倉田さんは相変わらず目がキラキラしていて、何を追求されるのかと思うとげんなりとしてしまった。






「春山、どういうこったありゃ」


 それはそうだよね。 突然、なんの脈絡もなくパーティに招待されれば。


「えっと、唯香とは中学のときから4、5人で集まってパーティやってたの。 別の高校に行った2人が彼氏持ちになったんだけど集まってパーティはしたいから、今年から彼氏も同伴許可ってことになったの」


 ここまではホント。 でも大地が誘われた理由の答えにはなってない。

 ただ、大地がさらなる疑問をぶつけてくる前に、友紀が食いついてきた。


「美咲って北条さんと仲良しだったんだ! 同じ中学? 」

「うん、そうだよ。 ここでの唯香の人気には参っちゃうけどね」

「すごい美人だもんね。 彼氏とかいるの?彼女」

「どうだろ。 あんまり派手な色恋沙汰は聞かないけどね」

「これって実は許嫁がいるパターンね。 男子どもが涙で枕を濡らすことになるわね」


 くすくすと悪そうな笑みを浮かべる南ちゃん。 あながち間違いではないんだけど、ここはノーコメント。

 一方の大地たちは、男同士でわーわー言って騒いでいた。



 もうすぐ昼休みも終わるというころになって、大地が恐る恐る聞いてきた。


「俺が彼氏役でいいのか? 」

「え? あのクリスマスパーティの話? 菊野くんならもちろんだよ。 お願いしちゃってもいい? 」

「お、おう」

「ホントの彼氏になってくれてもいいんだよ? 」


 ちょっとドキドキしながらふっかけてみる。


「ちょっ、冗談でもそういうこと言うなよ」

「菊野くんは岬千春が好きなんだもんねー? 」


 冗談じゃないんだけどな、と思ったけど、今はここまで。 少しだけ大地に意地悪しておしまい。


 水族館、千春で誘わなきゃ。 でも休みの日なんて来週からのテスト前期間中しかないから、そこでなんとかしなきゃ。





 その日の夜、念が通じたのかと思うようなタイミングで大地からメッセが来た。


『クリスマスってやっぱりイベントとかあるのか? 』

『その年によるかなー。 今年みたいに平日だと出られないからなし』

『クリスマスライブみたいのやるのかと思ってた』

『事務所はやりたいみたいだけどね』


 原田さんに聞いたら「そりゃ、スケジュール組みたいけど! でもしょうがないじゃない!? あたしだってどうせ暇だし! 」と、半ばヤケクソ気味に吐き捨てていた。

 唯香のところへ行くから、千春として大地から誘われないようにしておかなきゃならない。


『お友だちとクリパもあるし。 先約あってごめんね、大地』

『うるせーよ。 俺だってクリスマスぐらい予定あるわ』

『え? 彼女? 』

『いや、学校のやつからパーティ誘われただけ』


 学校のやつ。 女の子からってのを隠そうとしてる? ああ、もう。 言葉の端々で勘ぐっちゃう。

 もういい。 水族館に誘おう。


『彼女がいないかわいそうな大地とデートしてあげるよ。 来週の土曜日ね! 』


 そこまで送ったところで、お姉ちゃんからお風呂に入るように声が飛んできた。 今日は、新しい入浴剤を試す日だから楽しみ。


「お姉ちゃん、入浴剤どうだった? 」

「うん、いい香りだったよ。 早く行っといで」

「はーい」


 今回の入浴剤は、実はフーちゃんからの貰い物。 どうやらゲームの実況動画の中で入浴剤の話をしたら、ファンの方から事務所に大量に送られてきたんだって。 さすがに使いきれないから何個か持っていって欲しいと言われてもらってきたもの。


 フーちゃんのファンの人はコアで熱狂的な人が多い気がする。 確か、山田くんだか田中くんもフーちゃん推しだったよね。 どっちだったっけ?




 お風呂から出てきたら、大地から返信がやってきていた。 たっぷり一時間ほど放置しちゃった。


『おい、勝手に決めるなよ』

『デートしたくない? 』


 返信したらすぐに既読マークがついた。 大地はずっとメッセ待ってたとか?


『そんなことはないけど……」

『それならいいじゃない』

『いや、テスト前だしさ。 勉強しないと』

『息抜きだと思えばいいじゃん。 あたしもテスト前だし』

『それこそ勉強しなくていいのかよ』

『普段からしてるからあたしはいいの。 大地って学校成績いいの?』

『まぁぼちぼちかな。学年で100番くらい』

『100人中? 』

『400人! 』

『そっかぁ。 意外と頭いいんだね』

『意外とはなんだ、失敬な』

『失敬って(笑) ドラマのセリフでしか聞いたことないよ』

『(スタンプを送信しました)』


 笑い転げているスタンプを送ったら、それっきり返事がこなくなっちゃった。 でもま、水族館は誘えたからいっか。

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