第32話 個人情報

 課題を見つけたらそれを潰していく。 仕事も勉強も、――恋愛も同じ。


「菊野くん、期末試験の結果で競争しない? 」


 水族館の予定が決まったいま、目下の課題は大地の呼び方問題だったわけで、その解決に向けてアクションを起こすことにした。


「あたしたちって、成績同じくらいでしょ? いつも100位以内に入ってるくらい。 だから、競争しながらならお互いのモチベーションになって、もっと成績伸ばせるかな、って」

「あれ、成績の話なんかしたっけ」


 きゃー、大地のくせに鋭い! でもあたしはそんなことではうろたえない。


「こないだの中間試験のあと、山田くんたちと順位で騒いでるの聞いてたから」

「そうだったか? んまぁ、別にいいけど。 競争ってからには、なんか賞品でもつけるのか? 」

「お願いごと1つ、ってのはどう? もちろん無茶はなしで」


 そう。お願いごとで、まずはあたしを名前で呼んでもらう。 そうすれば、あたしから名前で呼んでしまっても言い訳ができる。

 大地は100番ぐらい。 あたしはもう少し上。 勝機はある。


「オッケー乗った。 罰ゲームは結果の後でいいか? 」

「いいよ。 罰ゲームって言っちゃってるし。 もう、何をさせるつもり? 」


 大地ってば、なんでそんなに自信満々なの!? この作戦は、大地に勝つことが前提なのに。 もし負けたら……。 大地って何言い出すかな。


「やっぱりやめようかしら」


 呟いてみたけど、大地は聞いてないみたいだった。






 

 ここのところ平日はずっと晴れていたのに、週末は天気予報が言っていたとおり雨だった。

 でも今日に限ってはちょうど良かった。 なぜなら、雨だとそこまで変装の必要はないから。 デートに向いたスカートを履けないのは少し痛手だけど。 かわりに相合傘でもやってもらおう。


 予定通り大地と待ち合わせて、目的の電車に乗った。 中は暖房がかかっているのか、暖かさに眠気を誘われる。 試験も近いから勉強はしていたけれど、昨日くらいはもう少し早く寝れば良かった。


 枕が揺れた?と思って目を開けたらそこには大地の顔があった。 肩を枕にして寝てしまったみたい。


「ああ、デートなのに寝ちゃった・・・」

「まぁまぁ、まだ目的地着いてないんだし」

「勉強もう少し早く切り上げて、早く寝とけば良かったぁ」

「そっちも試験近いんだろ? こんなことしてていいのか? 」


 そりゃ試験は近いよ。同じ試験を隣の席で受けるんだから。


「息抜きも大事だし! オフの休日は貴重なんだよ? 」

「貴重な休日に俺なんかと遊んでていいのかよ」

「大地と一緒にいると楽しいし、あたしのストレス発散なのっ」


 それに、今日は明確な目的があるしね。 大地の好きな人が、千春のあたしなのかどうか。

 ジッと大地を見ていたら目を逸らされた。 目をそらすなんて怪しい。 何かあったんじゃないの?

 そんなに逸らすなら意地でも目を見てやる!とこちらもよくわからない意地を張って見ていたら、もう終点に着くみたいだった。


 電車から降りると湿っぽいひんやりとした風が眠気を吹き飛ばした。 その風の向かった先に水平線が見えた。


 ちょっと旅行気分にうれしくなって改札に向かうと、二人して改札機に残高不足を怒られてしまった。

 ――またやっちゃった。 でもいいの、大地とお揃い。 ふふっ。



「雨だと傘さすから変装しないでもイケるから楽なんだー」

「そっか、そういう考えもあるんだな。 水族館なら雨でもあんまし影響ないしな」

「そうそう。 早速行こー」


 さ、大地! 相合傘の時間だよ。


「傘は? 」

「バッグの中に折りたたみが」

「ささないの? 」


 ささないよ。 だって、相合傘だもん。


「大地のに、一緒に入ろ? 」

「耳赤くするくらいなら言うなよ」


 耳赤い!? 冷静でいるつもりだったのに、やっぱりちょっと憧れのシチュエーションだったから顔にでちゃってたのかな。


「うるさいなっ。 今日の天気予報で雨なのわかった時から、しようと思ってたのっ! 」


 まったく意味のない反撃をすると、大地は渋々と傘を広げた。 あたしの入るスペースを空けて。


「行くぞ」

「うん」

「もっとこっち来ないと濡れるぞ」

「うん」


 相合傘って結構照れるね。 近くに顔があるのもそうだけど、ときどき触れる大地の腕が思ったよりもガッチリとしていて、男の子なんだなって実感する。

 ドキドキしっぱなしだったけど、外がひんやりしているおかげで助かった。 きっと顔には出てないと思う。


 水族館のチケット売り場が見えてきた。 そういえば、学割で買うのに学生証がいるんだった。 大地には渡せないし、あたしが大地の学生証預かっていかないといけない。


「大地、学生証貸してー」

「あいよ」


 近くで見られたら意味がないからと、少し遠いところで預かってそのまま窓口に走った。 「高校生を二人で」と言ったあたしはどう見ても一人なので、見た窓口のお姉さんは不思議そうにあたしを見た。大地の居場所を指差して見せるとお姉さんは、にっこりと頷いて学生証を返してくれた。


 返してもらった大地の学生証には生年月日が書かれていて、期せずして個人情報を手に入れることになった。



 ――大地の誕生日って、ひな祭りなんだ。 覚えやすいね。

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