第33話 サプライズの応酬
お金と引き換えに受け取ったチケットをそれぞれ持って、入り口に向かった。
エスカレーターを上って少し歩くと、写真撮影のブースがあったけど、大地は撮影ブースからあたしを守るように歩いてイルカショーの時間割のところまでやってきた。
こういうさりげない優しさが大地のいいところなんだと思う。 アイドルをやっているときに寄ってくる男の人は、優しさの押し売りをするような人しかいないから。
「大地、その、ありがと」
「ん? 」
「気遣ってくれて」
「俺も週刊誌には撮られたくないからな」
「んもう! すぐ茶化すんだから」
まったく。 感謝の気持ちくらい素直に受け取ってくれればいいのに。
「手、繋いでいい? 」
「ん、ほら」
せっかくのデートだから。 大地が千春のあたしを好きなのかどうか確かめるためだから。
別に大地と手を繋いで歩きたいとか、そういうわけでは……あるけど。
しばらく水族館の生物たちを見て回っていたけれど、あたしが心奪われたのは小さなクラゲがふよふよと漂っている水槽だった。
「なんか神秘的だねー。 テストのこと忘れそう」
ふよふよと何も考えずに浮かんでいる姿を見ると、悩みとかなさそうでいいな、などと考えてしまった。
「俺せっかく忘れてたのに思い出したじゃんか」
「あはは、ごめんごめん」
ゆったりと動くクラゲたちは、淡い水色の光で照らされて神秘的な輝きを放っていた。
その中の一匹を追っていると、ガラスに映った大地が見えた。 何かをジッと見ているけど、動かないからクラゲを見ているわけではなさそう。
――あたしを、見てる?
クラゲを見ているふりをしながら観察していると、相変わらず凝視しているみたい。
やっぱり『岬千春が好き』ってのは本気なのか。 ってことはあたしの知らない誰かを好き、ということはないと思って良さそうだね。 良かった……のかな。
すこしホッとしたら、見つめられていることがなんだか恥ずかしくなってきた。 さっき散々寝顔を晒しておいて今更かもしれないけど。
「そんな、見つめないで。 恥ずかしいよ」
「な、なななっ」
大地はなんでバレたんだ、といった顔をしている。 水槽に映る大地を指差すと、クラゲ水槽の中にいるように見える大地と目があった。
「ね、次行こ」
「――おう」
大地は顔を赤くして、短く返事をした。 大地ってば、照れちゃって。
あたしは、大地が千春を好きだと確信して妙に冷静になっていた。
イルカスタジアムは屋外で少しひんやりとしていた。 屋根があるから雨はしのげるけど、明るいからさっきまでのように無防備でいるわけにはいかない。
最前列まで客席を降りてゆき、左端に陣取った。
「あんまり前だと濡れないか? 」
「端っこだし大丈夫だよ。 それに前の方だと他の人から見えにくいでしょ? 」
「なるほど」
イルカのショー、近くで見たかったし。
小さい頃からの夢は、『イルカのお姉さんになって一緒に泳ぐこと』だった。 だから習い事の水泳は頑張ったし、イルカの写真集を見ては共に泳ぐ姿を想像したりした。
待っている間は、大地の部活について聞いていた。 美咲としてもあまり聞いたことはないから、楽しかった。 お姉ちゃんが副部長をやっていたから知らないわけではなかったけど、バスクラをちゃんと知ったのは大地と出会ってから。
「ミサキは趣味とかないの? 」
「お菓子作るのは好きだけど、それ以外はあんまり熱中するものってないかな」
「その、アイドル活動とかは?」
アイドル、か。 色んな人に会えて楽しいし、なかなかできない経験だからありがたいと思うけど、これって趣味なのかな。
アイドルや女優として将来生きていきたいと思っているわけじゃない。 どちらかというと、イルカの調教師を目指したい。
「もちろん楽しんでるけど、ずっとできるものじゃないかなって。 女優とか目指してるわけじゃないし」
「人気あるのにもったいない」
たくさんの人に応援してもらって、何人もの人に好きだと言ってもらえて、ホントにありがたいし、恵まれていると思う。
でも、あたしは――。
「あたしは、たくさんの人に持て囃されるよりも、ひとりの人に包まれるように愛される方が幸せかな、って」
あなたから、ね。
あたしの憧れであるイルカの調教師さんたちは、全身を使ってイルカたちとコミュニケーションをとりながら、泳ぎ、歌い、踊っていた。
こういうショーはあくまでは表舞台だけど、裏ではどんな努力をしているんだろう。 舞台は違うけど、アイドルも一緒だね。 努力してきた分だけ結果としてパフォーマンスに現れる。
目指したい将来を間近で見て、いま自分がやっているアイドル活動も無駄ではないんだと思えて嬉しかった。
ショーが終わって、スタジアムからほとんどの人が出て行った。 残っているのは、一部の子供づれの家族や休憩のために座っているであろうカップルが数組いるだけだった。
あたしは、大地と手を繋いだまま座っているこの状況が心地よくて、ずっとここにいてもいいかな、なんて思ってしまった。 大地も焦って動くつもりはないようで、そのままショーの余韻に浸っていた。
「すごかったな」
「そうだね! 感動しちゃった」
「イルカってすごいな。 もちろんお姉さんもすごいんだけどさ」
「ドルフィンセラピーとかあるくらいだもんね。 心を通わせるって素敵」
スタジアムのプールでは、さっきまでパフォーマンスを披露していたイルカが数頭、優雅に泳ぎ回っていた。
「ね、大地。 写真撮ろう」
「ん」
すっかり人が少なくなったスタジアムで、イルカのプールを背景に自撮りでパシャリ。 画面に映った大地の顔は赤くてなんだか愛おしく感じた。
ペンギンやコツメカワウソを見て愛らしさを十分に味わった後、お土産コーナーに向かった。 そこかしこに可愛いぬいぐるみがあったり、文房具があったりと目移りするものばかり。
せっかくだから、大地にサプライズでお土産買ってあげようとペンケースあたりを探したけれど、いまいちパッとしない。 それならばいっそのこと、とびきり可愛いのにしようとぬいぐるみ売り場にやってきた。
近くに大地がいないかあたりを見回すと、もう会計しているところだった。 急がなきゃ、と近くにいたイルカのぬいぐるみを手にとって会計に向かった。
「なんかあっという間だったねー」
「そうだな。 ここまでくると現実に帰ってきた感じがする」
試験前でもあるし、夕ご飯はお家で食べられる時間に帰ろうと話していたとおり、17時ごろには待ち合わせをした駅に帰ってきた。
目的地は同じ駅だけど、さすがに一緒に行くわけにはいかないからここでお別れ。さっき買ったお土産も渡さなきゃ。
そう思った矢先、大地が何かをポケットから取り出してあたしに押し付けた。
「あのさ、これ、今日のお土産ってことで」
それは、見覚えのあるお土産用の袋。 サプライズと思ってたけど、大地も同じこと考えてたんだ。 そう思ったらおかしくなってつい笑ってしまった。
それじゃあたしも、と同じ柄の袋をバッグから出して大地に差し出した。
「大地と同じこと考えてた。 嬉しい」
大地も自分がもらうことは予想していなかったようで、びっくりしたような顔をしていた。 これなら、サプライズは成功かな? あたしももらったからお互い様だけど。
「それじゃ、またね! 」
「おう、じゃーな」
名残惜しさはあったけれど、乗り換え改札を抜ける大地を手を振って見送った。
あたしは、振り返ってほしいような振り返らないでほしいような、期待と不安の両方を抱えながら、追いかけるように同じ改札を通り抜けた。
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