after story 第3話 揺るがぬ想い
中山くんの公開告白のあと、一瞬の静寂が訪れた。
「おま――」
「ちょっとタケ――」
パンッ!
大地と、もう一人誰かが言葉を口にした瞬間、破裂音が響いた。 細井先生が手を打ち鳴らしたみたい。
「そこまで。 中山の言いたいことはわかった。 が、あとでやれ。 こんだけ騒いだらあとで学年主任にどやされちまう」
はい解散、と細井先生は言って、今度はパンパンと二回手を叩いた。 そして、全員が席に戻ったあと、連絡事項もほどほどにそそくさと出て行ってしまった。 そしてまた静けさが帰ってきた。
これでめでたく放課後だというのに、教室から出て行く人は誰もいなかった。 それもそのはず、公開告白がまだ終わりきっていないのだから。 こうなると何かしら返答をしなきゃ終わらないよね。
とはいえ、なんて返事をしよう。 まず、中山くんの意図がよくわからない。 学校では努めて地味にしてるから、あたしに対して垢抜けない印象を持ってるはず。 それに、むしろ邪険に扱ってるくらいだから、本気であたしを好きだなんて思えない。
となると、あたしを介してナツに興味があるとか? そりゃアイドルと出会う機会なんてなかなか作れないもんね。 でもそれならわざわざ公開告白なんてしなくてもいいはず。 うーん、読みきれない。
「春山さん、返事聞かせてもらえる? 」
なんとも無遠慮な言葉が横の席から浴びせられた。 誰のせいで悩んでると思ってるのよ。
キッと睨みつけて見たけれど、中山くんは意に介した様子はない。
だいたい、ケガした大地のことほっぽらかしたり、いきなり告白とかしだしたり、意味わかんない! ナツとのことを見られたのは本当に失敗だった。
でもここで血が上ったりしたら、ナツどころか、自分の立場まで危うくなる。 そうなれば、大地とも離れることになる。 そんなのは絶対イヤ。
――ならば、今はあたしは自分を捨てて女優になる。
考えを整理しよう。
今回の役柄は、学年でトップクラスのモテる男子に告白された、地味で自分に自信がない少女。 でも、前から好きな人がいて、その人を諦めきれないでいる。 内気だけど大人びた性格、と。
よし、これだ。 ふぅ、と息を吐いて立ち上がった。 中山くんもつられて立ち上がった。 見上げるような姿勢になってしまうのは大地と違うところ。
「中山くん、告白してくれてありがとう。 でもあたしみたいな鈍臭いの捕まえて『好き』だとか言うと本気にしちゃうから、冗談でもやめた方がいいよ」
「なっ!? 俺は冗談とかじゃーーー」
「あたしね、一年生の頃からずっと片想いしてる人がいるの。 だから、ごめんなさい」
「……。 それって――」
「中山くん、これ以上恥をかかせるのはやめて。 あたしは中山くんみたいに強くないの」
最初はうまく涙が出てきてくれなくて、まつ毛を濡らすぐらいだった。
だけど、大地に手酷くフラれる想像をしてみたら、涙は勝手に出てきた。 ひどいよ、大地。
頰を伝う涙を手で拭うと、クラスメイトも息を飲んだのがわかる。
「ちょ……春山さん……? 」
「ごめん、もういい? 」
「ん、おう」
涙を流せたのにちょっと満足しつつも、早いところ退散しようとカバンを持って足早に教室から出た。
扉を閉めるのと同時に、教室が騒めいたのがわかる。
こんなところかな。 あたし、女優もいけるかも?
とはいえ、事情を大地と友紀には伝えておかなきゃいけないな。 そう思ってスマホを出してみたけど、教室の中はいますぐスマホ見られる雰囲気じゃないか。 校門出てからにしようと昇降口へ歩き始めたところで、教室の後ろの扉が開いた。
大地を先頭に、何人かの男子が列になって出てくるところだった。 大地とは目が合ったけど、何も話さずに並んで一階へ降りる階段に向かう。
もうすぐ階段というところで、大地の指があたしの手にチョンと触れた。 顔を上げると大地は軽く頷いてから、渡り廊下を通って吹奏楽部の部室がある別棟へと歩いていった。
その様子は、わかってるよ、と言わんばかりだった。
「ほんで、どういうこっちゃ」
「見たままだよ。 こんなことになるなら大地と付き合ってること見せつけておけばよかったかな」
「俺としてはどっちでもいいんだけど、美咲に告白するような奴が増えるのは困るな」
「えへへ。 ありがと」
「いやいや、喜んでる場合か。 実際のところなんで中山が美咲に……。 隣の席の男を惚れさせる魔法でもあんのか? 」
一年生の時は大地が、そして今は中山くんが隣の席。 そしてその二人から告白を受けたとなればそういう解釈もできなくはない。 でも、そんなんで恋愛出来たら苦労しないよ。
「そんなわけないじゃない。 そんなことであたしが大地を好きになるとでも? 」
「いや、そうは言わないけどさ。 でもなんで中山が……」
「大地と付き合う前に、駅前でナツと一緒にいるところを見られたことがあってさ」
「えっ、夏芽ちゃんと? 」
……。 『夏芽ちゃん』だって?
「ふーん、大地はナツのこと『夏芽ちゃん』って言うんだ? 」
「おいおい、そこかよ。 だってテレビでよく『夏芽ちゃん』って呼ばれてるからさ」
「あたしだってテレビでてるもん」
「そりゃ俺にとっては『千春ちゃん』じゃなくて、美咲だからな。 アイドルをやってても美咲は美咲だよ。 だからヤキモチやかなくていいんだよ」
「うー」
「わかったわかった。 それで、駅前で中山に見られたって? 」
「うん、あたしは学校の格好だったんだけど、ナツは変装とかしてなかったから……」
「少なくとも知り合いであることはバレちゃったわけか」
「そうなの。 だから、今回の告白もそっちに意図があるんじゃないかと思ったりして」
「無くはない話だけど、少なくとも俺は別の意図があるとは思えなかった」
それは何? 中山くんが本気で告白してきたと大地は思ってるってこと?
「だから、俺としては今警戒心MAXだわ。 でも、俺は負けない。 美咲を好きだし守りたいって気持ちは誰にも負けない。 だから……」
「だから? 」
「美咲と俺の間に隙を作りたくない。 付き合っていることを話しちゃダメか? 」
「話さないでなんとかする方法はない? 」
「あるかもしれないけど、今のところ思いつかない。 中山が美咲にアプローチをかけ続けて、それが周知の事実になるのが嫌だ」
「わかった。 一個だけ聞いていい? 」
「なんだ? 」
「あたしがアイドルやめても好き? 」
「当たり前だ。 アイドルだから好きになったわけじゃねーぞ」
「……うん。 ありがと」
わかってはいたけれど、即答してくれて嬉しかった。 こういうことが起きた時にどう立ち回るか、それがアツシさんが話していた『覚悟』ってことだよね。
前は一人で悩まなきゃならなかったことも、今は大地と二人で一緒に悩める。 困難に立ち向かうときにこれほどまでに心強いことはない。
流石にみんなの前では話せないけど、中山くんにはちゃんと大地とのことを話そう。
翌日の昼休み、中山くんと話をするために中庭にやってきた。 ここは割と人が多くいて、男女で話していても大して目立たない。
「あの……」
「昨日はゴメン! 春山さんの気持ちも考えずにみんなの前であんなことして」
突然謝られたことで、いきなり出鼻を挫かれた。 予想外の言葉に、返す言葉が思いつかない。
「いや、ユキにしこたまドヤされてな。 『あんた美咲が公開告白とかされて喜ぶと思うの? 』ってな感じで」
「そう、なの」
友紀はどこまで話したんだろう。 もしかしてもう大地とのことを話しちゃったんだろうか。
「それで、やり方はマズったけど、片想いってことはまだチャンスがあるってことだろ? 」
続く言葉で友紀はあたしの意図を汲んでくれてたことがわかった。
「えっと、その、みんなの前だから言えなかったんだけど、実はもう付き合ってるの。 あまり騒がれたりしたくなくて……ごめんなさい」
「そっ……かぁ。 そうだったのか。 それじゃ尚更悪いことしちゃったな」
「ううん、こちらこそごめんなさい」
「マジかー。その発想はなかったなぁー。 それで付き合ってるのって、誰なん? 」
「言わなきゃダメ? 」
「せめてもの情けって事で」
「……菊野くん」
「えっ!? 菊野だったの!? やべ、俺とんでもないことしてんな。 もしかして、友紀って全部知ってる? 」
「うん」
「ああ、それでか。 激怒したの納得だわ。 なるほどな」
中山くんはショックを受けた風でもなかったけど、冗談とかで告白をしたわけではないことは感じられた。 きっと悪い人じゃないんだよね。 これだけモテるわけだし。
「いや、ホントに悪かった。 まぁ、これからはクラスメイトとして一つ頼むよ。 あと菊野と別れたら教えてくれよ」
「別れないよっ! 」
最後にチクリとやられたことにできる限りの反撃をして、とりあえずは一件落着した、と言えるのかな。
ふぅと息を吐くと、思いのほかプレッシャーがかかっていたのか、どっと疲れが押し寄せてきた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます