after story 第7話 修学旅行(後編)

 勢いで出てきたのはいいけど、二人がどこで会ってるのかはわからない。


 部屋のあるフロアは男女が分かれて割り当てられていて、基本的には異性のフロアは立ち入り禁止だから、そっちはないはず。 だからロビーのある一階フロアにいるはずなんだけど、二人の姿は見当たらない。


 仕方なしにお土産の物販エリアを覗いてみたけど、あたしたちの年代に適したお土産たちは見当たらない。 シーサーの木彫りとかいらないし……。


 10分ほどお土産エリアでうろうろしてみたけど、二人が通りかかることはなかった。 もう部屋に戻ってるのかもしれないし、買いたい物もないし、あたしも部屋に戻ろうかな。


 そう思ってお土産エリアを出た途端、中庭の方から歩いてくる瀧本さんと目が合った。



 瀧本さんはピクっと肩を震わせてから、あたしの方へと近づいてきた。 あたしから話に行くのも変だし、そのまま立ち尽くしていた。

 表情がわかるぐらいまで近づいてくると、瀧本さんの目が赤いことに気がついた。 ……泣いてた、みたいだね。



「春山さん……ごめんね。 ちょっと話してもいい? 」

「うん。 何かな」


 薄々感じてはいるけど、大地が関係することには間違いない。 涙目なのを見るに、瀧本さんにとってはよくないことがあったと。


「私ね、菊野くんのこと好きだったんだ。 でもフラれちゃった。 春山さんが彼女なら仕方ないかな、って」

「あの……あたし……」

「春山さんが彼女なのわかってるのに、本当にごめんなさい。 菊野くんちで二人のこと聞いてから、自分で整理しようと思ってたんだけど、やっぱり伝えたいなって思って。


  あのね、二人の邪魔しようとか思ってないから! 菊野くんにもそう伝えたし。 だから、遠慮とか、変な感じにならないようにしてね。 ごめんね! じゃあね! 」


 瀧本さんは捲し立てるように言うと、走って行ってしまった。 一人残されたあたしの頭では、瀧本さんの言葉が何度も繰り返される。



 あたしが関係を隠すことにしたばっかりに、瀧本さんにしなくてもいい嫌な思いをさせてしまったのではないか。 そんな思いがこみ上げてくる。

 大地に彼女がいることを知っていたら……。 大地の家であんな知り方をすることがなければ……。


 きっと瀧本さんだって同じグループになれたことを喜んでいたはず。 もしあたしが瀧本さんの立場だったら、隠していた張本人がいる前で、大地の口からそんなこと聞かされたくない。


 バレたくない、という思いが先行して、隠すというのは逃げの手段でしかない。 それによって、不必要に傷つく人がいることが、果たして正しいことだと言えるのか。


 あたしが大地から告白されたことを報告したときに、アツシさんは『揺るがない覚悟を持て』と話していた。 メンバーのみんなも、飛び火する可能性があっても応援してくれると言ってくれた。


 果たして、あたしはそれだけの覚悟を持てていたのかな。


 大地とはずっと一緒にいたい、そう思ってる。 でも、結婚して家庭を持つというような将来を具体的に描けているわけではない。


 そりゃそうよね。 あたしたち高校生だもん。 でもアイドルとして生活している以上、高校生だからと手加減をしてもらえるわけじゃない。


 ――それなら。 学校での立ち振る舞いも見直したり、世間に公表していない事実も、隠さずにちゃんと発信しておかなければならないのかもしれない。



 考えを巡らせながら瀧本さんがやってきた方に向かって歩くと、中庭の入り口が見えてきた。 二人が中庭にいたのなら、さっきロビーから見渡したとしても見つかるはずはない。


 出入り口に近づくと、こちらに向かう人影が見える。 それは予想通りの人物で、あたしの顔を見るなり驚いた表情を見せた。


「その顔は、知ってそうだな」


 あたしはどんな顔をしてるんだろう。 でも大地とちゃんと話さなきゃ。 あたしがしてることは正しいのか、ちゃんと覚悟ができてるのか、ということを。


「うん。 さっき、会った。 大地ってモテるんだね」

「……そんな言い方するなよ。 俺だって青天の霹靂だ」

「ごめんなさい。 やっぱり隠してることが原因で起こったことなんだな、って。 あたし、どうしたらいいのかわかんなくなっちゃった」

「美咲……。 ちょっと、話そうか」


 うん、と言葉に出す代わりに頷いた。


 中庭はロビーと違ってすこしひんやりとした空気が漂っている。 長居すると風邪を引いてしまいそう。


「大丈夫か? 」

「告白……されてた……んだよね」

「うん。 でも、瀧本も美咲がいることはわかってるわけだし、区切りをつけたかったって」

「うん。 大地の家であたしたちのことがバレた時、瀧本さんってどんな気持ちだったのかな、って」


 ここがあたしにとって一番引っかかったところ。 自分が良ければそれでいいのか、って悔やんでいるところ。


「ぅぐ……」

「中山くんのときもそう。 あたしが大地にウソをつかせてまで、秘密にしているのって正しいのかな。 これって逃げてるだけかな。 あたしに覚悟ができてないだけなのかな」


 大地は数十センチ先であたしの話を静かに聞いている。 秘密にしてるのが正しいのか、なんて話したら何をする気だって思うよね。


「中山くんも瀧本さんもいい人だからあたしたちの事情を汲んでくれるけど、普通なら逆恨みしたっておかしくない。 大地と中山くんみたいに親友と呼べるほど仲良くなれるなんてレアケースだよ」

「まぁ、珍しいとは思うけど……」

「去年、週刊誌に抜かれたときのことを思い出したの。 裏切られたって思うと人はとことん残酷になるんだよね。 でもね、中山くんと瀧本さんを見てて思ったんだ。 知ってても友達にはなれるし、応援してくれる人もいる。 もちろん全員がそうとは言わないけど」

「世間だとそうじゃない人の方が多そうだけどな」

「それはそうかも。 それでも、公表した方がいいのかな、恋人がいるって。 学校でも隠さないようにする」

「大丈夫なのか? 」

「学校はまぁそんな心配してないけど、仕事の方は多分、大丈夫じゃない……よね」


 多分というか、十中八九炎上する。 だとしても、それでも応援してくれる人もきっといる。 挫けずにちゃんと立っていられるか、それだけ強くいられるのか。 その時に、大地は隣にいてくれるのか。


「ねぇ、大地。 あたしとの未来、どのくらい想像できる? どのくらい覚悟できてる? 」


 なんて無責任な質問。 自分でも揺らいでいるというのに。 高校生の彼氏になんて答えを求めてるんだろう。


「……少し、考えていいか? 」


 しばし間を置いて口にした大地の言葉に、あたしはただ頷いた。





 炎上することがわかっていて、それに立ち向かうなんて簡単にできることじゃない。 最悪、別れようと言われてもおかしくない。


 試すようなことを言ってしまったけれど、本心でもある。 大地の気持ちを知りたい。


「美咲」


 空白の時間はどのくらいだったんだろう。

 名前を呼ばれた時、思わずビクっとしてしまった。 ゆっくりと大地に向き直ると、大地は穏やかな笑みを浮かべていた。


 その笑顔の意味が想像できなくて、悪い方にばかり予想してしまう。


 ちょっと待って、と言おうとしたときに大地は話し始めた。


「やっぱり、美咲が隣にいない未来は描けないな。 自分が親父みたいにおっさんになったときに、当たり前だけどおばちゃんになった美咲が隣にいて、子どもとかがわーわー騒いでるんだろうな、って。 その時に美咲じゃない人が俺の隣にいることは想像ができない」


 大地は、ふぅと息を吐いて続けた。


「美咲がどこまで話そうとしているのかはわからないけど、俺は美咲を応援するし、絶対の味方でいる。 一番近くで美咲を護ろうと思うし、それを一生続けたいと思ってる。 ……ま、炎上の爆心地にいる時間は短いに越したことはないけどな」


 ははっ、と大地は最後に笑って頬をかいた。 かと思ったら、急に狼狽え出した。


「おい……美咲、大丈夫か? 」

「えっ? 」


 大地の言葉に反応したとき、水滴がたれて手の甲を濡らした。 その水滴は気づかないうちに目から溢れたあたしの涙だった。


 あれ? あたし泣いてる。


 大地の言葉は、あたしにとっては欲しかった以上の言葉だった。 ただ表面的に言ってくれたたけじゃなく、決意というか覚悟を知ることができた。


 あたしのせいで他人から非難を浴びても、護ると言ってくれた。 覚悟できてないのは、あたしだけだったんだ。


 たとえ他の人に何か言われたって、いまの大地の言葉を信じていられれば揺らぐことなんてないんだ。


「ありがとう、大地。 あたしね、自信がなかったの。 大地の隣にずっといてもいいのか。 炎上とかして罵声を浴び続けた時に、ちゃんと立っていられるのか。 負けちゃいそうにならないか不安だったの」


 大地の言葉は、あたしに勇気をくれる。 普段は口数が多い方じゃないけど、口にした言葉は魔法のように力強くあたしを後押ししてくれる。


「もう、大丈夫。 あたしは、負けない。 ずっと一緒に過ごしたいって気持ちが一緒でよかった。 あたしにも『覚悟』ができた」

「美咲は俺なんかよりもよっぽど強いよ。 だけど、一人で心細いときに、俺が支えになれるんだったらこんなに嬉しいことはない。 まぁ、これからもよろしく頼むよ」

「うん、ありがと。 大好き、大地」

「俺も、美咲が大好きだ」


 ひんやりとした大地の唇は、少しだけ乾燥してカサカサと感じられた。






 こうして心づもりができてしまうと、いままでビクビクとしていたことがとても小さく感じてしまう。

 まずは、大地と会った時に、どういう風に挨拶しよう。 急にベタベタするのは品がないし、『ただのお友達』アピールをすることはない、って感じかな。


 それなら大地の肩とか腕に触れつつ「おはよっ、大地」ってする感じ? よし、これでいこう。



 今朝は起きたときからそんなことばかりを考えていたのに、あたしの目論見はあっさりと崩れ去った。 なぜなら、大地が発熱でダウンしたから。


 せっかくの修学旅行で発熱してしまったのは、おそらく昨日の中庭で、身体が冷えてしまったせい。 今日の洞窟ツアーなんて行かずに看病をしていたいところだけど、さすがに許されるわけがない。


 結局大地を除いた9人でグループ行動に出発することになってしまった。


『ごめんね、あたしのせいで』

『美咲のせいじゃないよ。 洞窟ツアーにあんま乗り気じゃないのが神様にバレたかな』

『寝込む方がマシなわけないじゃない』


 少しの間メッセをしていたけど、大地には身体を休めてもらわなきゃならないから程々にしておいた。


 一緒のグループで浮かれて、他の人からの大地への好意に晒されて揺さぶられて、腹を括れたかと思えば今度はその当人はいない。 なんて起伏の激しい修学旅行なんだろう。


 大地のいない洞窟ツアーはひどく退屈で、早く終わって欲しいとの感想しか生まれなかった。 もちろん表向きには、友紀や他の人たちと話したりして楽しんでいる風に過ごしたけど。

 その友紀も、山田くんがいる4組のグループと合流してからはそっちにかかりっきりになってしまった。


 そんなわけで、あたしは一人、事務所になんて言おうかをずっと考え続けていた。

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