第41話 裏腹な言葉

 頭に血が上って告白のようなものをしたあと、あたしは気まずさいっぱいで作り笑いをするほかなかった。


 大地が悪いんじゃない。

 大地は知らないだけ。


 ――あたしのことは見てくれないの?


 自分の口走ったことが恥ずかしくて仕方がない。 もうこのままベッドに潜り込んで寝てしまいたい。


 テレビ番組はいつの間にかCMが終わっていて、クイズ王の表彰のようなものをしていた。 いまはこの喧しさがありがたい。


「ほら、大地イチオシの人がトップだったみたいだよ」

「……ん、そうだな」


 ああ気まずい! 神様、時間を戻して!

 どうすればいいのよ、この状況。


 テレビもエンディングを迎えて、またCMに入った。 さっきまでの食事の時間がウソみたいに話題が思いつかない。 大地も何か思案げで、これといった話をしてくる様子もない。


「……アンモニアイオン」

「……NH4+」

「あれ、NH3じゃないんだっけ」

「イオン化してるんだろ、水素イオン分乗っけて水酸化イオンが浮く」

「――むぅ」


 えーん。 クリスマスイブにする会話じゃないよ。

 その時だった。 あたしの電話がリンリンと鳴る。 画面には『お姉ちゃん』の表示。


「もしもし? 」

「ぼちぼち帰るよ。 まだ新宿だけど。 お母さんはまだだよね? 」

「うん、まだ。 帰るコールも来てない」

「おっけ。 美咲は男連れ込んでない〜? 」

「そんなこと! ……ないよ」

「はいはい。 そいじゃお母さん帰る前に引き上げるわー」

「うん。 気をつけてね」


 スマホの終話ボタンを押したところで、後ろから声がかかった。


「先輩、帰ってくるって? 」

「うん」

「それじゃ、片付けようか」

「ううん、片付けはやっておくよ」

「いや、それは悪いし」

「いいから」


 もっと一緒にいたい。くだらないことで笑っていたい。 それなのに、心にもないことを口にしてしまう。

 大地は、それ以上食い下がることなく、荷物を片付け始めた。


「……ん、そっか。 それじゃ、帰るよ。 今日は、ありがとな」

「ううん、こちらこそ。 あたしのわがままに付き合ってくれてありがと」


 大地が靴を履いて、玄関の外に出た。 またエントランスまで見送りに出ようと、スリッパを脱いだところで大地があたしを制した。


「寒いから、いいよここで。 それじゃ、またな。 おやすみ」

「え? あ、うん。 おやすみなさい」


 バタンと鈍い音を鳴らして外の風を遮ったドアを、しばらくの間、呆然と見つめていた。




 

 お母さんからの『帰るメッセ』の音でハッと我に返りリビングの片付けを始めた。 食事の片付けは終えていたから、さほど時間もかからずに片付けは終わった。


 そんなに大変じゃなかったはずなのに、全身が倦怠感に襲われる。 片付け終えた安心感も相まってベッドへ倒れ込んだ。


 ガチャガチャという玄関のドアの音が聞こえる。 妙に頭は冴えていて、聞こえる足音が複数なのがわかる。

 身体をむくりと起こしてリビングに出ると、そこには大地と、グラビアの時の制服を着た千春がいて――。


「俺、千春と付き合うことにしたから」

「――!」


 声を出そうとしたけど、何故か口から言葉が出てこない。 喉がつっかえたように息が止まる。

 なんで!? だって、千春ってあたしだよ。 大地のことが好きなのはあたしなのに?


 何も言えないままいると、大地と千春は手を繋いで二人でにっこりと笑いあいながら、リビングを出て行く。


「――大地っ! 」

「わあっ、びっくりした! ライチ? 食べたかったの? 」


 目の前には帰ってきたばかりであろうお姉ちゃんがいた。

 

 いつの間にか寝てしまったみたい。

 目からは涙がこぼれ落ちていて、枕を少し濡らしていた。



「あ、おかえりお姉ちゃん」

「うん、お母さんも一緒だよ」

「そうだったの」

「美咲、寝るならお風呂入んなよ」

「……うん」


 現実と夢がごっちゃになって頭が混乱している。 でも、千春が現実にあたしの目の前に現れるわけはないんだから。 そう言い聞かせて頭を無理やり起こす。


 時計を見たら、寝ていたのはほんの三十分ほどだった。 クローゼットから着替えを持ってお風呂場に向かった。

 湯船に浸かっていると色々と考え込んでしまいそうだから、シャワーだけさっと浴びて出てきた。


 こんな時はさっさと寝てしまうに限る。 お母さんとお姉ちゃんにおやすみを言って、ベッドに潜り込んだ。 さっき少し寝てしまったけど、すぐに眠気はやってきてくれた。




 目を覚ました時に外はもう明るくなっていて、朝日と一緒に訪れたのは強烈な頭痛と喉の痛みだった。

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