第42話 三人の秘密

 あまりに動かない体に助けを求めようと声を上げるも、声にならない。 それに、この頭痛。 間違いなく風邪の類だ。 この時期に喉を痛めるなんて、アイドルにあるまじき大失態。


 リビングになんとか出て行ったら、お母さんもお姉ちゃんも外出しているようでシンと静まり返っていた。 お母さんは仕事だろうし、お姉ちゃんも予備校かな。 ズキズキとする頭を回転させてなんとか答えを出した。


 薬箱にある体温計をわきの下に挟んでしばし待てば、ピピピっと電子音が計測完了を知らせてくれた。 電卓のような液晶画面に表示されたのは『39.3℃』という文字で、絶望感を味わうには十分だった。


 原田さんに連絡しなきゃ、と思ったはいいものの声が出なくては会話にならない。 やむなくメッセで連絡をとった。


『すみません。 ちょっと高熱が出てしまって……。 今日のレッスンお休みさせてください』


 到底病院に行くような元気はなく、水分だけとって保冷剤を手にまたベッドへ倒れ込んだ。

 それとほぼ同時にスマホが鳴った。


『大丈夫? どのくらいあるの? ご家族は? 』

『39℃超えててちょっとしんどいです。 家族は出かけてていません』

『ひどい熱じゃない! 病院は? 』

『出歩ける元気がなくて』

『わかった。 今から迎えに行くから、病院行こう。 お母様の許可とるから、着替えと保険証用意して待ってて』

『わかりました』


 のそのそと着替えのために立ち上がった。 頭は相変わらずガンガンと痛む。

 なんとか着替えてベッドに倒れ込んだら、またスマホが鳴った。 今度は通話。


「もしもし、大丈夫? 原田さんから電話あって。 今日出張で仙台だから、戻れなくてごめんね。 原田さんにお願いしちゃったからよろしくね」

「う……ん。 わか……た」

「病院連れてってもらって帰ってきたらちゃんと水分取って寝るんだよ。 それじゃ、また連絡するからね」

「……い。 い……てら…しゃい」


 喉が痛くて声がうまく出せなかったけど、お母さんの声を聞いてすこしホッとした。 スマホを手にしたまま、眼を閉じた。



 クイズ番組なんかつけていただろうか。 さっきから正解の音が鳴り響いている。 あれ? 目を開けると、やっぱり頭痛は酷くて、スマホは音楽を奏でている。 働かない頭が遅まきながら理解したのは、スマホに表示された『原田さん』の文字だった。


 いけない! 迎えに来てくれたんだ!

 慌てて立ち上がろうとしたけれど、バランスを崩して床に体を強か打ち付けてしまった。 いたた……。


 這う這うの体で玄関までたどり着いて、鍵を開けた。 そこには原田さんが焦った表情で立っていて、またフラついてしまったあたしを支えてくれた。


「よかった、生きてた。 これは……ひどい熱ね。 病院行きましょう。 ハルちゃんは、ここに座って靴履いてて。 コートとか持ってくるから、部屋入っちゃうよ? 」

「……ぁい」


 なんだか、安心してしまって気が緩んでしまった。 ため息をふぅ、とついただけのつもりだったけど、次に気が付いたら……そこは、病院のベッドの上だった。




「あ、目が覚めた? 」


 ベッドの脇にある椅子に座っていたのは小野寺さんだった。 そして、体を動かそうとしたあたしを制した。

 手にはチューブが繋がれていて、透明の液体が体の中に送り込まれているようだった。


「小野寺さん? なんで? 」

「原田さんとさっき交代したの。 ちょっと脱水気味だったから点滴。 だからもう少し寝ててね」

「あ……。 すみません」

「ハルちゃんのお母さんへは連絡済んでるからね。 インフルエンザとかではないみたいだから、熱の風邪だって」

「そうですか。 ご迷惑おかけしてすみません」

「だいじょぶだいじょぶ。 喋らなくていいから、少しでも寝るんだよ」


 小野寺さんの言葉に甘えて目を閉じる。 身体は休息を望んでいるのか、すぐに意識は沈んでいった。


 次に目を開けた時に目に入ったのは夕日だった。 そして、小野寺さんがいたベッドには原田さんとお姉ちゃん、それにナツが並んで座っていた。


「どう? 」


 どうと言われても、と思ったけど、頭は午前中よりはるかに冴えてるし体も軽い。


「さっきよりだいぶ楽かも」

「そうね、顔色も悪くない。 お薬はもらってきてあるから、動けるようになったら先生呼んでおうち帰ろう」

「ありがと、お姉ちゃん」


 お姉ちゃんは、あたしの荷物をまとめてくれた。 程なくして先生が病室に入ってくるなり、うなずきながら状態が上向いていることを告げた。


「お、だいぶ良くなったみたいだね。 ちょっと熱が高かったけど、水分しっかり摂って、数日静養してればよくなるよ。 今年いっぱいはお仕事はやめておきなさい」

「わかり……ました」

「原田さんもいいね」

「ええ。 無理をさせては、ご家族に顔向けできないわ」


 原田さんはチラっとお姉ちゃんを見やって、にっこりと微笑んだ。 それに応えるようにお姉ちゃんも笑う。


 ――ニヤリと。


 え? なになに? 何、この雰囲気。

 ナツを見たら、ほっぺをツンツンされた。冴えない頭では雰囲気の裏を読むことはできなかった。




「ご迷惑をおかけしました。 ありがとうございます。 あと、ナツもありがと」


 原田さんに車で送ってもらった後、うちまで帰ってきた。 原田さんとお見舞いに来てくれたナツに、お礼の気持ちを伝えた。 ちゃんと言葉になってるから、喉もだいぶいいみたい。


「フフッ。いいってことよ。 いろいろ面白い話も聞けたし」

「えっ? 何よそれ」

「ひ・み・つ」

「えーっ!? ゲホゴホっ」


 あたしが寝ている間に三人で盛り上がっていた話題は、結局最後まで教えてもらうことはできなかった。

 年が明けたら締め上げることにしよう。うん、そうしよう。

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