第58話 定期演奏会
お姉ちゃんと待ち合わせて電車に乗った。 もちろん定期演奏会が開かれるシンフォニーホールに行くため。 学校も全国クラスにある吹奏楽部は多少の特別扱いはあるらしく、大地は5、6限が公欠扱いで部活へ行ってしまった。
知ってたら「今日、頑張ってね」くらい言ったのに。
ホールの敷地へ入ると、入場待ちの列が目に入った。県内ではそれなりに有名なだけあるね。 心なしか中高生の女子が多いような。 やっぱり他校の吹奏楽部の子がよく来てるのかな。
行列に並んでいると、お花とかお菓子包みを持っている人が多く見受けられる。 そっか、差し入れとかしてあげれば喜んでもらえるのかな。
前方の行列はどんどんと消化されていき、あたしの順番がやってきた。 大地にもらったチケットを渡すと、係の綺麗なお姉さんはにっこりとこちらを見て微笑んでくれた。
なんだろうと思ったけど、卒業生の人が手伝いをしてくれているようで、すぐ後ろのお姉ちゃんとは何やら会話していた。
「知ってる人? 」
「もちろん。 二つ上の副部長だよ。 来年は私もあそこでお手伝いかなー」
そっか。 だから、部員からの招待券なのを知ってて微笑んでくれたんだ。 お姉ちゃんの二つ上だと、大学2年生なのかな。
ロビーには人がごった返していた。 そしてお姉ちゃんは引退したばかりなのもあってか、数歩歩くごとに話しかけられていた。
辺りを観察していたら発見した。 お姉ちゃんの彼氏さん。 彼氏さんはもう大学生だからお手伝いの方にいたんだね。 『ご案内』の腕章を付けてトイレの方を指差していた。
そしてもう一つ発見。 並んだ花の中に4Seasonzの名前。 出してたなんて知らなかった。 事務所がやってたのかな。
「美咲」
名前を呼ばれて振り向いたら、美少女が立っていてドキッとした。
「唯香! 来てたのね。 あ、誠司さんも、こんばんは」
「ええ。 島西先生からお誘いいただきましてね」
「先生から!? 相変わらずね……」
「そういうわけで、誠司さんをお誘いしたのです」
「なるほど。 こうしてまた噂の真相をあたしに聞きに来る輩が増えるのね」
「放っておけば良いのです」
「だってハエみたいにたかってくるんだもの」
そこまで話したところで誠司さんが吹き出した。
「美咲ちゃん結構言うね。 実感こもってるし」
「あはは。 お恥ずかしい……」
ハエにたかられるだなんて、あたしは道端の糞みたいじゃない。
「美咲、行くよー」
「はーい。 それじゃまたね。 誠司さんも、失礼します」
「ええ、またね」
小走りでお姉ちゃんのそばへと駆け寄った。 あとについて客席に入ると、三千人くらい入りそうな大きなホール。 こんな大きなステージ見たことない。
一階席の中ほどにある通路の前を三人分確保して、その真ん中に腰を下ろした。 お姉ちゃんは「荷物見てて」と言ってまた表に出て行った。
入り口で渡されたプログラム冊子には、セットリストが最初に載っていて、第1部はポップスステージ、第2部はクラシカルステージとあり、曲紹介が書かれていた。
さらにめくると、部員の紹介がパートごとに分かれて載っている。 大地はというと、クラリネットパートの大勢の女子たちの輪から外れて、写真の隅っこに写っていた。 吹奏楽部で最多人数を誇るクラリネット!とあるけれど、とても大地が誇らしげに写っている様子ではない。
ほかのパートもパラパラとめくっていたら、戻ってきたお姉ちゃんと一緒にお母さんも来ていた。
「間に合ったわね」
そう言いながらあたしを挟むように二人とも席に着いた。
ほぼ時を同じくして、開演を知らせるブザーが鳴り、部員がぞろぞろとステージに上がってきた。
――あれ? 大地がいない。
部員がみんな席についても大地の姿はなかった。 不思議に思ったけれど、疑問はすぐに解消した。
遅れて入ってきた大地は、これでもかというくらい大きくて赤い蝶ネクタイをつけて、いかにも司会者といった風貌。 大地って司会だったんだ!?
大地と一緒に入ってきた女の子も頭に同じリボンをつけていた。 あの人、ファミレスの人だ。 そう思ったのは、この客席であたしだけだろう。
「皆さんこんにちは」
「本日はお忙しい中、第31回定期演奏会へお越しくださいまして、誠にありがとうございます」
「私たちは、本日の司会を務めさせていただきます、トロンボーンパート2年の佐藤すみれと」
「クラリネットパート1年の菊野大地です。 本日はよろしくお願いいたします」
――佐藤、すみれ、か。
「まず始めの曲は――」
佐藤さんの曲紹介のあと、軽やかなメロディが流れ始めた。
昨年までの演奏会もポップスは演奏していたけど、今年はそれにも増してパフォーマンスの方に力を入れているみたい。 部員の人たちが代わる代わる先頭に立っては、ダンスや歌を披露している。
あたしもあんな感じで歌って踊ってしてたのかな。 そんな考えが伝わったのか、流れてきたのはあたしたちの曲だった。
ダンスも完コピとはいかないまでもほぼ完璧で、フーちゃんより上手いかもしれない……。
メドレーの他に何曲か演奏した後、出てきた司会は大地だけだった。 さっきまで二人並んでたのにどうしたんだろう。
「それではここで、客席に中継が繋がっております。 すみれせんぱーい」
――すみれ、先輩?
大地が名前呼びしてるというだけで、反応してしまった。
「はーい、こちら客席です。 今から、お客さまにインタビューしてみたいと思います! ――あ、男性お二人組の方がいらっしゃいますね。 こんばんわ!」
「こんばんわ」
「今日はどちらからいらしたんですか? 」
「家からです」
「そりゃそうですよね」
どうもニュース中継風でインタビューをしているみたい。 二階席にいるのか、ここからでは誰に話しているのかはわからない。
「ここまでの感想を伺ってもよろしいですか? 」
「はい。 私あそこで司会やってる大地くんのクラスメイトなんですが、いつもよりカッコいいので誰だかわかりませんでした」
クラスメイトってことはあたしも知ってる人だ。 この喋り方は誰だろう?
「司会のクラスメイトさんだったんですね。 ではもう一人のお兄さん、演奏の方はいかがですか? 」
「いやー、懐かしい曲がいっぱいあって若い頃を思い出しますねぇ」
「あなた、私より年下ですよね」
「お二方、ありがとうございました! ちなみに、仕込みじゃありませんよ! それでは、スタジオにお返ししまーす」
「すみれ先輩ありがとうございました。 まるで漫才みたいでしたね。 それでは、ポップスステージ最後の曲です。 曲目は『懐かしの名曲メドレー』です。 客席のお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんも口ずさみながら楽しんでください! 」
誰だかは分からなかったけど、笑いのわかる人だった。 いつも一緒にいる田中くんとか山田くんかな。 だとしたらインタビュー受けるなんてすごい偶然だね。
それにしたって、大地は普段目立った発表とかしてないのに、司会者の姿が堂に入っている。 案外喋るの得意だったのかな。 あれで不愛想じゃなければ、結構な人気者になりそうだけど。
『懐かしの名曲メドレー』が終わったあと、休憩のアナウンスが入った。
「これより、15分の休憩に入ります。 第2部は、18時から開始となります」
場内アナウンスを合図に客席が明るくなった。 それを見計らったように、お姉ちゃんが肘で小突いてきた。
「彼氏、頑張ってるじゃん」
「ちょっ、彼氏じゃないってば」
「別に私は誰のことなんて言ってないけど〜? 」
「……」
こちらへ向けてきたニヤニヤ顔をプログラムで隠して、後半の曲紹介を読んでやり過ごすことにした。
お姉ちゃんはくつくつと笑い続けていた。
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