第2話 菊野くんは不愛想
腹を括ってしまったらあとは進むだけ。 お母さんに朝一番でそのことを話したら、契約に関して日程を決める前に、契約書や関係書類をお母さんのメールに送るように原田さんに伝えることになった。 顔が完全に仕事モードに入ってて、あたしはお母さんの部下になったみたいな気分。
原田さんに連絡したら、すぐに取りかかってくれるみたい。 でも個人的に良くても学校が良くないってパターンも多いらしい。 原田さんのところでは、他にも高校生でやってる子がいるとのことで、学校との確認チェックリストも送ってくれた。
通う高校はお姉ちゃんと同じで、それなりの進学校。 ちゃんと勉強もしておかないとあっという間に置いてかれるよ、とお姉ちゃんに釘を刺された。 一応アルバイトは許可制になってるみたいだから、アイドル活動もとりあえずは大丈夫なんだと思う。 そもそもお姉ちゃんも応募してたくらいだもんね。
お母さんと一緒に学校に来たのは入学式の一週間前にあるクラス発表と制服販売の日だった。 ちなみにクラスは8組だった。
「アイドル……ですか。 つまりは芸能活動ということですよね」
「そうなります。 まだ具体的な活動には至っていませんが、これからそうなる予定です。 契約書は私も当然目を通しましたが、週末の学校行事以外は基本的に影響はありません」
「アルバイトと同様、と考えれば、芸能活動も許可制の範囲内といえるかと思っています。 ただ、許可制というからには基準がありまして、学業に影響を及ぼさない範囲で、となります」
「当然ですね。 何か具体的な基準が? 」
「ええ、まず試験などの成績で下位25%は即許可の取り消し、下位50%では2連続で取り消しです。 つまり上位半分に居続けることが継続的な活動には必要ということです」
「わかりました。 そこはいいわね、美咲」
「はい。 わかりました」
「それと、芸能人としての扱いが過去に前例がないので具体例は出せないのですが、ファンなど外部の方が殺到するような状況になった場合、退学、転校、活動休止などの対応もやむなしとの考えです。 進学校ですので、ご容赦ください」
「そちらも承知しました。 では、在校生には芸能活動は伏せた方が望ましいと」
「そうなります」
「どう? 美咲」
「あたしはおおっぴらにしたいわけではないので、それでいいです」
「わかりました。 もちろん個人的には春山さんが活躍されることを願っています。 高校生活も楽しんでください」
校長先生、副校長先生との打ち合わせというか面談では、『成績を維持して、広くバレなければいい』という感じみたい。 学校の方に問題がなければあとは事務所ということで、お母さんと一緒に事務所の入るビルまで来ていた。
実はこのビル入るのは初めてじゃない。 契約前でもトレーニングに来てもいいと言ってもらっていたため、ナツと待ち合わせてここでダンスレッスンに参加させてもらったりしていた。
今日はお母さんと一緒だから、待ち合わせはしていなかったけど、エレベーターを降りたところでナツとバッタリ会った。
「あ、ナツ」
「あれ? ハル、おはー、今日はどしたの。 なんでお姉さんと一緒?」
「今日は契約の話。 あと、こちらは母です」
「ええっ!? お母さん? 若くない!? 」
「嬉しいこと言ってくれるお嬢さんね。 はじめまして美咲の母です」
「榎田夏芽です。 ハル……美咲ちゃんと一緒にユニット組ませていただく予定になってます」
「そうなのね。 ご迷惑おかけすると思うけど、よろしくお願いします」
「いえいえこちらこそよろしくお願いします。 じゃね、ハル」
「うん」
夏芽はそう言ってレッスン場へ向かっていった。
あたしはというと、案内された応接室で待つことに。 原田さん、急な打ち合わせが入っちゃって少し待たされるみたい。
「お待たせして申し訳ありません。 プロジェクトSSSのチーフマネージャーの原田と申します」
「春山美咲の母でございます。よろしくお願いいたします」
互いに名乗って名刺交換が始まった。 当たり前だけど、お母さんも原田さんも所作がスムーズ。 こうやってビジネスとしての動きを目の当たりにすると、遊びではないんだと強く実感する。
では契約書と注意事項について、ということで、あたしを除く二人で内容の詰めが始まった。 主にお母さんが質問して、それに原田さんが答える、必要があれば修正するといった構図。
あたしがわかる範囲で重要だったのは――、ブログやSNSは直接公開しないで事務所チェックすること、恋愛は禁止してないこと、あたりかな。
お母さんが事務所に出してくれた条件は、テレビと水着の仕事はお母さんの承諾を必要とすること、だった。 正直言って、あたしはそこまで考えてなかったから、お母さんみたいにしっかりした人がついてないと危なかったのかもしれない。
「それで、活動時は本名使わないんですよね? 」
「あ、はい。 学校には伝えてありますが、生徒の皆さんに伝えるつもりはないです」
「わかりました。 何か名乗りたい名前とかあったりします? あ、ただアツシさんの意向もあるので、『春』は残してもらいたいです」
「うーん……思いつかないです。 もしよければ、アツシさんにお願いするとかってできますか? 」
「わかりました。 ではそれでいきましょう。 それで、ハルちゃん、この後時間大丈夫ですか? 」
「はい、大丈夫です」
「あと二人のメンバーを紹介するので、顔合わせやりましょう。 それではお母様、美咲さんをお預かりします。 私がメインでサポートに入る予定ですので、何かございましたらいつでもご連絡ください」
「わかりました。 世間知らずの娘ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
お母さんは深々と頭を下げ、あたしもそれに倣った。
エレベーターホールでお母さんを見送ったあと、原田さんについていくと、例のアツシさんがいる部屋についた。
コンコンとノックして入る原田さんに続くと、そこにはアツシさんとナツ、そして二人の女の子がいた。 さっきの話を鑑みると、この二人が一緒にユニットを組む子たちなんだよね。
「ハルちゃん、来たね。 これでみんな揃った。 この四人でユニットを組んでデビューしてもらう。 ユニット名は『4Seasonz』。 春山、夏芽、秋山、冬陽、四季が揃ったわけだ。 季節がテーマのユニット、いいじゃないか。 いい曲が書けそうだ」
二人の女の子は、秋山さんと冬陽さんなのね。 秋山さんは確か座談会にいた気がするけど、冬陽さんいなかったような……。
「とりあえず互いに自己紹介でもしておきますか? それじゃ、季節ごとってことで春山さんから」
そう原田さんに促され、紹介文をひねり出す。
「春山美咲です。 入学式前ですけど高校一年生です。 本名は使わないでやるつもりなので、あ、アツシさんに芸名についてアドバイスいただけないかと思ってます。 よろしくお願いします」
「じゃ、次は私ね。 榎田夏芽です。 高校二年生、スリーサイズは83の、57の、88で、Eカップでーす! 」
夏芽さんスタイルいいな、とは思ってたけど、そんなにおっきいんだ。 いいなぁ。
「秋山菜奈です。 榎田さんと同じ高2です。 スリーサイズは、別にいいですよね。 今までは友だちとガールズバンドの真似っこみたいなことしてて、曲も書いたりしてました。 そこは、アツシさんから教わりたいと思ってるところでもあります」
作曲できるなんてすごいな。 でもアツシさんもいっぱい曲出してるんだからすごい人なんだよね。
「私は、笹原冬陽です。 山形の出身で高校三年です。 なので、一番年上になりますね。 ここだけの話ですが、同世代の男はアホばっかりなので好きじゃありません」
ものすごく冷淡な目をした笹原さんは、そう吐き捨てた。 確かに同級生の男子はわいわい騒いでいるイメージが強い。 いわゆる男嫌いって奴なのかな。 アイドルなんてできるのかな。
ひと通り自己紹介が終わったところでアツシさんが口を開いた。
「ハルちゃん、芸名いま考えてたんだけどさ、『岬』を名字にして、春を使った名前にしようか。 美春とか千春とか。 そしたら、ミサキさんって言われても違和感少ないよ」
「はい、ぜひそれでお願いします。 ただ、美春は母と読みが同じになるので千春の方がいいかなと思ってるんですけど」
「それじゃ、『岬千春』で。 この名前はアイドルの仮面だよ。 この名前で活動しているとき、アイドルに変身できる。 笑顔を忘れずに、最大のパフォーマンスを発揮できる仮面」
「ありがとうございます。 頑張ります」
「ナッちゃんはそのままでいいんだよね? 」
「はいっ! 」
「二人は? 」
「冬陽のままでいいです」
「私は、本名を書き間違えられることも多いので、何かアイデアがあれば芸名でもいいかと思ってます」
「それじゃ、秋を使った名前にしようか。みんな名前の方に季節を持つってことで。 名前が菜奈だから『秋菜』でどうだろう。 上は、少し考えさせて」
「はい、ありがとうございます」
『岬千春』か。とにかくこの名前に慣れなきゃいけないな。 でもミサキ、って呼ばれる分には、アツシさんが言う通り違和感があまりない。
こうして、4Seasonzとしての活動が始まった。
活動といったって別にステージがあるわけじゃない。 最初は、歌やダンスのレッスン続き。 入学式や始業式までの休日の間に出来るだけ叩き込む、ということで、かなりハードな一週間だった。 ほかのアイドルグループの振り付けなんかも練習したし、体調とか体重管理の方法、おススメの食事も教わった。
そして迎えた今日、いよいよ入学式となった。 お姉ちゃんと同じ、でも真新しい制服を着て入学式に臨む。 高校生になるってことで買ってもらった新しい眼鏡は、フレームがピンクがかった金色で、落ち着いた雰囲気なのに可愛い。 それでいて軽量な優れもの。
学校のときは、芸能活動が周りにバレないように、眼鏡と地味なメイクは必須。 可愛くいる必要なんてない。 ここでは目立たずに過ごすことが至上命題だから。
お母さんは仕事のメールを片付けてから来ることになっていたから、学校までは一人で来ていた。 すると、背後から聞いたことのある声で呼びかけられた。
「美咲、お久しぶりね」
「唯香! ごめんね、誘ってくれたのに行けなくって」
「まったく、どこをほつき歩いてたのかしら」
「ちょっと立て込んでたの。 ごめんごめん」
「ちょっと相談したいことあるから、少し時間いただけない? 」
「平日だったら大丈夫だよ。 今日行く? 」
「そうね。 でしたら、今日の放課後行きましょ」
唯香は中学生の頃から仲が良かった数少ない同級生。 ほかの仲良しだった子たちは、学力だったり家の事情だったりで高校で別々になっちゃった。
放課後の約束をしているうちに、クラスの担任になるであろう教師が前で生徒を整列するように促している。 唯香は隣の7組みたいで、「では、また」と言い残してま自分の並ぶべき列へと消えていった。
この学校では偉い部類に入るであろう人たちの有難いお言葉を聴きながら過ごしていれば、入学式という形式ばった行事はすぐに終わった。 偉そうにしてなくたって、お母さんやアツシさんの言葉は道筋を示す光になるのにな、としみじみと感じる。
そのまま教室に連行されて、自分の名札が置かれた机に腰をかけた。 あてがわれた机は一番後ろの席で、右隣には菊野くんという男子が座っていた。左隣は空席だから、菊野くんだけが隣人だ。
「よろしくね」
「ん」
なんだか無愛想な人だった。 表情もあんまり出さないし、コミュニケーション苦手なタイプ?
学校の行事予定を見て、休日の活動予定と見比べてたら、先生が話してるところを見失ってしまった。 うーん、と困っていたらなんと、菊野くんが高校生活のしおりを指差して「ここ」と教えてくれた。 案外優しいんだね。
「ありがと」
「ん」
お礼を言ってみたけど、反応はやっぱり無愛想だった。身長はあたしよりも小さいくらいだし、可愛い感じの顔だから、笑顔振りまいてたらモテそうなのに、なんていうのが菊野くんの第一印象だった。
はじめてのホームルームが終わったら、今度は体育館に戻って部活紹介らしい。 あたしは部活には入らないから見てもしょうがないんだけど、お姉ちゃんのだけ見たら帰ろうかな。
お姉ちゃんがいる吹奏楽部は、何年か前までは全国大会の常連だったみたいで、県内では結構有名みたい。
名前の順番が近くて話すようになった矢口さんと一緒に体育館に来てみると、ステージでは吹奏楽部が準備をしていて、お姉ちゃんの姿も見つけた。
「矢口さんってなんの部活入るの? 」
「ウチはねぇ、なんかのマネージャーかなぁ。 春山さんは? 」
「あたしは部活は入らないつもり。 別のとこでダンスやってるから」
「あらま。 それじゃ無理に付き合わせちゃったね。 ごめんちゃ」
「ううん。 今からやる吹奏楽部にお姉ちゃんいるから、それは見ようと思ってたの」
「んじゃ前に行こ」
矢口さんは、小柄だけどアグレッシブで、なんだかちょこまかと動くリスみたい。人混みをささっと避けて前の方に進んでいった。 あたしは置いてかれないようについて行くのに精一杯。
やっとの思いで最前列まできたら、そこにいたのは菊野くんだった。 あの無愛想っぷりから、部活紹介を最前列で見るイメージがどうしても湧かない。
「菊野くん、もしかして吹奏楽部? 」
「いきなりなんだ。 悪いか」
「あ、ごめん。 悪いとかじゃないんだけど」
「春山さん、知り合い? 」
「隣の席の菊野くん」
「あれ、クラスメイトか。 よろしくー菊野くん」
「ん」
相変わらず無愛想だった。 でも、悪いか、って言ってたから吹奏楽部に入るんだろうな。 小柄だし、小さい楽器かな。
吹奏楽部はさすがに全国大会を狙えるレベルなだけあって、素人のあたしが聞いてもすごかった。 全国大会はこれ以上すごくないと行けないんだね。
菊野くんは吹奏楽部の演奏が終わったら、ささっと外に出ていった。やっぱり吹奏楽部なんだ。 今度お姉ちゃんに話しておこうっと。
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