第64話 作戦決行!


 今日は終業式しかないから、教科書や参考書は必要ない。 代わりにメイクするときのポーチを押し込んだ。


『変身』に備えてコンタクトにしておかなきゃならないから、今日は伊達メガネ。 いつもの眼鏡は修理中だし、中学の時の眼鏡に似てるから誰も変に思わないよね、きっと。


 

 今日、アイドル活動のことをちゃんと話さなきゃ。 多分大丈夫、とは思いつつも不安を完全に払拭することはできない。 どんな反応をするんだろう。


 いい反応は、『すげえ! 俺の目に狂いはなかった』とか? ――言わないか。


 悪い反応は……『ずっと騙してたのか! この悪女が! 』とか? これも言わない気がする。


 やっぱりどんな反応されるか予想がつかない。 でも、こんな大事なことを隠し続けていたんだから、いい気分なわけがない。 もしかして、これをきっかけに友達ですらいられなくなっちゃうんじゃ……。


 不穏な想像が頭の中をぐるぐると巡ったまま歩いていたら、気付いた時には校門にたどり着いていた。 いつの間に電車降りたんだろう、あたし。


 教室のドアにかける手が少し震えた。 もし、すぐそこに大地がいたら……。


 ゆっくりとドアを開けると、――まだ来ていない。 緊張が一瞬緩んで、ふぅ、と一息ついた。

 大地が隣に来るまでに、平常心に戻さなきゃ。


 何気なくスマホで星座占いを見てみたら、蟹座は1位だった。 それだけでなんとなくイケそうな気がしてくる。


 ちょうどそこへ大地がやってきた。 机の上にカバンを置いて椅子に腰かけた。

 その横顔に努めて冷静に声をかける。


「おはよ、大地」

「お、お、おはよ」

「今日、部活あるの? 」

「サボる」


 挨拶はしどろもどろなのに、サボる宣言は即答。

 カラオケは部活の後かと思って聞いたら、まさかのサボりだなんて。 思わず吹き出しちゃった。


「サボるのはちょっと感心しないけど……」

「じゃ、体調悪い。 緊張して気持ち悪い」


 いつもの飄々とした雰囲気が全く感じられない。 大地の佇まいにあまりにも余裕がないものだから、面白くなってきちゃった。


「体調悪いんじゃ、遊びには行けないよねぇ? 」

「もうその辺にしてくれよ。 部活どころじゃないんだよ」

「どうしよっかな〜? 」


 芽吹いたいたずら心が、次のセリフを勝手に用意してくれた。 でも大地は耳を赤くしながら、机に突っ伏してしまった。


 仕方がないのでこれ以上は自重して、大地の耳元で小さく伝えた。


「終わったら、カラオケ行こ」


 大地はコクコクと小さく頷いて、承諾を示した。 とりあえず放課後の約束はできたから大丈夫かな。







 そして、ついに来てしまった。 目の前にはたった一人の観客しかいないのに、初ライブの時よりも緊張する。

 さっきのクラス発表の時なんてメじゃない。


 手元に持ってきたマイクをいつものように転がしてみたり、これやったらバレちゃうかも、と思ったり。 でもこれからバラすんだからいいのか、なんて納得してみたり。


 二人でカラオケなんて初めてだから、どう座ったらいいのかもよくわかんないし、どうにも落ち着かない。


 そわそわしているのは大地も一緒みたいで、なんかこう、居心地が悪そうにしていた。


「カラオケ、あんまり来ないの? 」

「ううん、そんなことはないんだけどね。 大地は? 」

「俺はあんまし来ないなー。 男同士だとだいたいノッポのウチで楽器吹いてるし」

「そっか。 とりあえず、なんか歌う? 」

「おう、美咲からなんか入れてよ」


 なにを歌おう。 打ち明ける時のことしか考えてなかった。 とにかく有名な曲にしておけばいっか。


 そうして選んだCMソングを歌い終えると、大地は目をパチクリさせて驚いた表情を見せた。


「すげえ! めちゃくちゃウマいじゃん!! 」

「へへ、歌うのは、まあまあ得意かも」

「ホントにびっくりした。 そこいらのアイドルよりも上手いと思う」

「――ありがと」


 いやまぁ、そこいらのアイドルなんですよ、あたし。 褒めてくれてるんだろうけどね、ちょっと複雑。


 次に大地が歌っていたけど、流石に楽器やってるだけあってか、普通に上手い。 特にあたしが苦しむような長く伸ばすフレーズも余裕でこなしてる。


 せっかく来たんだし楽しもうと思って、ノリノリの曲なんかも入れて歌った。 ……けど、大地にしてみたらあたしの普段のキャラとは随分と離れてるよね。


 でも特に違和感を感じた様子はなくて、大地もただ楽しんでるように見えた。



 ――さて、そろそろかな。



 お手洗いへ行ってくるね、と大地に伝えて、ポーチを携えて部屋を出た。


 ここのパウダールームはなかなか綺麗で、大きな鏡もあるから『変身』には最適だった。


 普段メイクをしてくれる小野寺さんの言葉を思い出す。自分でもできるようにならなきゃダメ、と。 色々と教えてもらいながら練習したおかげで、だいぶ上手に『変身』できるようになった。 このポーチだって小野寺さんのオススメ。



 ――それじゃやりますか。



 全部完璧にやる必要はない。 目元をちゃんとしてリップグロスをひと塗りすれば、ほらアイドルに見える。 前に水族館に行った時よりも、もう一歩アイドルらしいメイクができるようになったかな。


 伊達メガネだけかけて、大地がいる部屋に戻った。



「ただいま。 ――歌うね」



 備え付けのタブレットを操作して、曲を検索する。 曲は、あたしたちのデビュー曲。


 マイクを手にしてから、予約の送信ボタンを押した。 テレビの画面には『恋のシーズン』と表示された。


 大地の顔は見られなくて、そのまま背を向けて眼鏡をテーブルに置いた。


 聞き覚えのあるリズムが聴こえてきた。 あと数秒。

 どうか、大地があたしの望む形で受け取ってくれますように――。


 そう祈りながら、右手を掲げた。






「♪〜キミとボクの恋のシーズン〜♪」


 最後までとりあえずは歌いきった。

 歌っている間は、大地を見ることなんてできなかった。だって、反応見ちゃったら、きっと最後まで歌いきれない。


 歌い終えて、大地を見たら、口をポカンと開けたまま放心状態になっていた。


 えっと、どういう状態だろう。 呆然?


 ダンスの息切れが収まる頃になっても、大地が口を開くことはなかった。 いや、口は開いてたんだけど。


 疑問が渦巻いているんだろうと思うけど、大地は何も話さない。


「大地、 驚かせてごめんね。 岬千春は、……あたしなの」

「ーーんっと、どゆこと? 」


 ようやく大地が喋った。

 なんて言ったらいいんだろう。 ズバリ言うなら、同一人物ってところかな。


「春山美咲と岬千春は、同一人物なの」

「う……うん? 」


 ここまで言っても、大地は真実にたどり着いてはいないようだった。


「大地? 大丈夫? 」


 そう尋ねてみたけれど、返ってきたのは大量の質問だったり


「美咲が、アイドルやってるってこと? 」

「うん」

「テレビにでてるのも? 」

「あたし」

「一緒に水族館行ったのは? 」

「それもあたし」

「学校で隣の席なのも? 」

「それも」


 ――あたし、と言おうとしたところで大地の表情が変わった。 やっぱり、怒ってるかな……それとも悲しんでるのかな……。


 大地の目に宿っていたのは、諦めが強い達観したような色で……あたしは縋るような気持ちで大地へと言葉をかけた。


「――大地? 話聞いてくれる? 」

「……おう」


 大地の横に座って、気持ちを可能な限り落ちつけて……。 大地にあたしの気持ちを知ってほしい。


『美咲』として伝えたくって、眼鏡をかけて、言葉を練った。


「大地、ごめんなさい。 騙されたって思うよね。 大地がね、千春のあたしを好きなんだと思ってたから、言い出せなくって」

「いや、騙すだなんて――」

「ううん、結果的には、そうなの。 でもね、違うの。 最初はね、どっちのあたしでもいいから、大地に好きになってもらえればいいかと思ってた。 でも『千春』って、あたしにとっては仮面なの。 だから、仮面じゃなくてあたしを見てほしいって、――わがままなこと、思って。 ごめん……なさい」


 落ち着いて話したつもりだったのに、最後は感情が込み上げてしまって、うまくしゃべれなかった。


 胸に手を当てて、昂ぶった感情が収まるのを待つ。


 あたしが落ち着くのを待ってくれてたのかな。 それとも 呆れられちゃったかな。 ここまで、大地が言葉を発することはなかった。

 でも後悔しないためにも、最後まで縋るの。


「大地、あの時のお願い、今してもいい? 」

「あの時?」

「テストのやつ」

「ああ、あのテストの罰ゲームか」

「うん、罰ゲームのつもりじゃないけど」


 あたしの気持ちをちゃんと伝えるの。 大地がしてくれたように――。


「大地、大好き。 こんなあたしだけど、大地の彼女にしてください」

「え? 俺? 」


 え?って何?

 今の話聞いてた?

 黙ったままだったし、まさか寝てたなんてことは……。


「もちろんだよ。 他に誰がいるの? あたしは大地が大好きだよ」

「ほんと? 彼女になってくれるの? 」

「うん」

「冗談じゃない? 」

「うん」

「――おっしゃー!! 」


 ――!!

 大地が急に立ち上がるもんだから、びっくりして膝をテーブルにぶつけた。痛い。


 大地、喜んでくれるんだね。 あたしがずっと黙ったままだったことを知っても、好きだって思ってくれるんだね。

 隣に立って、大地を見て、あたしの初めての彼氏なんだなって思いながら――。


「これから、よろしくお願いします」


 ペコリとお辞儀をした。

 大地は恥ずかしそうに頬をかきながら、呟いた。


「あ、いや、こちらこそよろしく」



 うー! 大地好きだよー!

 ちゃんと伝えられて良かったよぉ!


 目の前にある大地の、あたしより少し高い位置にある胸に抱きついた。


「大地、大好き……。 嫌われるかと思って、怖かった」

「嫌いになるわけないだろ。 美咲だけをずっと見てきたんだから」


 背中に回された手は、とても力強くあたしを引き込んだ。 背が小さく見えても、結構筋肉質なんだね。


 ふと顔をあげると、今までにない至近距離に大地の顔があった。 あ、初めてじゃなかったね。

 吊り橋の時も、車から助けてくれた時もこのぐらいの距離だったかな。

 あの時と違うのは、あたしたちが恋人同士になったこと。 

 

 大地と目が合った。 何を考えてるのかな。

 さっきまではよくわからないのが怖かった。 でも、今は楽しい!




 ずっと無言で見つめ合っていたら、なんか、その瞳に吸い込まれてしまった。


 

 ――恥ずかしっ! 初めてなのに、自分からしちゃった。



 ポケーっとした表情でこちらを見ていた大地の唇は、あたしのグロスのせいでツヤツヤと光っていた。

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