第5話 もうすぐ夏休み
高校生活最初の期末試験は、70位。 アツシさんが試験前はちゃんと休みを取れるようにしてくれていたおかげで、きちんと勉強もできた。 この調子なら活動も続けられそう。
成績表をもらったこの時期の昼休みにお弁当を食べながらおしゃべりする時の話題は、どうしたってテストの話になるよね。
「美咲! テストどだった!? 」
「うん、結構良かったかな。 友紀は? 」
「ギリ真ん中。 199位」
「部活大変だったんでしょ? 」
「まぁね、大会前だし。 美咲70番かー。 やっぱデキが違うわ」
「そんなことないよ。 ダンス休んで勉強してたし」
「! ちょっと山田! あんた聞いてんじゃないわよ。 あんたも教えなさいよっ」
「ヤベ。バレてら。 何を隠そう、俺は196位だ! ふはははは」
「なーに偉そうに言ってんのよ、ほとんど一緒じゃない」
「1点でも勝ちは勝ちなのだ。 学歴社会とはそういうものなのだよ、キミ」
「ムカつく! 」
すっかり仲良くなった矢口さんとは、『美咲』『友紀』と互いを名前で呼び合うようになっていた。
100位までの成績上位者は掲示板で発表されるのだけど、名前がそこに載らない人たちは成績表に書かれた校内順位で確認するしかない。 あたしは、掲示板で確認できたから安心していたのだけど、そうでない人は成績表を配られるまでハラハラするみたい。
隣の席に座る菊野くんの周りには、クラスメイトの田中くんと山田くんがやってきていて、同じくテストの順位で盛り上がっていた。 そこに友紀が噛みついたわけだけど。
菊野くんはというと、やいのやいのやっている友紀と山田くんを眺めながら、お弁当をもぐもぐと咀嚼しては飲み込んでいた。
「菊野くんはどうだったの? 」
「うるさい」
「ふぇ?」
いっけない、びっくりして「ふぇ?」とか言っちゃった。 テレビ用のキャラだった。
でも菊野くんったら、まさかの開示拒否。 霞が関もびっくりだよ。 もしや、あんまり成績よくない?
「大地、なに黙りこんでんだ」
「俺は来週からの部活の合宿のこと考えてんの」
「だーっ、吹奏楽バカめ」
「何とでも言え。 メンバーに選ばれたものの義務だ。 出られない三年生とかもいるから、ふざけた気持ちじゃいられないんだよ」
「ふむ、確かにそうだわな。 一年が出るんだったらその分上級生の席減ることになるんだもんな」
「そういうことだ」
菊野くんって小さくて可愛い系の顔してるのに、結構芯がしっかりしてる性格だよね。 他人に流されない強さがあるというか。 やっぱり愛想がよければモテると思うんだけどな。
明日の終業式が終われば夏休み。 学校はしばらくないけど、イベントがいろいろ入ってた気がする。 お姉ちゃんのコンクールの日はお休みもらってたから見に行けると思うけど。
夏休みのことを考えていたら、ピロリン♪と軽快な音がなった。 ストーカーの件があって以来持たされている仕事用のスマホの方だ。 いっけない、マナーモードにしてなかった。
『学校終わったら、事務所に寄る時間ある? 』
素知らぬ顔で画面を見てみると、原田さんからのメッセージだった。 『大丈夫です』とだけ返信し、マナーモードへ変更する。 すると、今度は数秒ほどで、スマホのバイブが『ん』とわずかに振動する音が聞こえた。 菊野くんみたい。
「美咲、なに笑ってんの? 」
「え、いや、なんでもないよ」
「なによう、言いなさいよ」
「あのね、スマホのバイブが一瞬振動するときの『ん』って音が、菊野くんみたいだな、って」
「あーっはっはっ! わかるっ! 美咲おもろいっ! 」
友紀が大きい声で笑うものだから、周りの人から注目を浴びてしまう。 もちろん、菊野くんたちからも。
「菊野、あんたスマホのバイブみたいって」
「あん? 何だそりゃ」
「ほら、あんた『ん』って返事すんの口癖でしょ」
「ん、まぁな」
「それそれ。 美咲がスマホのバイブの振動音みたいって。 ウケる」
「ちょ、ちょっと友紀っ」
焦って止めに入ってももう遅い。 あたしが発信源の『返事がバイブ振動音説』が本人の耳に入ってしまった。 近くで聞いてた田中くんや山田くんまで一緒になって爆笑してる。
「春山……お前な」
「――ごめんなさい」
あたしはただひたすら小さくなって謝るしかなかった。 菊野くんが本気で怒ってる感じじゃなかったのがせめてもの救いかな。
余計なことを口にしちゃったな。 反省反省。
放課後、原田さんが運転する車に乗り込むと、中にはナツも乗っていて、呼ばれたのがあたしだけじゃないって知った。
「あれ、ナツ?」
「ハル! 高校ここだったの。 頭いいわけだ」
「そんなことないけど、ヤンキーとかそういう感じのワルはいないかな」
「まさかここで1,2を争う、とかじゃないよね? 」
「それこそまさかだよ。 こないだの試験は70位だったし」
「しっかり上位じゃん」
「上位にいないと活動続けられないんだもん」
「そうなの!? ちゃんと勉強しなさいよ! 」
「してるよっ。 これでも必死なんだから」
「だから眼鏡なの? ガリ勉? 」
「ガリ勉っていつの話よ。 眼鏡はバレない為でもあるんだから」
「ハルすごいよね。 いまの姿だととてもアイドルやってるように見えないもん」
「それが目的なんだけど、その言い方だともやっとするーっ」
がら空きの脇腹を狙ってこしょこしょとくすぐりにかかる。 ナツも負けじとやり返してきた。
「こら! 二人とも落ち着きなさい! 」
「はぁーい」
「すみません……」
運転席の原田さんに怒られちゃった。 原田さんはなんだかぶつぶつと、「美少女たちが……戯れ……くふふ」とかなんとか言っていた。 大丈夫?
事務所に着いてから今日の目的を聞かされた。 今日は、夏休み期間中のイベントの確認、それに遠征というか地方でのイベント参加についてだった。 地方巡業は、まとまった期間家を空けるため、保護者の方とも話をしておいてほしいとのことだった。
予定表を見ていると、夏休み入って二週目に仙台、盛岡、青森、秋田と東北シリーズ、四週目に鹿児島、熊本、福岡と九州シリーズがある。そしてなんと、最後の福岡では、プロ野球の試合に合わせて始球式まで決まっているそう。
真の目的はこの始球式の投げる人を決めることだったのです。
福岡でプロ野球といえばいつも三万人以上観客が入っている人気球団。 そんな中投げるなんて大変だろうなぁ。 あたしはこういうの無理だから、やっぱりナツになるのかな。
事務所の入るビルの敷地内には芝生があって、お昼ご飯とかを食べられるようになっている。 この夕方にそんな人はいないから、キャッチボールにはもってこい。
原田さんは野球用のグラブを手にして、ゆるやかに傾斜した芝生の下の方にしゃがみこんだ。 どうやらここから順番に投げてみるみたい。 15メートルくらいの距離があるかな?
「さ、順番に投げてみて! 思いっきりでいいよ! 」
「そいじゃ、私からいくよー」
軽く上げた左足が着地すると同時にナツが腕を振ると、白い球はゆるやかな放物線を描いて原田さんのグラブに収まった。 さすが、運動神経がいいだけあってノーバウンドで原田さんのところまで届いていた。
「はーい、次ハル」
「はい。 ただ、ナツより確実に投げられないですよ」
「いいからー」
仕方ない、とナツの真似をして左足を少し上げ、下ろしながら腕を思いっきり振る。 手から離れたボールの行方はを追う暇もなく、芝生が眼前に迫っていた。 自分じゃよくわからなかったけど、足がつんのめって芝生にダイブしちゃったみたい。
「水色でしたね、解説の冬陽さん」
「ええ、水色。 予想外の結果です」
「ちょっとナツ、フーちゃん! 」
制服のスカートのまま投げてすっ転んだもんだから、野球の中継さながらに下着の色が実況された。 もう、二人して悪ふざけするんだから!
制服についた芝を払っている間に投げたアキちゃんは、あたしほど酷くないものの、ワンバウンドで届くくらいだった。
「最後、フーちゃん投げてー」
「では、投げましょう。 原田さん、いいですか? 」
「いいよー、どんとこい! 」
フーちゃんは左手にボールを持ったまま、右足を引きつつ頭の上にボールを持っていった。 そのまま流れるような動作で、上にあげた腕を胸の前に、そして体をねじりながら右足を高く上げた。 そして、右足が芝生に着地したかと思ったら――。
「んっ」
パーン!
小気味よい破裂音が広場に響いた。
一瞬何が起こったのかわからなかった。 音が鳴った原田さんの方をみると、頭より少し高い位置で構えたグラブには白い球が収まっていて、原田さんは目をぱちくりとさせていた。
「フーちゃんすごいっ! 」
「上ずった……」
「なになに!? どゆこと? 」
「原田さん、さすがです。 キャッチャー経験者ですよね」
「ソフトボールのね。 しかしフーちゃん、100キロ近く出てそうじゃない。 ピッチャーやってたの? 」
「ええ、まぁその昔」
「左投げでそのスピードなら、エースだったんじゃないの」
「そのつもりでしたが、男どものやっかみにうんざりしてやめました」
二人の会話はよくわからなかったけど、フーちゃんがすごいことだけはわかった。 人は見かけによらないものだね。
こうして、福岡での始球式はフーちゃんが投げることに決定。 きっと福岡でも観客の度肝を抜いてくれると思う。
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