第7話 無気力星人

 吹奏楽コンクールの関東大会があるのは、三千人ほど収容できるパレスホール。 出場25校のうち、全国大会に行けるのは3校しかない。


 お姉ちゃん、というかウチの高校の出演順は最後から二番目だったから、午後からお母さんと一緒に見にきたのだけど――。

 全国大会への推薦校発表であたしとお姉ちゃんの通う高校が呼ばれることはなかった。




「あーあ。 全国行けなかったなぁ」

「その、大丈夫なの? お姉ちゃん」

「まあね。 ひとしきり泣いてきたから」

「そっか。 お疲れ様でした」

「ありがと。 叶わなかった夢は、可愛い後輩たちに託すとするさ」


 関東大会の日の夜、お姉ちゃんの部屋に行って話していたら、意外にもあっけらかんとしていた。

 夏休みも終わるし、お姉ちゃんは受験が本格化することになる。 いつまでも引きずっていられないもんね。




 久しぶりの学校は、朝課外があるお姉ちゃんと一緒に来たからまだだいぶ早い時間。 来週に実施される実力テストの準備がてら復習用の単語カードをパラパラとめくる。


 ほどなくして、うちの学校にしては珍しくギャルっぽい海原さんと友紀が一緒に登校してきた。 珍しい組み合わせに意外そうな表情が出てしまっていたのか、友紀に質問する前から答えを教えてくれた。


「夏休みのバイトがね、偶然一緒だったの! 」

「そうなんだ、珍しいこともあるんだね」

「でしょー? イケメン大好き南ちゃん」

「そそ。 よろしくー美咲。 ウチは南って呼んでね」

「よろしく。 イケメン好きなんだ? 」

「まぁ、ほどほどにね。 でもイケメン以外は死ねってカンジ」

「イケメン以外はミジンコみたいな扱いね」


 お友達の輪が広がっているところに、明らかに無気力といったような雰囲気の菊野くんが登校してきた。 1学期はもう少し遅かった気がするけど。 菊野くんは、席に着くなり外界からの雑音を遮断するように突っ伏してしまった。 体調でも悪いのかな。


「菊野くんどしたの? 大丈夫? 」

「うるせー。 ほっとけ」


 出た、無愛想。 夏休み明けても相変わらず。 言われたのがあたしじゃなかったら、相当嫌な人認定なんだからね。


 どうしたものか、と思っていたら、隣のクラスの背の高い人で、確か吹奏楽部の人がいきなりバンと背中を叩いていた。


「おい、ダイチ。 まーだショックから抜け出せてねーのか」

「うるせ」


 そっか、菊野くんはコンクールのことで突っ伏してたのね。 そういうことなら理由もわかる。


「菊野くんコンクールのメンバーだっもんね。結果は残念だったけど、お疲れ様」

「ん」

「美咲〜、それよりさ、今日学校終わったら駅前のカフェ行こうよ。店員にイケメンいるって話よ? 」


 ……ちょっと、海原さん。 あたし、イケメンに興味ないんだけど。 しかも会話の腰折るし。


「はいはい、南ちゃんのイケメンチェックがまーた始まった」


 友紀は慣れっこなのか、イケメン話を聞き流していた。 あたし、この子苦手。


 三人で始業式に移動したけど、あたしはあんまり喋らなかった。 ちょっと考え事をしているテイでね。 敵対すると女の社会は何をされるかわかんないから。



 相変わらず、同じような話を繰り返す校長先生の話を聞き流しつつ、今週末のモールイベントのことを考えていた。

 原田さんは、大丈夫だと言ってくれたけど、男の人と握手するとか、ちょっと怖い。 あの時のことがどうしても思い出されてしまう。力が強くて、どうやっても負けちゃうし。

 思い出したらちょっと鳥肌立っちゃった。 あの時は、菊野くんに助けられたな。 今、元気がない菊野くんにお返ししたいし、なんとか元気付けてあげたいんだけどな。


 教室に戻っても菊野くんは、うなだれたように座っていた。 結構引きずるタイプなのね。 こんな時、ナツならどうやって声かけるだろう。 冗談めかして笑わせる感じかな。


「菊野くんも、イケメンのいるカフェ一緒に行く? 」

「ブフッ! なんで俺がイケメン見に行かなきゃなんねーんだよっ! 」

「ふふ。やっと笑った」

「……やかましいわ」


 言葉は優しくないけど、ちょっとニヤリとしたのをあたしは見逃さなかった。


「あたしもさ、パレスホール行ってたんだ。……ほら、美桜姉ちゃん出てるから」

「そう……か」

「お姉ちゃんはもう引退だからね。 あとはかわいい後輩たちに託す、って言ってたよ」

「言われんでもそうするっつーの」

「素直じゃないなぁ」

「うるせ」


 ふふ、と思わず笑いがこぼれてしまった。 素直じゃないんだから。 少しでも気が紛れたとしたら嬉しいかな。


「んじゃ、部活行くわ」


 わざわざそう言って席を立った菊野くんは、きびきびととはとても言えないゆったりとした動きで教室の扉へ向かっていった。


「いってらっしゃい」


 多分、本人には聞こえない声で、そっと呟いた。





 その夜、お姉ちゃんとの夕食の話題は、不愛想で無気力な人が主役だった。


「今日ね、菊野くん、酷かったよー。 無気力星人って感じ」

「何それ」

「ショックから立ち直れてないって。ヘコんでて、動きがのろいの」

「ぷっ。 ま、菊野くんも頑張ってたからね。 一年でメンバーに選ばれてるから、必要以上に頑張ってたのかもしれないね」

「そっか。 一年から出てるのってすごいなって思ってたけど、それはそれで苦労があるんだね」

「出られない三年生もいるからね。 仕方ないことだけどさ」

「でも、お姉ちゃんも引退なんだね。 引退式、金曜日だっけ? お疲れ様でした」

「うん、あとは受験だー。 ああああ、受験嫌だー」


 あまりに本音がダダ漏れで笑っちゃった。 お姉ちゃんは、吹奏楽はやり切った、って感じなのかな。


 あたしもこれだけ一生懸命になれること、見つけたいな。

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