第13話 それぞれの恋の行方

 昼休みになるといつものようにあたしの机には友紀が来ていて、隣に座る菊野くんの周りには山田くんと田中くんが来ていた。


 クラスの中で無遠慮に大きな声で聞こえてくるのは、『学年一の美少女に彼氏がいた』という噂。 朝の話だと誠司さんと一緒にご飯食べに行ったみたいだから、そこを目撃されてたとかなんだろうけど――。


 唯香は中学の頃から、いとこである誠司さんのことを慕ってた。 誠司さんは、包み込むような優しさがあって、自分のなすべきことをしっかりと捉える芯のある人。 側にいるだけで安心感がある、包容力を絵に描いたような人。

 側にいるのか唯香じゃなかったら、きっとあたしも好きになってたと思う。

 その誠司さんの留学が決まったその時だけ、唯香はあたしに涙を見せた。


 唯香のことを思うとそっとしてあげて欲しいんだけど、高嶺の花として君臨する唯香の風貌や品格がそれを許さないんだと思う。 本人が望んだわけでもないのに。


「美咲、どしたの? 」

「え? 」

「ボーッとして」

「ううん、ちょっと考えごと」


 そう、友紀のことも気になるの。 山田くん、背高いしスポーツマンだからクラスでも目立つ存在。 むしろなんで菊野くんや田中くんとつるんでるんだろう。


 友紀と話しながらお弁当食べていたら、友紀が時々山田くんを目で追っているのがわかった。 話を聞いてから観察してると、結構見ちゃってる。 全然気づかなかった。


 菊野くんは、なんだかそわそわした雰囲気だけど、何か知ってるのかな。 そんなにカンがいいとも思えないけど。

 この雰囲気、いつだったか見たことある。 そうだ、入学したばっかりの頃の部活紹介のときだ。


「菊野くんってさ、なんで吹奏楽部入ったの? 」

「どした、いきなり」

「部活紹介の時に聞けなかったから」

「ああ、そうか。 よく覚えてたな」

「あの時は聞けなかったから」

「ん、そうだな。 中学の時からクラリネット吹いてたんだよ。 ほんで、せっかく全国に行ける可能性がある高校に来たんだ。 そりゃ入るだろ? 」

「うん! そだね。 バスクラもその頃から? 」

「おう。 バスクラの音良かったろ? 」

「うん。 CMとかでも案外使われてるんだね」


 ふと気づいたら、友紀と山田くんがニヤニヤしてこちらを見ていた。


「なんだよ」

「仲良いな、と思ってな」

「うるせーよ」

「嫁にすんだろ? 」

「うるせーっつってんだろ」

「いよっ、大地の旦那」

「山田てめえ」



「もう友紀!? そんなんじゃないってば」

「昨日も二人で放課後残ってたし? 」

「友紀〜? ここでバラしてもいいんだけど? 」

「ああっ、美咲さまっ! 許してくださいまし〜」

「どうしよっかなぁ? 」

「ごめんごめん、マジでごめん。 わかったから。 ね? 」



「お前ら何騒いでんの? 」


 田中くんだけは訳がわからないといった様子で、きょとんとしていた。






「北条さんの彼氏って知ってる? 」


 お手洗いから戻ってくる最中にクラスメイトの男子にいきなり話しかけられた。

 いままでロクに話したことないのに、突然捕まえて聞くことがそれ? 自分勝手にもほどがある。


「知りません」

「何でよ。 同じ中学だろ? 」

「知らないものは知りません。 知っててもあなたにお伝えすることはありません」

「チッ。 ブサイクメガネが」


 その男は、小学生のような捨てゼリフを残していった。 たとえ彼氏がいなかったとして、こんなにも品のない男が唯香の隣に並び立つことなどあり得ないのに。


 席に戻ってあと数分後に迫った授業の支度を始めた。 さっきの言葉が反芻して、どうしてもささくれ立った気分になってしまう。


 ああ、もう。 イライラするっ。



 そんな時だった。 目の前に、ミントのタブレットが乗った手のひらが差し出された。


「ほらよ」

「何これ? 」

「いいから」

「ありがと」


 別に菊野くんが悪いわけでもないのに、言葉がトゲトゲしくなってしまった。

 もらったタブレットを口に入れると、爽やかなミントの香りが、――強すぎない? これ。


 思わず横を見たら、菊野くんが口角をわずかに上げていた。


「眠気と一緒にイライラもすっ飛ぶだろ? 」

「……っ! 」


 菊野くんはそう言って三粒も口に放り込んでた。


「ぐわああああ。 かれええええ」


 あたしは涙目になりながら、悶える菊野くんを見て笑っちゃった。

 そんなに体張らなくていいのに。

 でも、ありがと。

 

 ささくれ立っていた気持ちは、ミントの香りと一緒に鼻から抜けていった気がした。

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