第18話 高尾山(本番)

 二週連続の高尾山は、あまり代わり映えしなかった。 隣に大地がいないだけ。

 同行してくれた事務所のメイク兼サポートの小野寺さんと一緒に電車に乗って、指定された駐車場まで歩いてきた。 小野寺さんは原田さんの部下にあたる人でまだ23歳。 ほんわかした雰囲気の優しいお姉さん。

 

 今日の撮影は、古くから俳優業をされているタレントのジュンゾウさんと、結婚したい女子アナランキングのトップで有名な井手さんと一緒。 いつもテレビで見ていた人がこうやって目の前にいることがとても不思議。 朝に挨拶に伺った時も気さくに対応していただいて、二人とも本当に素敵な人だった。



「さぁ、今週のじじい散歩は高尾山。じじい登山になっちゃうね。 ゲストにはフレッシュなベッピンさんがきてくれましたー」

「4Seasonzの岬千春です。 よろしくお願いします」

「千春ちゃん、今日はよろしくね。 おじいちゃん、ガンバっちゃうから」

「はい! お孫さんの分まで頑張ります! 」

「孫の仕事は孫が頑張るからいいんだよ。 あと、介護はこっちのアナウンサーがやるからね」

「はい、井手が今日もお付き合いいたしますので、よろしくお願いいたします。 では、ケーブルカーがありますから、さっそく参りましょう」


 オープニングの撮影は、ほとんど台本。 でも小野寺さんからの情報によると、じじい散歩はジュンゾウさんが途中からその場にいる人に話しかけまくるから、台本なんてほとんど意味をなさないって。 さっきの井手さんとの掛け合いはアドリブだったから、台本無意味ってのも頷ける。


 ケーブルカー乗り場までの道中で、ジュンゾウさんはよく話しかけられていた。 主におばちゃん、おばあちゃんに。 軽口も交えながらニコニコと対応しつつ、テレビで使えそうなコメントを次々と引き出している。

 天狗焼の売店の前を通りかかったとき、ジュンゾウさんはいつもの軽口で話しかけていた。


「おばあちゃん、天狗焼って随分と高飛車な名前じゃないの」

「あらやだ、高尾山といえば天狗だから、鼻が高いのよ〜? ほら、食べてって」


 そう言っておばあちゃんは、天狗焼をジュンゾウさんに手渡した。


「お、いいね。 ほら、井手ちゃんに、千春ちゃん」

「ありがとうございます。 では早速――」


 ジュンゾウさんに渡された天狗焼を頬張る。 こないだ食べた時よりアツい!


「ほへ、はふはふへ! 」

「千春ちゃん、さすがにそんなに熱くないでしょう。 ほら――ってアチチチチチ! 」

「はーアツかったですー。 中身黒豆なんですね!小豆よりしっかりした食感で、あたしこれ好きです」

「おばあちゃん、アツかったよ……。 千春ちゃん気に入ったみたいだからもう一個ちょうだい」

「あらやだ、ありがとねえ。 はい、どうぞ〜」


 とりあえず第一関門突破! 大地ありがとう!

 ケーブルカーに乗り込んだら、ジュンゾウさんは相変わらず周りの人と会話していたけど、あたしはまだどんな感じで他の人と話を広げていけばいいのかわからなかった。 全く知らない人とこれだけ楽しそうに会話ができるなんて、ジュンゾウさんってコミュニケーション能力すごいなぁ。


 そんなとき、ジュンゾウさんがこちらに話を振ってきた。 まだ、カメラは回ってる。


「千春ちゃんは、ロケは今日が初めてなんだよね? 」

「そうなんです。 ちょっと緊張しちゃって……」

「かわいいもんだねー。 俺なんか初ロケは戦前だよ」

「そうなんですか!? 」

「母ちゃんの腹の中でな」


 ――がくっ。 ケーブルカーの車内では爆笑が巻き起こった。


「生まれる前から、そんなにいろんな方と楽しく会話できたんですか? 」

「そりゃ当たり前だよ。 口から生まれたなんて言われたくらいだしな。 コツとしては、おばちゃんとかと会話するときは、相手がカエルだと思えばいいんだよ」

「カエル? 」

「ほら、こちらのオバチャンはカエルみたいなもんだろ」

「あらやだ、私のこと言ってんのかしら」


 失礼しちゃうわ、と言いながらいじられたおばさんはとても嬉しそうにしていた。 周りの人を巻き込んで笑いの渦を起こすところがジュンゾウさんのすごいところなんだろうな。


 ケーブルカーを降りた頃にはあたしもだいぶ緊張がほぐれてきて、自然と笑顔で会話できるようになっていた。

 ジュンゾウさんは、おばちゃんやおばあちゃんをメインに話しかけにいくから、あたしは若いカップルさんに狙いを定めた。


「こんにちわ。 デートですかぁ? ふふふ」

「あ、岬千春ちゃんだ! 私大好きなんですー! 」

「ホントですかー!? うれしい! ありがとうございます♪ 」

「あれ、これ彼氏なんですけど、この人の方が千春ちゃん推しなのに。 どしたの? 」

「あ、いえ、初めまして」

「彼女さんの前だから遠慮してるんですかね? 優しい彼氏さんじゃないですかー。 羨ましい〜」

「あ、はは。 どうも」

「また応援してください! じゃ、デート楽しんでくださいね〜」


 二人と握手してバイバーイと手を振る。

 あたしと大地も先週はあんな感じだったのかな。




 デビューの経緯を話していたら急に歌うことになったり、木の根につまずいて井手さんと抱き合うことになっちゃったりとハプニングはあったけれど、順調に山頂までやってきた。


 山頂付近にあるお蕎麦屋さんに入ってお店の人にインタビューというか雑談。 高尾山の歴史や天狗にまつわる物語を聞かせていただけた。 こないだは登って下りただけだったけど、歴史を感じながら歩くのはまた一味違う。

 

 おすすめとして出されたとろろ蕎麦は、普段食べているものとは一味違った。 太めのお蕎麦に、粘り気の強いとろろ。 すこし甘みのある濃いめのつゆとよく絡んで、つるつると入ってしまった。 ……食べ過ぎ?


「千春ちゃん、よくたべるねー」

「やだ、夢中になっちゃいました。 こちらのとろろは粘り気が強いんですね」

「そうですねえ。 ウチはシンプルだけど、山菜やきのこなんか入れてるところもあるから、他のお店も寄ってみるといいわよ」

「オススメの食べ歩きとかありますか? 」

「やっぱり天狗焼とか焼き団子かねえ。 ケーブルカーの近くにあるはずですよ」

「天狗焼はさっきいただきました。 アツアツでとってもおいしかったです」

「そうだ、帰りにまたおばあちゃんのところに寄らなきゃね。 まだ生きてるか確かめなきゃ」

「ちょっとジュンゾウさんってば! なんてことを」

「俺たちの世代になったら、いつお迎えが来たっておかしくないってことよ」


 やだー、といいながら、ジュンゾウさんの二の腕をペシペシ叩いていたら、ジュンゾウさんも楽しそうにカラカラと笑っていた。


 ごちそうさまでした、とお店の外に出ると、行列がすごいことになっていた。 さっきまで並んでいなかったのは時間が早かったせいかもしれない。

 山頂を少しばかり散策したら、ここでエンディングまで撮って終わりとのこと。 下山までは撮らないみたい。

 吊り橋とか通らなくて本当に良かった。


「本日のゲストは岬千春ちゃんでしたー。 どうもありがとうございました」

「こちらこそありがとうございました。 是非また呼んでください」

「デートのお誘いかい? おじいちゃん喜んじゃうよ」

「はい、ジュンゾウさんそこまででーす。 また来週〜。 さようならー」

「さようならー」

「はい、結構です。 お疲れ様でしたー」


 スタッフの方のかけ声で収録は無事に終わった。

 ホッと一息ついたところにジュンゾウさんが来てくださった。


「お疲れ様だったね。 楽しい収録だったよ。 また一緒になったらよろしくね」

「はい! こちらこそありがとうございました。 次の機会楽しみにしてます」


 先日の収録の後は、芸人さんに怒られたりしたけど、今日は労ってもらえてひと安心。 スタジオで撮るよりもロケで撮る方が好きかも。 ライブっぽいからかな。




 下山はバラバラでいい、ということだったので、小野寺さんと恋バナしながら下りてきた。 原田さんはお酒が入ると面倒くさいキャラになるらしく、「結婚したい」と連呼しているそう。 見たいような、見たくないような……。

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