女子高生アイドルの恋愛事情 〜春山美咲の場合〜

ゆゆこりん

本編

第1話 あたし、アイドルやってみる

 きっかけは1本の電話だった。


「はい、春山です」

「わたくし、プロジェクトSSSの原田と申します。 春山 美咲さんはいらっしゃいますでしょうか」

「美咲は私ですが、どういったご用件でしょう」

「美咲さんでしたか。 ご応募いただいた週末アイドルプロジェクトの一次書類選考に通過したので、まずは座談会にご参加いただきたくご連絡差し上げました」

「えっと、アイドルプロジェクト? あたし応募した覚えがないのですが――」

「そうなのですか? お姉さまとご一緒に応募されていませんか。 ただ、一次選考を通過となったのが美咲さんだけでして――」


 電話を聞いていて話が読めてきた。 お姉ちゃんがアイドルなんちゃらに応募した時に、あたしのも勝手に申し込んだんだ。


 もうお姉ちゃんったら!


「それで、まずは座談会にお越しいただきたいのですが、3月25日はご予定いかがでしょうか」



 かなり強引なお誘いではあったものの、結局のところ、お断りすることもできずに座談会に参加することになってしまった。



「お姉ちゃん、どういうことよ」

「美咲だけなのー!? なんでよー! 」

「そこじゃないっ」

「やってみればいいじゃん、アイドル」

「もうすぐ高校だって始まるのに。 だいたいまだ一次選考なんだから、なるって決まったわけじゃないもん」

「でも美咲、眼鏡じゃ地味だからコンタクトだね。 服も私がプロデュースしてあげよう! 」

「ちょっとお姉ちゃん話聞いてる!? 」





 座談会の日、お姉ちゃんは部活に行く前に服をコーディネートしてくれた。 そんなにアイドルなんてやる気ないけどね。 今日は座談会だからいいけど、次から歌とかダンスとかの選考があるようだったらお断りすることにしよう。


 

 案内された場所は、カラオケの一室みたいだった。 人数は全部で11名。実際にカラオケもあって、自己紹介がてら歌ってくださいね、ということだった。


 指定された座席は五十音順で並んでいたようで、あたしは11人の中で一番最後。 大きなテーブルを囲むようにソファに座った私たちは、順番に名前と年齢、趣味なんかを順番に話していった。


 一番目立っていたのは、1つ年上の榎田夏芽さんで、ハキハキと喋る雰囲気とスタイルの良さが抜群だった。

 あと1年であたしの胸もあのぐらい成長するのかな。 お姉ちゃんもそこそこ大きいし。


「春山美咲、15歳で4月から高校1年生です。 趣味は、母親の影響で料理です」


 まだ互いにどんな雰囲気なのか探っているような状況だから、話題が盛り上がるといったことはない。 さっき目立っていた夏芽さんが話題を振ったりしていたけど、友達になろうというよりは、互いをライバル視してる感じ。


 あたしはそういうギスギスしたのはパスだから、夏芽さんと目があったときににっこり笑ってみた。 夏芽さんはパァっと笑顔を咲かせて、手を振ってくれた。 こういう人がアイドルになるんだろうなーって、感心した。



 しばらくして、最初に挨拶した秋山さんがカラオケでもしてみる? と言い出した。 夏芽さんはいち早く「さんせーい」と声をあげた。 そこまでは良かったのだ。

 しかし夏芽さんは、こっちに向かってニッと笑いながらマイクとリモコンを持ってくる。 ――まさか。


「ハルちゃんからねー」

「えっ? ええっ?」


 いつのまにかハルちゃんと名付けられ、なし崩し的にトップバッターを務めることになった。 断るのが苦手なあたしは強引な人に弱い。


「いいからいいから、最初の方がハードル低いよ」

「それじゃあ、――んっと」


 リモコンを手に、誰でも知ってる昔の名曲を入力する。 イントロが流れ出すとみんな何の曲だかわかったようだ。



 歌い終えて周りを見れば、びっくりしたようにあたしを見ていた。 いつもカラオケで歌う曲だから、歌詞見てなかったせいかな?


 夏芽さんは驚いたような表情をしたまま、あたしに聞いた。


「ハルちゃん、養成学校とかの子? 」

「養成学校? 何の話ですか? 」

「いや、これ素人のオーディションの応募者の集まりでしょ? それにしちゃ歌上手いなって」

「いえいえとんでもない。 あたし、姉が勝手に応募してて、断れなくて来ちゃっただけなので」

「そうなの!? 世間は広いなぁ」


 達観したようなセリフを残して夏芽さんはリモコンをいじり始めた。 カラオケは好きだけど、家族でしか行かないから、ほかの人と比べたりしたことなかったなぁ。


 その後、ひと通り歌って二巡目入る?とまた探りの雰囲気になったところで、スーツ姿の女性が入ってきた。


「みなさん、カラオケ楽しんでいただいてますか? 自己紹介と歌が一巡したようなので、今回ご応募いただいたプロジェクトのプロデューサーをご紹介しますね。 アツシさん、お願いします」


 一部の参加者がキャアと沸いた。 アツシさん、聞いたことある。 誰だっけ?


「どうもアツシです。 今回のプロジェクト、実は俺が企画してたものでした。俺が書いた曲、ぜひみんなに歌ってもらいたいと思っています。 よろしくね」


 きゃーきゃー騒いでいる一部の参加者。 そうだ、少し前にバンドのボーカルをやっていて、最近は楽曲提供を主にやってるシンガーソングライターさんだ。 私は、知ってはいるけどファンというわけではなかったから、騒ぐほどでもないといった感じ。 もしかしてみんな最初からわかってて応募したのかな。


 アツシさんがこのプロジェクトの趣旨を話し始めた。 自分は大学を卒業してからバンドで成功したけど、高校時代から発信する環境があったらもっといろんなことができたはずだ、と。 そこで高校生の学業を疎かにせずともできる、週末だけのプロジェクトを立ち上げたいと思ったんだそうだ。


 学業も大切にしたいけどアイドルを目指したい人にはおあつらえ向きの条件だ。 しかし、生憎とあたしはアイドルに興味がない。


 そこからしばらくは、アツシさんをファンとおぼしき参加者が囲んでいたため、もはやファン交流会になってしまっていた。 あたしはその輪からは少し離れて、夏芽さんと二人で話していた。


「ハルちゃん、この結果はどうあれ、お友達にならない? 」

「はい、もちろん! 夏芽さん綺麗だから、ぜひお友達になりたかったんです」

「あはは! ありがと! んじゃ、あとで連絡先交換しよ」



 30分ほどたったころだと思う。 スーツの女性がお開きを宣言した。 次回の選考についてはまた改めてご連絡差し上げます、とのことだった。 そうだ、お断りを入れるならここで話しておかなきゃ。 そう思っていた矢先、スーツの女性がこちらに向かってきて、小さな声で告げた。


「榎田さん、春山さんは、このあと残って少しお時間をいただけますか」


 プロデューサーのアツシさんを無視して、二人で喋っていたから怒られるのかな。 ふと夏芽さんを見ると、眉毛をハの字にして首を傾げていた。



 他の参加者が荷物をまとめて出ていったあと、残された夏芽さんとあたしは別室へと案内された。 そこにいたのは予想通りアツシさんで、ソファに深く座って足を組みタバコをふかしていた。


「時間をもらってすまないね。 おっと」


 そういって、タバコを灰皿にぐりぐりと押し付ける。 その所作は荒々しく、やはり怒っているように見える。


「高校生の前でタバコはいかんわな。 それはそうと、キミたちは僕のファンってわけじゃなさそうだね」


 正直にいうのも憚られるけど、今更ファンですと取り繕ったところで何の意味もなさそう。 なんて話そうかと思っていたところ、先に夏芽が口を開いた。


「そうですね。 もちろん楽曲は聞いて素敵だなと思っていますけど、特別ファンというわけではないです」

「はっはっは! 正直でいいね! キミもかい? 」

「あたしも、そうですね。 取り立てて好きというわけではないかもです」

「くっくっくっ。 やっぱりキミたちとてもいい。 ますます輝かせてみたくなった。 実をいうとね、さっきのカラオケルームずっとモニタリングさせてもらってたんだ」


 アツシさんは笑いながら、さっきのネタバラシとばかりに座談会の目的を話してくれた。


「オーディションって形でやるのももちろん大事なんだけど、自然に輝く子を見つけ出したくて座談会という形をとったんだ。 美咲ちゃん、キミの歌は抜群にすごかった。 ウマいだけじゃない、人を惹きつける力がある」

「え、あ、はい、ありがとうございます」

「そして夏芽ちゃん、キミは歌も良かったけど、あの場で一番のアイドルだったのはキミだ。 加えてスタイルもいい。 あ、ごめん、セクハラとか言わないでね」

「いえ、大丈夫です。 武器にしてますから」

「頼もしいね。 そこでだ、キミたち、ユニットを組んで僕にプロデュースさせてほしい」

「ホントですか!? やったぁ!!」


 あたしは絶句していたけど、夏芽さんは跳んで喜んでいた。 そしてあたしの手を取ってぴょんぴょん跳ねている。 えっと、あたし断りに来たつもりだったんだけどな……。 この喜びようを見ていたら、到底やりませんと言える雰囲気ではなかった。


「ただ、ユニットとしては3,4人と思っているから、もう少し選考するからね。 あ、キミたち二人は確定」

「わかりました! 」

「は……はい……」

「それにしても、『春』山に、『夏』芽ね。 あと『秋』『冬』揃えれば、四季ができあがるな。 よし、そのセンでいこう」


 アツシさんは最後ぶつぶつ言っていたが、今度はスーツの女性が来て説明を始めた。


「ということなので、今後の契約などについての話をさせていただきたいと思っております。 お二人とも未成年なので親権者の方ともお話する必要があります。 今度、お越しいただく時間を取っていただきますのでよろしくお願いします。 あ、申し遅れましたが、私、今回のプロジェクトのチーフマネージャの原田と申します。 併せてよろしくお願いいいたします」


 早口で難しいことをまくし立てられて、はい、とだけ返事をする。 とりあえず、今日の出来事をお家に帰ったらお母さんに相談しなくちゃ。




 夏芽さんと連絡先を交換してから、家路につく。 電車に乗っている最中に、最初のメッセージが届いた。


『ハルちゃん、これからよろしくねー。 私のことはナツって呼んでくれていいから! 』

『こちらこそよろしくお願いします。 ナツさん、でいいのかな』

『ナツでいいよ。 私もハルって呼ぶから』


 自己紹介の続きみたいなメッセをしていたら、あっという間に地元に着いちゃった。 家に帰る前に、駅ビルに入った本屋さんに寄って、アイドル関連の雑誌でも見てみようかな。



 結局買ったのは、『春のカンタンお弁当特集』だったけど、少し立ち読みした雑誌でアイドルのことも少しわかった。 変な事務所だと、レッスン代が自腹とか罰金で色々取られたりと、酷い扱いのところもあるみたい。 アツシさんとこなら大丈夫そうだけど、こういうのはお母さんに聞いてみた方が良さそうかな。


 ――ってあたしアイドルやる気なの!?


 買った雑誌を携えて自宅のマンションに向かう。 今日は少し着飾ってるし、慣れないことしたから疲れちゃったな。



 体を揺すられる。 ん、なんだろう。

 ゆっくりと目を開けると、いつもの景色が目に入る。 あ、あたし寝ちゃってたんだ。


「ほら、美咲起きな」

「ん、お母さん……起……きる。 んしょ」


 ふわゎ、とあくびをしてリビングに向かうと、そこには美味しそうな料理がたくさん並んでいた。 久しぶりのお母さんのご飯だ!


 お母さんは、フードコーディネーターの仕事をしていて、普段は帰るのが遅い。 だからお母さんが作ってくれるご飯の日は貴重なの。



「あのね、お母さん」

「なに、どしたの」

「お姉ちゃんが勝手に応募したアイドルプロジェクトのやつ、今日座談会に行ってきたの」

「ちょっと美咲! そこ強調しないでよ。 それでどうだったの? 次はいつ? 」

「んもう、今から話すってば。 それで、今日の座談会にアツシってシンガーソングライターが来てて」

「アツシってあの!? 会ったの!? 」

「ちょっと美桜うるさい。 あんた少し黙ってなさい」


 うぐっ、とご飯を詰まらせるお姉ちゃん。 味噌汁を飲んでどうにか落ち着いたみたい。


「それで、カラオケの歌が気に入られたみたいで、ユニット組んでデビューしないか、って」

「美咲っ! すっごいじゃん!! いつ!? 」

「あんたは黙ってなさい、って言ってんでしょ。 それで美咲は大喜びってわけじゃなさそうね」

「うん。 アイドルってのにあんまり興味なかったから。 人前に立つのもそんなに得意じゃないし」

「そうね。 ただ、他人にできない経験をしてるっていうのは将来武器になる。 やらない理由を探すより、まずはやってみる気持ちで悩んでみたら。 不安があるならお母さんだって一緒に悩んであげられる。 それでもやれない、不安が多すぎるというなら、一緒にお断りしに行きましょう」

「うん、わかった。 まずは一晩悩んでみる。 ありがと、お母さん」


 やっぱりお母さんに相談してよかった。 やらない理由を探すな、かぁ。 興味ないから、っていうだけでやらないことを前提に考えてた。 高校もどういう生活になるかわからないけど、やってみるって気持ちで考えてみようかな。


 お風呂で湯船に浸かりながら考えをまとめて、自分の部屋に戻ると、間髪入れずにお姉ちゃんがやってきた。


「美咲っ、どうするの? 」

「やるつもりで考えてみたら、贅沢な悩みなんだなって思ったよ」

「あら、意外な反応。 私は羨ましい〜って思ってたんだよ。 でも、勝手に応募しちゃったのはごめんね」

「ううん、もういいの。 罰として相談に乗ってもらうんだからねっ」

「まかせなさい! 私はいつでも美咲の味方だから」


 お姉ちゃんは、家族だけど先輩でもあってお友達である貴重な存在。 行く高校も同じだから、それも頼もしい。 そんな存在がいつもそばにいるなんて、あたしはきっと恵まれている。

 いつもみたいに女子トークに花を咲かせていたら、いつの間にか日付が変わってた。


 いざって時にお姉ちゃんが助けてくれると思ったら、それだけでやってみようという気になってくる。 お姉ちゃん大好き。 あんなに悩んでたのに、寝るときはもうすっかり気持ちは決まってた。



 あたし、アイドルやってみる!

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