第36話 仮面

「みさ――じゃねぇ、春山、掲示板見たか? 」

「うん、見てきたよ。 結構順位上がったよね」


 わかってる。 そういうことじゃないって。 順位が逆転していたことだよね。

 昼休みにお手洗いに行った後、学年順位の張り出された掲示板を見てびっくりした。 なぜなら、あたしの名前よりも上に大地がいたから。 テストは全部返ってきてるから、何かの間違いじゃないかと思ったけど、間違いだったのは数学のテストの方だったみたい。


 数学のテストで出題ミスがあったことで、その問題は正解なし。 つまり、全員が正解扱いということになった。 あたしはもともと正解だったけど、大地は全員正解扱いの対象になったから5点加算された、というわけ。


「おう、予想以上に上がっててびっくりしたわ。 またお隣同士だったしな」

「でも、逆転されちゃったなぁ」

「ふっふっふ。 そういうことだ」

「せっかくお願いごとしたのに」


 ようやく大地に名前で呼んでもらうところまできたのに。 この先の計画が台無し。 さすがに先生に恨み節をぶつけたくなる。

 大地は、数学の授業のあと、あたしに向き直ってドヤ顔で言い放った。


「さぁ、俺のことを名前で呼んでもらおうか」


 あれ? そんなこと?


「大地」

「そんなあっさりかよ!? 」

「だって、割とみんな呼んでるし」


 大失敗だと思っていたら、まさか大地から名前で呼べだなんて。 願ってもない発言に思わず笑みがこぼれてしまった。ふふふふ。 これは予想外の展開。 先生、ありがとう。 


「美咲、そりゃないよ」

「ふふふ」

「なーに、あんたたちいつの間に名前で呼び合う仲になってんの? 」


 きゃー! 友紀!?

 いつの間に、は友紀の方よ。 いつからいたの!?


 でもこんな時は落ち着いて。 いつか、あたしが『大地』と間違って呼んでしまった時用にとっておいた言い訳を述べる。


「唯香のところのクリスマスパーティに行くときに、一緒に行く予定だからその練習。 友紀も聞いてたでしょう? 」

「そりゃ、クラス全員注目の的だったしね。 なんかお題でもあんの」

「ま、そんなとこ」


 友紀はせっかくのわくわくを返せと言わんばかりの表情で廊下へと出て行った。


「というわけで、大地もこれからも続けなきゃだね」

「――お前、策士だな」


 策士、策に溺れる寸前だったわよ。 大地のおかげで浮上したけど。






 家で勉強机に向かっていても、考えるのは大地のことだった。


 晴れて名前で呼び合うようにはなれた。 でもこれからどうするの? 告白する? 大地は千春のあたしが好きなのに?


 千春で告白すればいいのかな。 そしたら、付き合い始めてから、実はあたしでした、ってするの? そんなことできるわけない。 そうしたら、ずっとアイドルの姿でいなきゃいけない。



『仮面』のあたしのまま……?



 そんなの嫌。 あたしを、美咲を見てほしい。 千春から、大地を奪わなきゃ。

 どうやって……? もう、千春の姿では大地とは会わない。 そうすれば、きっと千春以外の人に目を向けるはず。

 ああ、でもそうしたら他の人に気が行っちゃうかもしれないし……。 どうしたらいいのっ!?



 答えの出ない悩みがぐるぐると頭の中を渦巻いているとき、スマホがなった。 この音は大地だ。


『久しぶり。 元気か? 』


 あたしは久しぶりじゃないけど。 元気でもないし。 でもそんなことを言っていたらアイドル失格。


『久しぶりだね。 元気は……まあまあかな』

『ちょっと相談があってさ』

『なに? 』

『男から名前で呼ばれるのって特別だったりするのか? 』


 これは、あたしとの名前呼びの件だよね。 大地って普段から呼ぶ環境を作ろうとしたのは、間違えて呼んでしまった時のため。 本人からしたら突然名前で呼ぶようにお願いされたとしか思わないし、なんでそうなったのか気になるところよね。 自分のことに夢中で、大地がどう思うかなんてすっかり抜けてた……。


『相手によるかな、って当たり前よね。 心の距離が近い、って感じられるかな』

『岬も、千春って呼ばれると嬉しいものか? 』


 千春は『仮面』だから。 でもそれは伝えられない。 伝えられる範囲で言うなら――。


『ううん、あたしはお仕事用の名前で、本名は違うから。 そこで線引いてる感じかな』

『そうだったんだ。 ちなみに本名は? 』

『大地には教えてあげない。 だから、今までどおり岬って呼んでくれればいいよ』

『そう言われると逆に気になる』

『あたしのことはいいじゃない。 大地には、誰か名前で呼び合う女の子がいるの?』

『一人だけな』


 良かった。 あたしだけ。 ふふ。

 あたしにとって大地は特別。 その特別にあたしはなりたい。 千春ではなく、美咲として。


『じゃ特別な子だね』


 少しは、美咲としてみてくれるかな?

 そう思って送ってみたけれど、特に反応は示されなかった。


『岬は、次はいつヒマになるんだ? 』

『年末近くなるとなかなかねー。 なに? デートのお誘い? 』

『そういうわけじゃないこともないんだけど、忙しいのかなと思って』

『年末年始はイベントも多いからね』

『そっか残念』

『またヒマになったらね! 』


 大地には申し訳ないけど、千春としてはもう大地とは会わないよ。


 ――もう、決めたから。

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