第9話 反省・猛省

 握手イベントは、予想以上に女性や子供のファンが来てくれて、思ったよりも楽しくって不安なんて全然感じずに済んだ。 もちろん、原田さんが気を遣って早めに終わるように促してくれたのもあったのだけど。


 あたしは地元ってこともあって、先に事務所に戻ることにした。 ホントは少し買い物もしたかったけど、眼鏡だけじゃ変装しきれるか不安だからやめた。


 手持ち無沙汰になって、仕事用スマホを見たら菊野くんからの不在着信がそのままだった。 ウインクも投げキッスも無反応だったのはちょっと悔しかったけど、またピンチを助けられちゃったな。


 そうだ! 仕事のスマホからメッセージ送ってみよう。 千春としてお礼もしなきゃいけないし。 幸い、電話番号は残ってる。

 普段だったらいきなりメッセするなんてあり得ないけど、相手は菊野くんだしね。


『岬千春です。 さっきはスマホ探してくれてありがとうございました。』


 ほどなくして既読マークと返信で反応が返ってきた。


『すぐに見つかってよかったね。 あのおっちょこちょいさんがアイドルとは驚きだ』

『ひっどーい!』

『(スタンプを送信しました)』


 おっちょこちょいなんて失礼な! ナツとのメッセでよく使う、パンダが激怒しているスタンプを送信した。


『ごめんごめん』


 なんだろう、普段のメッセよりもフレンドリーな気がする。 やっぱしアイドルとのメッセだから? ちょっと複雑だけど、菊野くんとのメッセはおもしろいから今後も相手してもらおう。


『罰として、今後も話し相手になってもらうからね!』

『ヒマだったら、ってことで』


 やっぱり乗り気じゃん! 今度、自分のスマホと仕事のスマホの両方から送ってどっちが先に返事くるか試してみよーっと。


『名前はなんていうの? 』


 ま、知ってるんだけどさ。 普段隣の席に座ってるし。


『大地。 メッセのアカウント名になってる』

『あ、ホントだ』





 事務所に着いてからは、スタッフの方にお願いして、みんなが帰ってくるまでに今日のビデオを見せてもらった。 アキちゃんに言われたとおり、集中できてないのが丸わかり。

 もう見たくないくらいだったけど、自戒のために全部見た。 これじゃダメだ。 後悔するようなパフォーマンスはしないようにしよう。


 よし!と頰を両手ではさんでパチンと鳴らす。 イヤホンを耳につけて、レッスン場に向かい、しばらくの間無心で踊り込んだ。 もう二度と悔やまないように。



 どのくらいだったかわからなかったけど、レッスン場から事務室に戻ったらもう他のみんなも帰ってきていた。


「あ、戻ってきた」

「ずいぶんと根を詰めてたじゃん」

「スタッフさんからレッスン場にいるの聞いて覗いたけど、全く気付かないくらい集中してたもんね」


 時計を見たら、事務所に戻ってから3時間近くたっていた。 ビデオ見てた時間もあるけど、1時間半くらいは踊り込んでたみたい。


「ハルちゃん大丈夫? 私があんなこと言ったからだよね? 」

「何? アキなんか言ったの? 」

「うん、集中できてる? って」

「それもあるけど、自分でビデオ見たら、それはもう酷かったから。 アキちゃんに言ってもらえて良かった」

「あんまり自分を追い込みすぎないでね。 今日はいつもと違うな、って思っただけだから」

「うん、ありがと。 ごめんね」

「なにか、あったの? 会場来るのも遅かったし」


 それがね、ということで、モールであった一部始終を話すことになった。


「控え室に戻ったまでは良かったんだけど、そのあとスマホ落として蹴飛ばしちゃって。 一緒に探してくれたのがクラスメイトだったの。 菊野大地っていうんだけどね」

「へー。 それで話し込んでたの? 」

「まさか。 学校では秘密にしてるから。 他人のフリ」

「そっかー、それで気になっちゃったわけね」

「そゆこと」

「それで? その大地くんのこと好きなの? 」

「えっ? そんなことないよっ。 優しい人だなって思うくらい」

「そいじゃさ、今度会わせてよ! 」

「何でナツに会わせなきゃいけないのよ」

「ところで、そろそろスケジュールの話していい? 」


 原田さんに言われて事務所に戻ってきた目的を思い出した。


 スケジュールを聞いて驚いちゃった。 二回も。

 一つ目は、お散歩系の番組にあたし一人でオファーが来ていたこと。 それも高尾山の登山&おいしいもの探しみたい。 上手にできるかな……。

 二つ目は、文化祭イベントへの出演オファーが来ていて、それがなんとあたしの通う高校であること。 まさか、そんな形で文化祭に出ることになるなんて。


 文化祭はいつものライブに近いから特に準備はいらないと思うけど、高尾山はどんな感じか心配だな。 お母さんに相談してみようかな。




 その日の夕食どき、早速お母さんとお姉ちゃんに話してみた。


「今度ね、高尾山散歩の番組の撮影があるの。 行ったことある? 」

「私はないわね。 美桜は? 」

「ないよ。 よくネットでは紹介されてるけどね」

「下見にでも行ってみればいいじゃない? 」

「下見かぁ。 お母さん一緒に行ける日ある? 」

「今月中は土日仕事なのよねぇ。 美桜も塾でしょ? 」

「うん。 下見はオススメだけど、女子だけでいくとナンパされたりするから気をつけなよ」

「っても男の子で一緒に行ってくれそうな人なんて……」


 ――いた。 思い当たる人物が一人だけ。


 でも、美咲と千春、どっちで行く方がいいんだろう。 美咲で誘ったら、あまりに脈絡ないよね。

 千春で誘うことにしよう。 撮影も言い訳になるしね。

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