エピローグ

エピローグ *最終話*


 家に戻って数日が過ぎた。


 現在あたしは、体調が悪くて家で静養している――ということになっている。

 実際は、一日の大半をマンガ読んだりテレビ見たりしてダラダラしている、どうしようもないヒキJK(中退目前)だ。


 いや、別にしたくてしているわけじゃないのよ。

 近隣の市で近い時期に高校生二人(あたしとタクミ)が行方不明になったから、ちょっと派手な事件になってしまったらしくて、一時は時の人だったみたい。なぜか片方が戻ってきたってバレて、マスコミさんが家の周りにいらっしゃるわけだ。


 行方不明の間どこに行ってたか説明できないから、全く覚えてなくて気付いたら庭にいたってことにしたんだよね。

 だって異世界の地下国で楽しく王やってましたなんて、病院に連れていかれる案件でしょ。

 だから知らぬ存ぜぬ覚えてないで通した。家まで来てくれた警察の人にもそう言って、戻ってきた時に着ていた身に覚えのない服だと、地下国の服を提出した。

 科捜研で、この世界には存在しない繊維だって解明されればいいと思う。だってそれが事実なんだもん。


 家族の反応は、母ちゃんはアメリカに出張に行ってて「見つかってよかったわー」くらいの反応だった。第一遭遇者の父ちゃんは「おかえり」と一言。弟の琥珀だけがギャンギャンと「どこいってたんだなにしてたんだ!」と大騒ぎした。まぁ、心配してくれたんだろう。うるさいけどいい弟だよ。


 SNSで部活のみんなに生存報告をしたら泣かれた。その時はあたしもちょっと泣いた。心配かけて悪かったなぁっていうのと、うれしかったのとで。

 そして高校を中退するって報告してまた泣かれた。

 卒業できる出席日数は、今からならギリギリ間に合うらしいって、父ちゃんが教えてくれたけどね。


 でも、地下国に戻るから、もう高校には行かないよ。






 さて、だいたいのやらなきゃならないことはやった。

 一番心に引っかかっていたのは部活のみんなのことだったから、「じゃぁね」って挨拶できたからもういいかなって。


 ミソルには、待ってるから迎えにきてね。なんてしおらしいこと言ってみたけど、そんないつ来るかわからない迎えなんて待ってられないんだよね。


 あたしは勝手口にスニーカーを持ってきて、表からは見えない裏庭へ出た。

 あの時、しるべに会った場所だ。

 お世辞にも広いと言えない庭。

 ユニコーンなら余裕はあるけど、ペガサスだったら無理かな。ドラゴンとかは超無理だけど、外に出れないし仕方ない。家とか壊したらごめん、父ちゃん。


 魔道具の効果は、その名前を言えば使えることが多いって、細工長のドレンチが言ってた。

 あたしは左手を握りこぶしにして、前へ突き出した。


「守護獣召喚!」


 人差し指にはまっていたエメラルドのリングが、光を放つ。

 こっちで使えるかだけが心配で、賭けではあったんだけど、どうやら勝ったみたいだ。

 ノームの王の指輪には、レベル5の守護獣召喚の効果が付いてる。レベル5だもん、すごいのが出てきて地下国へ連れていってくれるに違いない!

 何かな。何が出るかな。

 徐々に光は大きくなり、眩しくて目をつぶってしまう。すると前方にどさりと音がした。


 ……どさり……?


 目を開けると、土の上に転がっていたのはよく知った姿。


「いててて……なに…………?」


「ミソル、大丈夫?」


 黒い瞳がこっちを見た。


「…………ル、リ様…………? ルリ様ぁーーーー!!」


 ミソルは一瞬で起き上がりあたしのところまで跳んできて、ぎゅうぎゅうと抱き着いた。

 ちょっと数日会わなかっただけなのに、もう。って思ったけど、あたしもなんか落ち着くんだよね。


「……よかった。ルリ様に会えた……」


「……うん……」


「……王……、一応ボクもいるんだけどさ……」


 上を見れば、ミソルの肩からフサフサのリスが覗いている。

 そっか。そうだよね。守護獣ってディンのことだよね。ミソルが獣人から獣に変わったのかと思ったよ。これが巻き込まれ召喚ってやつだ。


「ディン、迎えにきてくれてありがと」


「……まさか、ボクが召喚される側になるとは思わなかったよ」


 ふふふ。たまには王の気持ちを知るといいよ!


「ディンが地下国に連れていってくれるんだよね? ちょっと待ってくれる? 父ちゃんに言ってから……」


「――――瑠璃? なんか声がしたけど、どうした……」


 作業場から出てきた父ちゃんが顔を出した。


「あ…………」


 家の狭い庭に、娘とそれにぎゅうぎゅうと引っ付いている獣耳の男子。小動物付き。

 普通の父親なら不審者対応待ったなしだ。


 が。うちの父ちゃんは目を丸くした後、笑った。


「……お。めずらしい子がいるな。イタチ族か?」


 ――――――――は?


 なんで父ちゃん、イタチ族知ってんの?!?!?!?!


「…………王…………」


「…………レイジ様…………?」


 ディンとミソルも呆然とそう言ったかと思うと、玲二れいじこと父ちゃんの方へ駆け寄っていった。


「うわぁぁぁぁん! レイジ様ぁぁぁ! 会いたかったですーーーー!!!!」


「王……王…………」


 二人ともぎゅうぎゅうと抱き着いている。

 あたしの時よりも熱烈だと思うのは気のせい?

 父ちゃんは困った顔をしながらもうれしそうに、同じくらいの高さの頭を撫でている。


「ちょっと、落ち着け。何言ってるかわかんないんだからな? お前ミソルか? 大きくなったなぁ。アルマンディンもひさしぶりだなぁ」


 あたしは仕方ないので、自由言語化が付いたエメラルドのリングを、父ちゃんに渡した。

 指にはめるジェスチャーをすると、父ちゃんは小指につけた。


「#▲$%%◎▽&@%◎▽&@▼△」


 ミソルは首元からいつも着けている、ユリの紋章のようなペンダントトップを見せている。


「ああ、まだ持ってたのか。うん、そうかそうか。ロイソルも元気か?」


 なるほど。あれ元は父ちゃんのものだったのか。言われてみれば確かに父ちゃんっぽい。


「&▼▽%◎&、▽&#%◎▲$%△!」


「……えっ……うーん…………」


「@%◎! ◎#▲@$%&▼$◎▽&@▼△!」


「▽&@#▲$◎%▽&@。$%@▽&#」


 父ちゃんはちらりとこっちを見て、はぁとため息をついた。


「まぁ……仕方ないのかねぇ……。しるべが来たのも俺がいたからかもしれないしな……」


 ミソルと父ちゃんが何か話をしている間に、ディンが戻ってきて頭の上に乗った。そしてそのままサークレットになった。


『かの王は、四代前の王だ。二十年近く前に、三年ほど王だった。ミソルは小さい子どもで、ロイソルについて王居住区によく来ていたんだよ。すごく懐いていたのを覚えている』


 二十年近く前だと、父ちゃんは二十歳過ぎくらいか。ミソルはこの前三十二歳って言ってたから、十三歳くらいの時かな。人族の年齢にすると小学校入学くらい。そりゃ小さいな。


「――――結構前なのに、ミソルよく覚えてたね」


 ミソルは振り向いてニカッと笑った。


「大好きな王は忘れません! あ、そうだ……」


 胸元をごそごそと漁ると、箱を取り出してあたしに差し出した。


「あの……ルリ様……これ……」


「なぁに? 見ていいの?」


 革が貼ってある素敵な細工の小箱を開けてみると、入っていたのは小さな石が一つだけ入ったシンプルな銀色の指輪だった。


「……かわいい……! え、こんな日本風の指輪、地下国で作ったの? 誰の作?」


「ほぅ、石の留め方もなかなか上手いな。いい腕している」


「デブラが作りましたー。デザインはタクミ様です」


「え! デブラが作ったんだ?! すごーい! ちょっと前まで指輪なんか作ってなかったのにね! タクミのデザインもいいし。これ、いいね。こういうの好き」


「……娘よ、それ、アレの指輪だぞ……。部活の友達の作品を褒めるかのように言うのはどうなの……」


「あの……ルリ様にプレゼントです……」


「えー?! うれしー!! ありがとう!」


「……娘! 友達からのサプライズプレゼントを喜ぶかのようなリアクションは、どうなの! それ、結婚指輪的なアレじゃないの?!」


 え。

 ピシリと固まった。

 マジで…………?

 ミソルは顔を赤くして、しっぽをクネクネさせている。


「……そうです……そのアレです……」


「ごめんな、ミソル。残念な娘で」


 顔がカーッと熱くなる。

 震える指で指輪を持ち上げると、内側には『M to R』と刻印があった。

 刻印から作ったんだ――――――――?!

 びっくりして泣きそうになった。


「ルリ様を連れていっていいですかって、レイジ様にお願いしました。ルリ様がよければいいって言ってもらったので、地下国にいっしょに帰りましょう」


 優しい笑顔に、うなずいた。

 うん、やっぱりいっしょがいい。


「……そうだね。魔王も助けてあげないとだし」


『魔国はコッフェリアに攻め込まれて大変なんだよ』


 うわ! じゃ、早く戻らないと!

 避難場所作りを手伝って、状況によってはコッフェリア王国のお城に脅しをかけにいってもいい。城中土界まみれにしちゃうぞ。

 閑古鳥ダンジョンも人を呼びたいし、いろいろやってみたい。


 ――――この指輪をはめるのはいろいろ片付いたら、かな。きっと今度はもっともっと時間があるから。


 あたしは小箱をポケットの中に入れた。

 父ちゃんはちょっとだけさみしそうな顔をした。


「……俺がこっちに帰ってきた時な、母ちゃんはあと数日で他の男と結婚するところだったんだわ。お前はギリギリ卒業できる時に戻ってきたし。多分、しるべはさ、人生の分かれ道でこっちに戻してくれるんだ。瑠璃はそっちでいいんだな?」


「うん。こっちでいい。あたし地下でやることいっぱいあるんだ」


「そうか」


 ミソルとぎゅっと手を繋ぐ。


「それじゃぁね、父ちゃん! 母ちゃんと琥珀によろしくねー!」


「おう。地下のみんなをよろしくな」


 ミソルと父ちゃんも別れの言葉を交わしている。

 でもきっとまた会えるような気もするから、ちょっと旅にでも出るように手を振るんだ。


『では、行くよ。地下国へ――――――――――――――――!』






 暗い穴の中へ落ちる瞬間。


 あっ……!!!!

 ノームの王のエメラルドリング、父ちゃんに渡したままだった………………!!






 あたしたちは無事に降臨輪へ落ちた。


「……ルリ様、大丈夫ですか?」


 ミソルに抱えられた腕の中で顔を上げた。


「大丈夫……じゃない。指輪忘れてきちゃった! 指輪がないと、言葉がわからないよ! 早く次の指輪作らないと!」


 慌てて起き上がって、駆け出した。うしろから、ルリ様! 待ってくださいー! と声がした。

 次のはどんなのにしようかな〜?

 あたしはニヤニヤとしながら、作り族の作業場へ全力疾走するのだった。













 END

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