第五章 トンネルの向こう側

勇者の裏事情3

勇者、呼び出される


 王居住区に来た俺は、入ってすぐに足止めをくらった。側近控室の前で側近たちが俺の前をさえぎっている。


「――タクミ様、ちょっと顔を貸すだすよ」


「……ルリさんが呼んでるって聞いたんだけど」


「ルリ様は土界に行ってるのでいません」


「呼んでるのはうそだっす。俺っちたちが呼び出しただっす」


 ……これは校舎裏の呼び出し的なやつか。

 ミソルさんもデブラさんも突然地下に来た俺によくしてくれていて、悪い印象与えているとは思ってなかった。

 何が悪かったのか。


 側近控室に連れ込まれ、小さな座卓を三人で囲んで座る。

 ミソルさんが用意してあったお茶を入れてくれ、お茶菓子が並んだ。

 ――地下国の呼び出しって……なんというか、マイルド?

 目を点にしながら待っていると、デブラさんが口を開いた。


「――それでは第三回ルリ様を帰さない会始めるだっす」


「はい!」


「……はい……?」


 ルリ様を帰さない会……?

 詳しく話を聞くと、今までの王たちが何年か経つといなくなってしまうのは元の世界に帰っているのだろうといわれていて、ルリさんが帰ってしまうのを二人は阻止したいということだった。


 二人ともルリさんによくなついている。懐くという言い方は二人には心外かもしれないけど、俺からはそう見える。

 だから帰したくないっていうのは納得だ。


 そしてこれは俺の今後にも関わってくる話だと思った。


「――俺っちが思うに、しるべ様は本物の王を探してるんじゃないだすかね」


「本物の王」


「本気の王と言った方がいいだすか。地下にずっといる覚悟をした本当の王を探しているで、試しに送っては何年かすると戻してを繰り返しているんじゃないかと思っただすよ」


 しるべ様というのが、日本で王となる存在を決めているらしい。


「帰るのを引き留める、帰っても迎えにいく本気を、俺っちたちもしるべ様に見せないとならないだっす」


「賛成! デブラすごい!」


「……あー、引き留めるとか迎えに行くって、それ可能なの?」


「タクミ様、それが議題だっす」


「な、なるほど」


「はい! オレが考えたのは、アルマンディン様といっしょにしるべ様の帽子の中に入る作戦です! 王たちがいなくなるのは寝ている間だから、夜の間アルマンディン様を握って寝て、王がいなくなってアルマンディン様もしるべ様の帽子に入る時にいっしょに帽子に入る予定です! それで、向こうの世界に行ったら帽子から出てルリ様を探します!」


「しるべ様ってそんな大きいのか? ミソルさんが入れる帽子……?」


「しるべ様は手のひらに乗るくらいの大きさらしいだっす。アルマンディン様は帽子の中にいる間は、元の姿の宝石に戻っているから入れるんだっす。ミソル様にはその作戦はちょっと難しいかもしれないだすね」


「…………」


「はい! それなら毎晩ルリ様を抱っこして寝て、いっしょに向こうの世界へ行く作戦はどうですか?!」


「毎晩ルリさんを抱っこして寝る?!」


「……どうしよう、しっぽ絡ませちゃうかも……」


 ミソルさんは両手で顔を隠して耳まで赤くしている。

 しっぽ絡ませるってなに?!


「ミソル様、その後はどうやってこっちに戻ってくるだすか?」


「えーっと……戻ってこなくてもルリ様がいればそれでいいけど」


 ある意味本気を見た。

 いやいやいや! それだめ! いっしょに寝るとかだめだろ!


「それはだめ! ルリさんの疲れが取れないから一人で寝かせてやって!」


 デブラさんが、ぷっくりした手をふっくらしたあごにあててなにか考えている。さしずめ地下国王の参謀といったところか。


「タクミ様は歴代の勇者様たちがその後どうなったのか知ってるだすか?」


「あ、いや……前の勇者? は、獣人の町からダンジョンに通ってて、ある日いなくなったって聞いたけど。ロイターム国に行ったとか、元の国に帰ったとか噂はあるけど、事実はわかってないみたいだよ」


「もしかすると勇者様たちも王たちと同じ力が働いているかもしれないだすね」


 それはようするに、何年かすると家に帰れる可能性があるってことか……?

 帰れると考えたことがなかった。だから地下国の作り族に就職した気持ちでいた。

 でも、もしある日突然帰ってしまっていたら、どうなるのか考えると――。


 留年になるのか補習三昧で同じ学年でいられるのかわからないけど、高校生に戻るだろう。そして高校を出たら家業の工務店に入るか、修行で他に働きにいくか。

 想像できる未来が待っていると思う。


 願ってどうにかなることじゃないのはわかるけど……。

 もし、もし好きな方を選べるのなら、戻りたくないと思ってしまった。


 ――父さん、母さん、親不孝な息子をお許しください。

 だって、ここにはいろいろ作れる道具も技術も師匠も存在するんです。

 作りたいと思い描いたものを作れる世界、ここで自分の力を試したいと思ってしまうのは仕方ないことでしょう――?


 いろいろと考えこむ俺の向かいで、ミソルさんが勢いよく手を挙げた。


「――はい! ということは、タクミ様にくっついていれば、ルリ様のいる国に行けるってことですか?!」


「?!」


 ヤな予感するんだけど?!


「それは試す価値ありだすな」


「抱っこして寝ます!」


 そりゃあ、ミソルさんがいれば俺も地下国に帰れる可能性が高くなりそうだけど、それとこれとは話が別!!


「はぁ?! ダメだよ! 一人で寝る!!」


「しっぽは絡ませないですからー!」


 だから、しっぽ絡ませるって一体なんなのー?!


 まったくもって側近たちが王を好きすぎる。

 しばらくの間、安眠タグペンダントを付けて寝た方がいいかもしれない。


 俺は、「ちょっとだけですから」だの「我慢するだっす」だの言われる中、「ごちそうさま! じゃまた!」と作業場に向かって脱兎のごとく逃げ出したのだった。





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