王、都を存分に楽しむ(2)
「王様、荷物は部屋に入れておきましたので、二階へどうぞ」
階段で二階へ上り、ゲストルームだという部屋へ案内された。
王居住区の寝室ほどではないけれども、広い。ベッドとテーブルセットがゆとりを持って置かれている。
ベッドの脇には、地下国から持ってきたトランクが置かれていた。
ベリアは手際よくティーセットの準備している。
「今、お茶を入れますね」
「ありがとう。いい香り……あ! 紅茶だ!」
「ええ。この国では紅茶が一般的なお茶なんですよ。……ところで、王様。先ほど偵察の者が戻ってまいりまして、城内での事件の話を聞きました」
「事件?」
「なんでも、昨夜、勇者様の部屋の前で女性が倒れていたそうですよ。そして勇者様の部屋の扉が、魔法でもかけたかのようにまったく開かなかったとか。朝になって中から勇者様が開けるまで、扉はびくともしなかったそうです」
「その女の人は無事だったの?」
「そうみたいですね。たまたまちょっと扉に手が触れたらバンという大きな音がして、気を失ったと言っているみたいですが……たまたま勇者様の部屋の扉に触れませんよね」
そう言って、ベリアは片眉を上げ意地悪げな顔した。
ホントに、そうだよね。
タクミ、女の人の刺客が毎晩襲ってくるから眠れないって言ってたもん。
扉に魔法でもかけてもらったのかな。眠れているならいいんだけど。
「そうそう。勇者様たちもあの食堂『豚とリンゴ亭』によく行くそうですよ。そのうち会えるかもしれませんね」
へぇ、タクミもあそこに行くんだ。確かにおいしかった。日本人が好きな味だと思う。
けど、勇者って、お城でもてなしてもらってるんじゃないのか。
「お城のウワサ話なんてよく聞いてこれるね。偵察の人がお城の中で働いてるってこと? あ、でもそれじゃ、ここに戻ってこれないか」
「簡単に言うと御用聞きですね。武具や道具の修理を聞いてまわったり、売り込んだり。本当の目的はそうやって入った後は気配を消して歩き回り、中の情報を聞き出すことですけど。私もその仕事をしてたのですよ」
「ひゃー、かっこいい! 情報を制する者は世界を制すって言うよね!」
「ええ。世の中、情報を持つものが勝者です」
キランとベリアの目が光った。
こんな世界でも、情報が武器になるんだなぁ。
まぁ、どこの世界もそういうもんなのかな。
でもなんとなく、元いた世界とどこか地続きな感じがするんだよね。根っこが同じような。
全然知らない異世界じゃなくてパラレル的な?
あ、でもパラレルなら、魔王はないか。魔王は。
「ベリア、またそういう城の話あったら聞かせてほしいな」
「わかりました。偵察の者にも伝えておきますね」
んー、ホントはあたしが行きたいところなんだけど……。
「あたしもいっしょに行きたいなーなんて……無理だよ、ね?」
盛大にポカンとしたベリアの顔は、なかなか見ものだったと思う。
ご、ごめん、聞かなかったことにしてくれていい……
現在、この「ノームの知恵」という店舗付きの屋敷に住んでいるのは、主のマディリオと、作り族のドワーフ四人、偵察の獣人二人、あと料理人とハウスキーパーの獣人が一人ずつ。
夜ごはんは、偵察と酔いつぶれたデブラ以外の人たちといっしょに食べた。
ハウスキーパーのタヌキ族のおばあちゃん以外はみんな男性で、ベリアが給仕のお手伝いをしているのがうれしくてしょうがないみたいだった。
マディリオは「仕事が間に合わなくて、秘書が一人ほしいんだ」と、ベリアの方をチラチラ見ているけど、ベリアは知らーんって顔している。
あのラク様ラブっぷりだったら、ここに残る選択肢はない気がするな。
次の日、買い物に出かけますよとベリアに連れてこられたのは地下室……から繋がる隠し通路だった。
今日は女性用の服のお店に行くからベリアと二人で、人が一人通れるくらいの狭い通路に立っている。土界と違って真っ暗だ。
「ちょっと明るくしてもいい?」
ベリアに聞いてから、ディンを頭の上に乗せサークレットになってもらう。
壁に手をつけて薄くコーテシングするように思い浮かべると、その周囲の壁と天井が土界のぼんやりした明かるさをまとった。
いい感じにできた。
厚みがないから、ごくごく薄くぼんやりとだけど、真っ暗よりは見えるかな。
「まぁ、便利ですね! 夜目が利かない者が喜びますよ」
「崩れてきたりしないように補強も兼ねてるんだよ」
魔力をどのくらい使うのかわからないけど、全面やってあげたいな。こっちにいる間にすこしずつやろうかな。
ランタンを持ったベリアの先導で地下通路を歩き、出口になる下町の小屋までたどりついた。
「なにかあった時は、こちらの通路を使ってくださいね」
なにもない方がいいけど、覚えておこう。
外に出る前に、ディンにはリスになってもらって、胸元のポケットに入れた。
この付喪神、朝が弱いからこの時間は肩に乗せておけないんだよね。
小屋を出れば、小さな店舗が密集する一角の裏手側だった。すぐとなりには換気扇がありスープのだしの匂いがする。
この生活感、なんか落ち着く。
表通りに出て連れてこられたのはカジュアルな感じの服屋だった。
「ここは古着を売る店です。新しい服はオーダーメイドになりますので、お……じゃなくて、ルリ様の場合は時間がありませんから、今回は残念ですけど古着にしましょう。お金はマディリオ様からオーダーできるほどいただいていますから、好きなものを選んでくださいね」
「え、マディリオがお金って?」
「かわいらしい王に、素敵な服を買ってください。と渡されました。まぁざっとフルオーダー三着分ですかね」
ふ、フルオーダってどのくらいかかるんだろう……聞くのがコワイ……
ベリアはニッコリしつつ続けた。
「今回の滞在費も出してくれましたよ。マディリオ様は商才もありますし、面倒見と気前もいい方なのです。あんな女好きじゃなければもっととっくに結婚もしてるでしょうに……」
あはは。まぁまぁ、誰しも良いところと悪いところがあるよね。
コッフェリア王国の流行りとかがわからないから、流行に左右されない感じの服を選んでもらった。
普段着の上下別れたものから、焦げ茶色のふくらはぎ丈ワンピースまでいろいろ。
あと他に、つばのないボンネット(幅広のカチューシャみたいなやつ)と、だて丸眼鏡が選ばれた。
「変装用ですよ」
とベリアは言ったけど、丸眼鏡……。これ、ベリアの趣味だよね……。誰かさんを思い出させる……。
お昼はまた「豚とリンゴ亭」へ行き、側近たちと合流した。
ミソルは骨付き肉を食べるし、ベリアとデブラはまたもお酒とつまみだ。
塩をふられて皮目がカリっと焼かれた鶏もも焼きを食べていると、店内が一瞬ざわっとした。
入り口を見れば、勇者様ご一行の姿が。
あ、ホントにタクミが来た。
あと獣人の女戦士さんに、弓ドワーフちゃん。両手に花だ。
見ていたら目があったので、顔の横で小さく手を振っておく。
タクミはぎょっとしたように目を見開いてから頷いて、パーティの二人の後についていった。少し先の席へ着いたみたい。
その後ちょっとするとタクミはトイレにでも行くようなふりをして席を立った。そして、近くでチラとこちら見てから、目の前に座るミソルの後ろを通り過ぎて行った。
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