王、都を存分に楽しむ(1)

 馬車は大きなお屋敷が建つ落ち着いた通りへ入った。高級住宅街って感じ。

 そのうちの一軒の庭に面した門扉から中へ入っていき、うまやらしき小屋の前で馬車は止まる。


 降りて見回せば、東屋もある立派な庭が広がっていて、その前には木と漆喰でできた三階建ての建物があった。大きさは全然違うけど、地上の獣人の町の建物に似ていた。


「ここは……?」


「地下国で作られた最高級武具を売っている店です。コッフェリア王国に滞在している間は、ここが拠点となりますよ」


 いっしょに降り立ったベリアがそう言った。


 宿に泊まるのかと思ってたら、地下国の人が泊まる場所があるんだ。

 もしかして、積み荷の中に商品の武具もあったのかも。


 そうか、ただ行かせるだけじゃなく、ついでに輸出にも使うってことね。切れ長目の丸眼鏡が思い浮かぶ。まったく、抜け目ないなぁ!


「荷下ろしは後にして、馬を放したら昼食を食べに行きましょう。少し行くと食堂が並ぶ下町がありますよ」


 その言葉の通り、ちょっと歩けばこちゃこちゃとお店がひしめく一角へ出た。ちょうどお昼時ひるどきで、店に出入りする人たちがたくさんいて活気がある。


 ディンは胸元の服の中へ入れ、顔だけ出しておく。内側にポッケをつけたから安心。人が多いと何があるかわからないもんね。


 あたしたち四人は、賑わう中のひとつ「豚とリンゴ亭」という店へ入った。

 看板メニューの焼き豚リンゴソースをいただくと、豚のしょうが炒めに似ていて大変美味!パンもいいけど白いご飯が恋しくなる味だったよ……。


 ミソルはこんがり焼けた羊の骨付き肉をニコニコしながら噛みちぎっている。獣人に骨付き肉って似合うよねぇ。


 デブラはエール、ベリアは赤ワインを昼間っからごきげんで飲んでいる。地下国では三十歳からお酒が飲めるんだそうだ。幸せそうな顔を見ていると、ちょっと飲んでみたいなぁと思う。でも飲まない!お酒は二十歳から!


「みんなこの店にはよく来るの?」


「そうですね、私がこちらに住んでいた時は時々。他にもいい店がありますから、順番で来ていましたよ」


「俺っちが住んでいた時は三食ともお屋敷でいただいてただすから、来たのはほんのたまにだすな」


「デブラもこっちに住んでいたことがあるんだ」


「さっきのお屋敷は武具の販売もしてるだすが、修理がメインだすよ。だので、細工族と鍛冶族の見習いとベテランが、二人ずつ来ているだっす」


「オレは王のお供で何回か来ただけですけど、先々代の王がここの料理好きだったから、ルリ様も気に入るかなと思ってここにしたんですー」


「そうなんだ、ありがとう。おいしい!」


 そう言うと、ミソルはほんのり顔を赤くしてテレたように笑った。


 お酒を飲んでいた二人は結局いい感じに酔っぱらって、ベリアのラク様がどんなに素敵かという話と、デブラのラク様がどんなに嫌味かというかみ合わない会話が繰り広げられていたので、あたしとミソルは二人で街を見に行くことにした。


「ルリ様とおでかけうれしいです」


 しっぽがぱたぱたしている。

 テレちゃうんだけど、それを見るとつい笑ってしまう。


「お城、見てみたいな」


「中には入れないんですけど、入り口の下までなら行けますよ。ただ、コッフェリア城そのものは、一の台からは見えないはずです。低い土地の三の台からは城の裏側がよく見えるんですけどね」


 へぇ、一番近い一の台から見えなくして、攻めにくくしているってことか。

 そんなところにも戦いの気配が感じられる。


「そんなに遠くないので、城壁だけでも見に行きますか?」


「うん。行ってみる」


 大きなお屋敷を眺めながら歩いていくと、ちょっとした広場に突き当たり、その先に丘の上の城へと続く階段があった。横から出ている馬車用のスロープが、丘に沿ってらせんを描くように通っている。


 見上げれば高台の上にぐるりと壁が囲っているのが見えた。

 あたしとミソルがぽーっと見上げている間、ディンも肩に乗って身動きもせずにじーっと見ていた。


 ここにタクミがいるんだ。

 どうにも苦労しているらしい勇者。大丈夫なのかな。

 来てたみたものの、助けられるわけでもなく、がんばれと応援するくらいしかできないけど。


 帰り道は、服屋の窓ガラスを覗いたり通りがかった雑貨屋をひやかしたりして、拠点となるお屋敷に戻ったのは空も赤く染まった夕方だった。




 そのお屋敷は表から見ると剣と盾の絵の看板があり、その下に「ノームの知恵」と書かれていた。

 地下国のコッフェリア王国での拠点は、ノームの知恵っていう名前の武具屋らしい。


 店舗の入り口から入ると、ベリアとシブいおじさま獣人がカウンターの中から出迎えてくれた。


「おかえりなさい王様。街は楽しかったですか?」


「うん、お城の壁を見てきたよ。デブラは?つぶれちゃった?」


「ええ。着いたとたんばったりと。今は部屋で寝てますよ」


 ああ、デブラはつぶされちゃったのか。

 ベリアはすっかりお酒が抜けたような平気な顔をしている。お酒強そうだもんなぁ。


「ベリア、そちらのかわいいお嬢さんが王かな?」


 ベリアのとなりに立つおじさまはそんなことを言って、小首をかしげた。


「王様、このニヤケタヌキがこのやかたの主で、前統治長のマディリオ様です」


「ハハハハ。ニヤケタヌキとは手厳しいなぁ」


 全然こたえてない顔で笑うこの人が、前統治長ですか……。

 ラクとあまりにも違い過ぎて、一瞬二人が結びつかなかった。

 っていうか、そんな偉い人をニヤケタヌキって!


「マディリオ様、こちらが当代の王様のルリ様です」


「かわいらしい王、よろしくお願いしますね」


 マディリオはカウンターから出てきて、あたしの手を取ろうとしたところをミソルに阻まれ、手を握られている。


「マディリオ様、ルリ様といっしょにしばらくお世話になりますー。よろしくお願いします!」


 あたしがその後ろから顔を出して「よろしくお願いします」と言うと、ミソルに手をぶんぶんと振られながら、前統治長は情けない顔で「ゆっくりしていきたまえ。ハハハハ」と笑った。





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