王、初めてのダンジョン(2)

「あの魔物、放っておいていいのかな?」


『処理していくかい? 中から足を引っ張れば完全に地中に入って、すぐ窒息死すると思うよ』


 窒息死……。


「ちょっと、考えさせて……」


『どうせ何もできないだろうから、放っておいてもいいよ』


 頭の中で聞こえるリスの声は肩でもすくめそうな雰囲気だ。


 あたしはダンジョンの入り口に立ち、さっきの村人たちが、五人とも無事に山から逃げ下りて行く姿を、確認していた。

 全員、すごい勢いで元気に下りていってる。

 ……そんなに元気なら、ゴブリン倒していけばよかったのに。


 外を見ていたあたしに、頭の中の声が言った。


『王、ダンジョンの結界を張りなおしてくれる?』


 いやいや! 消しゴム貸してくれる? みたいに言わないで欲しいんですけど!

 結界を張ったことがある女子高生なんて聞いたことないよ。


「……結界、張ったことないよ?」


『入り口に魔法陣を描くんだよ。ダンジョンと外界の境に手をかざしてみて』


「――こう?」


『【王の刻印】』


 ディンが頭の中で唱える。すると、あたしの広げた手のひらの前に、金色のマンダラのような魔法陣がキラリと浮き上がり、消えた。


『【王魔退防陣】【外魔進防陣】』


 言葉とともに赤い魔法陣と青い魔法陣が順に表れては消えていった。


『キミは魔法の通りがいいね。やっぱり魔力が強いのかもしれない』


 これまたなかなか斬新なほめ言葉。魔法の通りがいいって。

 ちょっと手のひらがふわっとしたかなってくらいで、特に何をしたっていう感じもないけどな。


『魔法陣は時が経つと薄れていくから、時々王が張りなおさないとならないんだ。これで魔物は入って来れないし、ダンジョンモンスターが外へ出てしまうこともない。地下世界の住人用の扉も開くようになったよ。王、ありがとう』


「どういたしまして。って言うほどなんにもしてないんだけど。で、リス、王って何?どういうこと?」


『……先に言っておくけど、ボクはリスじゃないからね。カーバンクルのアルマンディンに宿る精霊』


「なんて呼んだらいいの?」


『アルマンディンでいいよ』


「じゃ、ディンね」


『……まぁいいけどね。地下世界の王は、大地を司る妖精ノームの王だよ。キミは王に選ばれた』


 ノーム、知ってる。鉱脈を教えてくれたり金塊をため込んでたりする小人の妖精だよね。そういえば、さっき庭で小人を見た……。


「……うちの庭を歩いていたのがノームの王なの?!」


『いや、あれはノームのしるべ。王を決める存在』


「しるべ? あのノームは王を選ぶノームってこと? うーん、ノームがいるってところまでは百歩譲ってアリだとして、なんで人を王に選ぶの?」


『妖精は実体がないからさ、戦うことも助けることも出来ないんだよ』


「ええ? それ言ったらあたしだって非力でひ弱な女子高生なんだけどな。この筋肉のない体で戦うとかムリだよ?」


『大地の加護があるから筋肉はそんなに必要ないと思うけどね。実体があるっていうのが大事なんだ。ノームの標が見える者は、地下世界に縁がある者らしいよ。先代は土いじりが好きだと言っていた。キミも何かそういうものがあるんじゃないのかい?』


「庭の草むしりもいやいやするくらいなのになぁ……」


 地下世界……なんかあったっけ?

 おばあちゃん家がぶどうやってるけど、あたしはおいしくいただくだけだし。

 好きなのはいろいろ作ること。

 うーん。あんまり地下とは関係ないような……。


「そこの入り口から地上に出ても、あたしのいた世界ではないんだよね?」


『うん。世界が違うんだ』


 世界ねぇ……。

 ふぅ。と、ぼよんと弾むダンジョンの境結壁に寄りかかって座った。


 この状況を考えると。

 これ、あれだよね、異世界転移ってヤツ。あのラノベとかで流行ってる。


 ああいうのだと、もっと中世ヨーロッパな世界観のファンタジーが多いよね。

 ここは思ってたのとちょっと違う感じ。地下だからかな。土っぽいちょっとアジアの香りがする。あ、でも村人たちの装備はわりと西洋ファンタジーだったっけ。


 それにしても、もしかして異世界転移に巻き込まれる人って多いのかな。

 だから、あんなに異世界転移モノのラノベがあふれているんだ。

 あれはいつなんどき異世界に転げ落ちてもいいように、心構えをするための指南書に違いない!


 けど、こんなハンドクラフトハンクラ部の部長なんて地味なのを転移させて、どうしようっていうんだろう。


 っていうか、今気付いたけど、王ってなんだ。女子高生を転移させといて王って! 聖女とかじゃないんか?!



 ――――そして、大変怖くて聞きづらいけど、聞いておかなければならないことがある。



「……ところで、ディン。元の世界に帰れるのかな……?」


『……ごめん。それはわからないんだ』


「わからない?」


『そう。王たちはある日いきなり姿を消す。元いた世界へ帰っているのかそれとも違うことでいなくなるのか、ボクにはわからない』


 それなら確かにわからないとしか言いようがないか。

 でも突然姿を消すってことは、元の世界に帰ったって考えるのが自然な気がする。

 多分、帰れるのだろうって思っておくとしよう。

 いつなのかが問題だけど、それは考えても仕方ないしなぁ……


「……もしかして、王って魔王討伐に行ったりする?」


『まさか』


 なんだ、魔王討伐はしないんだ。

 そうだよね! 異世界には魔王がつきものかと思ってたけど、そんなのいないよね!


 ほっとしたような肩透かしのようなちょっと複雑な気分になる。だってファンタジーの物語では王道の展開じゃない? 選ばれし人間が特別な力で悪に対峙する!とか。

 や、まぁ、この細腕じゃムリだけどね!


『魔王討伐に行くのはきっとさっきのパーティだよ』


 ……え。

 なんですって?


『王が助けたのが勇者だね。勇者の剣を持ってたから』


 強い視線の黒髪黒目の彼を思い出した。

 あれが勇者? ショートソードが勇者の剣?! あの村人たちが勇者パーティ?!


「あ、あれが魔王を倒しに行くの?!」


『そういうことになるだろうね。勇者はコッフェリア王国の希望らしいし』


「や、あれで魔王は無理でしょ?! ゴブリンにも逃げ帰っていたし?!」


『本当に当代の王は話が早いね』


 軽く笑っているような声。


『王のダンジョンを使ってどのくらい強くなるのか、楽しみだと思わない? ボクとしては魔王を倒すくらい強くなってほしいよ』


 ……うーん、魔王がどのくらい強いのか知らないけど、世の中、どうがんばってもできないことってあると思うよ……?





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