王、完全犯罪を実行する(1)

 ミニ日水晶よし! 縁飾り人形よし!

 指さし確認をして、王の鞄に入れる。

 ディンは頭の上に。完全に寝てるようだったけど、乗せればサークレットに変わるからすごい。

 なかなか朝早い時間だけど、向こうでの支度もあるからね。ほら、変装に時間もかかるし。

 いつもはちょっとやそっとじゃ動じないポポリも、緊張した面持ちで側に仕えている。


「ルリ様、くれぐれも気を付けてくださいませ」


「うん、ありがとう。戻るのは夜になるから、それまではいつも通りちゃんと休んでね」


「わかりましたわ。これ、料理長から向こうで食べてくださいと」


 渡されたバスケットからはポテトフライの香りが漂っている。

 早く向こうに行って食べよう!

 これも王の鞄に入れて、部屋を出た。

 側近控室にはミソルもデブラも揃っていて、外境結壁の大壁前まで送ってくれるらしい。

 歩きながらもとにかく気を付けてと二人から言われる。コッフェリア王国はもはや敵地で、もし万が一失敗したら国の大事な勇者をかどわかす犯罪者として牢屋のち処刑。わかってるよー、大丈夫。


「なんかあったら通信機で連絡するから」


 そう言って二人に手を振り、土界の中へ飛び込んだ。と途端すぐに土界の向こうがノームの知恵の地下の景色に変わる。

 外へ出て階段を上がっていき、食堂で二人と合流した。

 謁見の時間は午後イチだということで、あたしとベリアと前統治長マディリオの登城する三人で作戦会議だ。お供にポテトフライー! うーん、やっぱりおいしー!

 こっちで用意してあったサンドイッチもいただいて、さっそく説明にはいった。


「これが、日水晶を改造してもらったものなんだけど、日の光を採る水晶線は付けられないから、水晶と燐光石りんこうせきでミニシャンデリア風になってるの」


「かわいいですね。窓に飾ってもよさそうです」


「確かにこれは売れそうだ。少し店にもまわしてもらえるように言ってみるか。それで、これをシャンデリアに付ければいいんだね? 細工族を連れて行った方がいいかい?」


「いえ、シャンデリアの骨組みに引っ掛ければいいだけなので、前統治長でもできると思います。いくつか作ってもらったので、センスとバランスがいいように好きなだけ付けてください」


「重大な役目だね。承ろう」


「私はその助手ですね」


「うん、ベリアは助手しながら、侍女たちの興味を引き付けておいてほしいんだ。その間に縁飾り人形の作業をするから」


 二人が目立つ作業をしている間に、あたしは大事な作業をしなければならない。間取りについてはもう出たとこ勝負の賭けだけど、なんとかする。


 前回と同じ服を着て、丸眼鏡をかけ、変装用のウィッグをサークレットの上につけてボンネットもかぶる。うわ、蒸れそー! ディンが暑くてばてないといいんだけど……。


 準備を整えたお昼ごはん時くらいに、あたしたちは店を後にした。

 今回は行商という体で登城するので馬車を借りたらしい。武器もいろいろ積んで、パッカパッカゆっくりと馬車は城へと向かったのだった。




 馬車は、城の土台をぐるりと囲んで上下を繋ぐスロープをゆっくりと上り到着した。やっぱり馬車はいいね! 今日はラクちんだったよ!


 前統治長がいっしょのせいか、前回よりもさらにすんなりと城内に入れ、あっさりと勇者の部屋の次の間まで通されてしまった。

 なにこれ、そんなんでいいの? このよからぬ輩をすんなりと部屋まで!

 奥の部屋から取り次ぎのやりとりが聞こえる。


「タクミ様、武器商の者が参りました。お連れしてもよろしいですか?」


「あ、はい」


「――どうぞ中へお入りください」


 取り次いでくれた侍女に促され、あたしたち三人は勇者の部屋へ足を踏み入れた。

 広く高価そうな調度品が並べられた部屋は、窓から差し込む光が明るいのに寒々しい印象だった。

 タクミはあたしを見て一瞬目を見開き、泣きそうな顔になった。けど、すぐになんでもない顔に戻る。

 ニコニコとマディリオがタクミの前に進み出た。


「この度は謁見の許可をいただきまして、ありがとうございます。わたくしは武器商のマディリオと申します。本日は武器の他に変わったものもお持ちしたのですよ。よかったらご覧になってください」


 そう言って、持ってきたトランクを開ける。


「――こちらの水晶飾りは、水晶と燐光石という鉱石で出来た飾り物になります。燐光石は光を蓄えて暗い所でほんのりともる珍しい石で、シャンデリアなどに飾っておきますと夜に柔らかなあかりを楽しむことができるのですよ。もし、勇者様のお気に召しましたら、シャンデリアへ細工いたしますがいかがでしょうか?」


 タクミがちらりとこっちを見るのでちょっとだけうなずいて、アイコンタクトを交わした。


「……それは、面白いものですね。ぜひ夜の灯りも見てみたいです」


 よしよし。タクミ、ナイスアンサー! アドリブでも返せるタイプ。

 部屋にいる侍女たちに、脚立の用意を頼み手配にバタバタしている隙にタクミに「あとでまた来るから。お風呂に入っておいて」と耳打ちしておく。


「勇者様、パーティの他の方々は城内にいらっしゃいますか? いろいろな武器を持ってきているのですが」


 とあたしが聞くと、タクミは首を振った。


「……いや、他の人たちは城内にはいません。四人とも街中の一つの屋敷で暮らしているみたいです」


 ふむ。それなら、タクミがいなくなっても脱走の手助けをした疑いはかけられないだろう。


「そうですか、では今度はそちらにも武器をお持ちしてみます」


 脚立が届き、作業が始まる。

 あたしは侍女に縁飾り人形を見せながら、話をした。


「こちらの飾りも勇者様が気に入ってくれましたので、お手洗いに付けたいのですがどちらにございますか?」


 デブラと細工族の渾身の出来である縁飾り人形は、真鍮製の小人みたいな人形が座った形のものと、蔦とバラの形のものと二種類あった。

 どちらも精巧な作りでとてもかわいらしい。


「まぁ、素敵ですわね。お手洗いはこちらになります」


 案内してもらったのは大きな脱衣スペース。右奥にはバスタブが、左側には個室スペースのトイレがあった。地下国の王居住区と近い作り。

 中に入って、侍女に声をかけた。


「個室の中の手洗いボウルに細工いたしますね」


「わかりました。よろしくお願いします」


 侍女が部屋へ消えたところで個室の扉を閉める。

 この縁飾り人形、洗面所の鏡の下によくある平らな棚に付けられるようにできてるんだよね。

 手洗いボウルは縁が曲面ですり鉢状になっていたので、持ってきた縁飾り人形は付けられない。

 もちろん逆L字の金具を曲げれば付くけど、付かない方が好都合なのでそのままにしておく。

 なるべく怪しく思われそうなものは残しておきたくないので、そっちは全く手を付けずに、本命の作業を。


 トイレの奥の便器の向こう側をさっさと土界で埋めてしまおう。

 そりゃ、あたしがやるチートな作業なんて土界制作運営に決まってる。

 前にタクミが夜な夜な襲撃に合っていた時にトイレの中で寝てたって言ってたから、そこそこ広いんだろうと思ってたけど、ちょうどいい感じにゆとりのある空間だった。


 なるべく急ぎで、でも焦って便座より手前にはみ出さないように手をかざして奥の一角を埋めてしまうと、あたしが一人入れるくらいの土界ができあがった。

 このままじゃ土壁が丸見えで異常しかないのがバレバレなので、トンネルの手前で使った透明にする技も使う。

 茶色の土壁に手を当てて、透明に透明に前回の時よりも何もないくらいにしっかりと。

 透き通って奥まで何もないように見える土界が出来上がった。

 普通の人からすると、透明なのになぜかその先に行けない阻まれる不思議空間となっている。


 一応、中に入って土界チェック。入れる。地下国……うん、行けた。問題なし。

 いや、問題なしというか、一番の問題はこの透明土界が向こうからもこっちからも丸見えなことなんだけどね……。


 ……後で忍び込みにきた時に、タクミと鉢合わせないことだけを祈ろう……。





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