王、完全犯罪を実行する(2)

 あたしは何事もなかったかのように脱衣所から出て、侍女たちのところへ行った。


「あの……いろいろ試してみたのですが、こちらの手洗いボウルに合わなかったので、よかったらみなさんで使ってください。平らな棚になら問題なく置けますので」


 そう言って、部屋にいた三人にプレゼントした。少ないけど迷惑料ですよ……。この後騒ぎになるから。


「まぁ! いいんですの?」


「かわいいですわ! ありがとうございます!」


「これは『ノームの知恵』で買えるのかしら?」


「はい、これは試作品でまだ売られてないのですけど、近々店に並ぶ予定です。他の方々より一足お先に使ってみてくださいね」


 ありがとうございます! と、向けられた笑顔に胸が痛い……。ごめんなさいごめんなさい!

 部屋の隅でそんなやりとりをしているうちに、水晶飾りの方も無事に取り付けが終わったようだ。

 その後は持参した武器などを、元統治長が見せた。


「勇者様はサーベルをお使いと聞きますので、こちらの武器などはいかがでしょう。ロイターム国の名のあるドワーフの職人がめい業物わざものでございます。刃は薄く切れ味が大変良いのが特徴です」


「刃が真っ直ぐですね。刀のような……似た物が元々暮らしていた国にありました」


「そうでございますか! お国をしのばせる物でございましたら、勇者様へ献上する誉れをいただければと存じます」


「え! ……あ、いや、そんな悪いんで……」


「勇者様はなんと遠慮深い方なんでしょう! そのような素晴らしい方に我が『ノームの知恵』の武器を使っていただけるとは、なんたる幸い!」


 変なスイッチが入ったのかノリノリの元統治長に、タクミがあわあわとしている。

 タクミ! ちらっとこっち見るな!

 あたしは目を合わせないまま、仕方なく小さく首を縦に振った。


「あ……では、ありがたく……」


「ははぁーっ。それでは勇者様にお似合いになるよう鞘を仕上げまして、後日改めて献上に上がらせていただきます」


 うん、その後日が来ることはないわけだけどね。


 そんな感じで謁見は終わり、あたしたちは王城から撤収した。

 部屋から出る時にタクミが何か言いたげな目をしていたけど、侍女たちに変に思われないよう何も言わずに後にした。




 店に戻ってすぐにいつものアオザイ風の服に着替え、ムレムレの頭からディンを救出する。といっても、まだサークレットは外せないんだけど。


「……ディン、暑くなかった? 大丈夫だった……?」


『大丈夫だよ。今は金属だし』


 え……すごいシュールなセリフを聞いた。そういうもん? まぁ、大丈夫ならそれでいいけど。

 すぐに階段を降り、土界の中に入って王城のトイレへと転移した。

 透明土界から見えるのはほんの微かな明かりに浮かび上がる個室で、脱衣所の明かりはついてない。お風呂の準備はまだされてないみたいだった。

 よかった、間に合った。


 あたしは一旦ノームの知恵に戻り、地下国へ戻ると告げてまた土界へ入った。

 念のためもう一度王城に行って暗闇を確認してから、今度は外境結壁前へ転移。

 土界の外に出るのも面倒で、土界の中でウロウロと待つ。

 落ち着かないー! あーもー! タクミ、早くお風呂に入りなよ!

 このままお風呂に来なかったらどうしよう。トイレで待ち伏せするか、堂々と拉致るしかないかもしれない……。

 グルグルと考えながら王城のトイレと地下を行ったり来たりしていると、とうとう変化があった。


 脱衣所に明かりがついている。耳をすませば布の音というか、衣擦れの音というやつ? が聞こえて人の気配があった。

 タオルや着替えの準備をする侍女か、服を脱いでいるタクミか。

 そーっとトイレ奥の透明土界から抜け出して、個室から顔を出すとタクミが服を脱いでいる後ろ姿が目に入った。

 うぉぅ、危ない! まだ下着は着けててくれてヨカッタ!

 弟が薄着で家をぶらぶらするから慣れてるっていっても、他所様の息子さんの裸を見るなんて破廉恥禁止!


 湯舟に浸かるのを待つ間、透明土界の近くへ戻って境結壁に手をあて土界を消していく。

 透明で何もないように見えるけど入れない不審な状態を、ここに残してはいけない。だってここに入った最後の外部の者は「ノームの知恵」のルーリィだから。後で疑いをかけられるのはまずい。

 スルスルと巻き取るように魔力を自分の手の中に戻していった。

 全部戻して跡形をなくしてやっと個室から出ていくと、猫足のバスタブから顔を出すタクミと目が合った。


 声を出さずに手を上げる。

 タクミは片手で自分の口を押え、立ち上がろうとした。

 ――――! や、待って! 立つの危険!!

 そっちを見ないようにしながら慌てて近くまで行って、タクミの顔の高さまでかがんだ。


「――迎えにきたよ。この奥の壁の方でちょっと作業するから、その間に体拭いてこれに着替えて」


 王の鞄から、掘り族用の服を取り出して渡す。


「……わかった。すぐ着替える」


 あたしはバスタブに背を向けて、その奥の空間に土界を作り始めた。

 これはもう雑でいい。スピード勝負。さっき戻した魔力をドーンと勢いよくぶちまける。

 おどろおどろしい方がいいよね。ノームの王の逆鱗に触れたコッフェリア王国への罰のしるしよ。

 何か人知の及ばぬヤバイものに連れ去られたと見えるように、おどろおどろしい壁にしよう。

 大きく凹凸のある壁は荒々しく、黒色を混ぜてべったりと禍々しい感じに……クククク……。

 残りの部分が白色を基調にした清潔なバスルームなのが、余計に恐怖感をあおるよ!


「ルリさん、なんか悪い顔してない?」


「アラ、ソンナコトハナクテヨ? ――着替えた?」


「うん。で、こんな恐ろし気な壁作ってどうすんの?」


「こっから誘拐するー。じゃ、行こ。あたしの腕につかまって。手を離したら死ぬからね」


「え?! 死ぬ?! ちょ、ルリさん、待っ……」


 あたしの腕につかまるタクミの腕を反対の手でつかんで、そりゃ!っと土界へ入り込んだ。






「ただいまー。ごはんある?」


 外境結壁前で正座して待ってたミソルは一瞬変な顔して、そして笑った。


「おかえりなさい、ルリ様! ごはんあります。みんな待ってます。勇者様もいらっしゃいませ!」


 掴んでいた手をゆっくり放す。


「タクミはごはん食べた?」


「いや、まだだけど……おじゃまします……?」


 恐る恐る見回す姿にふっと笑ってしまう。

 きっとすぐに慣れて、好きなように歩き回れるようになると思うよ。


「地下国へようこそ。さ、行こ! 料理長のおいしい地下料理が待ってるよー」


「……うん。――――あの、よろしくお願いします!」


 タクミの言葉にあたしとミソルは笑顔で返した。




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