王、ダンジョンを稼働させる

 目を覚ますと、ベッドにいた。

 あれ……? ダンジョンの初期化していなかったっけ……。

 起き上がるとポポリがテーブルで何かを読んでいるのが見えた。


「―――おはようございます、ルリ様。お体の調子はいかがですか?」


 あたしが起きたことに気付いて、心配そうな顔で近づいて来る。


「おはよう。特に、悪くないけど……」


「ルリ様が倒れて、私、心配でお部屋にいさせていただいておりました。ミソル様が言うには、ダンジョンの初期化で王が疲れて倒れることはよくあるらしいのですが、もう心配で……」


「……キミは魔力を使いきって倒れたんだよ。回復しているみたいだけど、大丈夫?ダンジョンモンスターから魔力が摂れるようになれば、簡単に倒れることはなくなるよ」


 枕元でディンも首をかしげて見上げている。


 だんだん思い出してきた。そういえば、終わったと思った途端、意識がなくなったんだっけ。


「心配かけてごめんね。もう大丈夫」


 あたしがえへへと笑うと、ポポリはふふっと笑った。


「それならよかったですわ。では、お着替えをいたしましょうか」


 支度をしてディンを肩に乗せ、ベッドメイクをしてくれているポポリにお礼を言って、通路へ出た。

 すると、通路の端に丸まって寝ている人がいる。

 覗き込んでみればクークーと気持ちよさそうな寝顔があった。


 あー……やっぱり、ミソルだ。

 このへんは男子禁制なのに、もう。


 起こすべきか、かわいそうだから寝かせておくべきか。

 うっすらと笑っているような寝顔だった。

 首元からは革紐のペンダントが零れ落ちている。ユリの紋章のようなトップが、男の子らしい。


 ……正直なところ、昨夜どうやって部屋まで戻って来たのかを察すると、なんとなく起こしずらい。

 気にならない訳じゃないんだけど、聞けない。聞いたら恥ずかし弱る事態しか思い浮かばない。出来れば、気付かなかったことにしたい!


 考え込んでいるうちにディンが退屈したのか、頭に上って髪をもしゃもしゃとかきわけ始めた。

 寝顔を見ながらしゃがみこんでいると、突然ミソルの目がパチっと開いた。


「…………お、おはよう」


「ルリ様!!大丈夫ですか?!」


 がばっと起き上がりミソルは正座してあたしの前に座った。

 侍女も側近もみんな心配性。そして優しいよね。

 

 けど、次の瞬間には頭に浮かんでしまったのは。


 おんぶなのか、お姫様抱っこなのかって!


 どっちなの?! チガウ、どっちにしても恥ずかしい!! あーーーもーーー!!


 顔が熱くなってしまって困っていると、覗き込んでいたミソルも赤くなっていた。


「……えっと、大丈夫、ありがと……。朝ごはん食べに行こうか……」


「……はい」


 きっとデブラが一人で忙しそうに配膳をしているだろう。

 なんか気恥ずかしいから、今朝はあたしも手伝おうかな……。


 そして、ちょっと早足で食堂へと向かったのだった。




 食堂の斜め前に、作業が出来るフリースペースがある。そこへテーブルを用意してもらって、せっせと紐を編んでいるところだ。


 といっても麻のような紐を三つ編みにするだけだから、あっという間に出来る。

 二十センチくらい作ってくるっと輪にして端を結んで。作ってはポイ作ってはポイと積み上げていく。

 これが人形となるのだそうだ。


 過去には人型ひとがたの紙(陰陽師?)、編みぐるみ(カワイイ!)など色んなものが人形となってきたけど、一番簡単で早くてそこそこ魔力も組み込まれるのが、編んだ紐だとか。


 あの指輪も飾りを彫ったことで余計魔力が組み込まれたらしい。

 彫ったり、編んだり、指でひとつずつ何かするっていうのは魔力を帯びるみたい。複雑な組紐とか、なんか願いとかまじないとか込められてそうな感じするもんね。


「これ、四つ編みにしたら何か変わる?」


「複雑になると人形のランクが上がるよ」


 肩の上であたしの手元を覗き込んでいるディンが言った。


 じゃ、四つ編みのも作るか。

 束ねて結んだ四本の紐を開いて置き、右端から下上、左端から上下と二本ずつ交差させて、真ん中に来ている二本を右から上下で交差すれば一段の出来上がり。あとは同じように繰り返して組む。


「でも、三つ編みしか出来ない人もいたでしょ?」


「三つ編みの紐を三つ編みにしてさらに三つ編みにしたこともあったよ。ドレンチが革紐の組み方を教えたこともあったし。素材によってもランクは変わるからね」


 いい事を聞いた。

 これを口実に革細工に親しみたい……フフフ……。


「ルリ様、この四つ編みの輪かわいいですー!人形にしちゃうのがもったいないです……」


 紐をちょうどいい長さに切ってくれているミソルが欲しそうな顔をしているけど、それホント大したことないからね。


「本当だすなぁ。細工長がこんなベルトを作っていただっす。腕輪にもよさそうだっすなぁ……」


 核にする石を選んでいたデブラまでそんなことを言い出す。

 ドワーフはやっぱり細工が好きなんだね。

 うん、これはさらに口実が出来た。


「……こんなのでよければ、今度革で作ろうか?」


「欲しいです!!」「お願いするだっす!!」


 承りましょう。

 そしてデブラ、ドレンチから革紐を強奪してきてね!てへっ!




 ダンジョンモンスターを作るには二種類の方法がある。

 一つは核に魔力をまとわせて人形を作る方法。核の上に魔法陣を描くということね。迷子のゴブリンはこれで作られていた。

 もう一つは、場に魔法陣を敷いて核を埋め込み、人形を作り出す魔法陣を描く方法。


 掘り族が掘ったばかりの真新しいダンジョンの通路で、あたしは魔法陣を敷いていた。


 王笏セプターを床に触れさせると、サークレットに変わっているディンが頭の中から【魔物生成陣】と唱えた。すると杖の先を中心に、直径一メートルほどの黒い魔法陣が浮かび上がる。


 その上に組紐の輪をいくつかばらまき、あまり磨かれていない縞瑪瑙しまめのうを一つほうる。すると、魔法陣は紐と核を飲み込んでキラリと光って消えた。


 場に核を使う場合は、人形が弱くなる。さらに、得た戦意成分を人形の動力の他に魔法陣の動力にも使うので、王へ還って来る分が少なくなる。


 だけど、人形が殺られてしばらくするとまた作り出されるのが、メンテナンスフリーでいい感じ。

 紐は補充しないとならないし、ダンジョンは時々初期化してレイアウト変更するから永遠に使える訳じゃないけどね。


『王、土界の中からなら魔法陣の場所も種類もわかるよ。もし土界の中じゃなく通路上で知りたい時は【魔法陣鑑定】すれば見れるから』


なるほど。それは便利。


 並行して宝箱用の魔法陣【宝物生成陣】も敷いていく。核にはラフにカットされたままのクオーツを使い、中に薬草の束と、磨いてもらったアイオライトの細かい粒を入れた。


 アイオライトは脱出石になるらしい。脱出石っていうのは、放り投げればダンジョン入り口まで戻れるやつね。

 

 これで薬草か脱出石が出てくる宝箱になる。

 中身を補充してやらないと空の宝箱になってしまうから、巡回は忘れずに。


 とりあえず掘り終わっている第一層と第二層の所々に魔法陣を施した。

 第一層は三つ編みの初心者用の強さで、第二層は四つ編みも混ざった初心者から中級者向けくらいのはず。

 様子を見て、強さの調節はしていこうと思う。


「ルリ様、おつかれさまでしたー。素晴らしいです!うちのダンジョン世界一です!」


「一日で充実しただっすなぁ」


 お供の側近達はしっぽをバタバタさせたりほっぺをテカテカさせて新しいダンジョンを眺めている。あたしも満足してニンマリする。


 仕事の早い掘り族ががんばってくれた通路は、洞窟の雰囲気を残しつつもどこか新しい香りで、輝いているように見えた。

 もうすぐ魔法陣からの生成も始まるだろう。


「さ、戻ろう。ダンジョンモンスターと最初に戦う人になっちゃうよ」


「オレが戦ってみたいくらいなんですけど……でも、ルリ様の人形は壊したくないし……」


 ミソルがなんか妙な顔をしてゴニョニョ言っていたけど、あたしはひょいっと土界へ入り込んだ。


「ミソル様も早く行くだすよ!お昼だっす!」


 デブラも急いで扉へ向かい、ミソルだけは名残惜しそうに何度も何度も後ろを振り返っていた。




 まだまださみしい状態だけど、あたしのダンジョンが動き始める。




 一番乗りは、きっと勇者たちだね。他の冒険者は来てないし。

 さぁ、早くおいで。


 第一層の一番奥の部屋で待ってるよ。





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