勇者の裏事情1

勇者、ダンジョンで出会う(1)

 勇者とか呼ばれている俺とそのパーティは、何度目かのゲノウシスの山へ来ていた。


 今日こそは一階を制覇しよう。

 意気込みも新たに、山の入り口の祠で、無事を祈願する。

 複雑な模様が描かれた台の上へ金貨を投げると、すっと消えた。

 勇者がダンジョンへ向かう時には必ずこれをしなければならないらしい。

 ノームの王への貢ぎ物。……彼女だと思うと、なんともいえない不思議な気分だ。


 初めてこのゲノウシスの山を上った時は、ダンジョンの入り口に着くと、魔法使いと聖女の魔法職二人はヘトヘトで歩けなかった。

 それが今は立っているし、文句の一つも言えるようになった。成長するもんだな。ダンジョン内は意外とアップダウンがあり、自然と足腰が鍛えられたみたいだ。


 本当に、最初にダンジョンに入った時は、ひどかったのだ。入り口からすぐのところで逃げ帰ったから、入ったとも言えないくらいだった。

 罠にもかかった。


 あの瞬間は今も忘れられない。




 ◇◆◇




 罠を踏んだ……っ!

 心臓が縮み上がり、足場にひびが入る嫌な感触が伝わった時、俺は「コレ死んだわ」と思った。


 が、生きてた。

 穴はそんなに深くなく底は柔らかかった。

 上の方に見えるぽっかりと開いた口から、狼獣人で女戦士のユナドが「大丈夫か?!」と覗き込んでいた。


 その後ろから、顔は見えないが「お前はシーフのくせに罠も見つけられないのですか!」「あーもうこんな所イヤ!!」とヒドイ会話も聞こえてくる。

 ゲンナリしてここでちょっと休んでいようか。とも思った時、ダンジョンの地中からぬっと手が出て来て、俺の腕をつかんだ。


 !?


 ずるりと土の中へ引きずり込まれる。


 えええええぇぇぇ?! ヤバイヤバイヤバイヤバイ!! ちょっ待って……!! 俺どうなっちゃうの?!


 パニックを起こしているうちに視界がなくなった。

 気付いた時には、つかんでいる手に連れられて、ダンジョンの入り口へと来ていた。


 助かった……?


 光差し込むその場所で、俺の腕を離した人の姿を見た。

 頬の下あたりで切り揃えられた黒髪に、赤い石の付いた王冠を乗せた女の子だった。

 黒い瞳がきらめいて不思議そうに俺を見た。



 ――――松ヶ丘高校の部長だ…………!!



 名物部長は慌てて振り返って、壁の方へ戻って行く。


「あ! 待って……!」


 俺の言葉は多分間に合わなかった。

 彼女はそのままへ消えて行った。


 どういうこと?

 なんでここに松高ハンクラ部の部長がいるんだ?

 彼女ももしかしてこの世界に召喚された?

 っていうか、壁に出入りしてみたりなんか変なことになってね……!?


 彼女が消えていった壁を見ながら、俺は呆然と立っていた。




 近隣の高校のものづくり系部活が共同で行っている「ハンドクラフト研究会」で、彼女と出会った。


 出会ったといってもこっちが一方的に知っているだけだと思う。

 名前も知っている。志村瑠璃。ルリ! ルリ先輩! といつも女の子達に囲まれていて、声をかけることも出来ない遠い存在の人だった。


 俺は工業高校の建築科一年生で、木工部に所属している。木工部といいつつも自由な部で、俺は焼き物をやったり最近はステンドグラスにはまって、好き放題やっていた。


 けど、志村瑠璃さん――彼女の好き放題にはかなわない。

 最初に研究会で見た作品は、指先からひじまでのマネキンに付けられた、煌めく銀色の籠手こてのようなアクセサリーだった。


 中指と薬指についた指輪から、細かい鎖が何本も手の甲を覆うように流れ、手首の腕輪へついている。鎖と鎖も細かく丸カンで繋がれ鱗のようだ。計算された位置に編みこまれた水色のグラスビーズは滴り落ちる雫。


 作品名は「ウンディーネの手」だった。下手すれば厨二病認定待ったなしなのに、それを通り越してしまっていた。有無を言わせぬ圧倒的ファンタジー。何この本物感。水の精ウンディーネが付けていたアクセサリー以外に見えない。


 次に見たのは「力の腕輪」という名の腕輪。ゴツイ銀の本体の真ん中に大きな赤い石があり、その上を鎖がバツ印で交差していた。いつ誰がどこで付けるのか。

 闘技場でドラゴンと対峙している奴隷の左手に輝いていてもいい――――。


 とにかくもうやたらとファンタジーな想像力をかきたてる作品たち。ファンタジー無双。その世界観に俺はやられてしまった。

 はっきり言ってファンだ。

 本人はそんなの作りそうなタイプには見えない。元気な普通の女子高生なのに。不思議だ。


 その彼女がこの世界にいる。

 なぜかとてもしっくりと馴染んで見えて、もしかしてと湧き上がる疑惑。


 もしかして、彼女は元々この世界の人で、普通の高校生のフリをして向こうで暮らしていたとか――――?


 いやそんなわけない。そんなこと思うなんて、俺疲れているのかな……。

 ぶんぶんと頭を振って、バカな考えを振り払った。




 コッフェリア王国の第一王子は、金髪の毛先をいじりながら気のなさそうな態度で、昨日の遠征の報告を聞いていた。


 自分から「来てもらって早速だが、ゲノウシスの山へ行って来るのだ。魔物はあそこからやって来る。討伐してくるように」と行かせたクセにだ。


 勝手に召喚しておいてどんな言い草だ! とブチギレそうだったが、こんな場所で追い出されても他にどうする当てもなく、仕方なく従った。

 が、マジで腹立つ。

 剣の柄にはめられた緑の宝石を親指でさすって、なんとか荒れる心をなだめる。


 俺が落とし穴から謎の存在に助けられたと言うと、サンバー王子は興味を示した。


「その話、もっと詳しくしてみよ。……土の中を自在に動いていたか?」


 この王子を全く信用していないから、彼女のことは言わない。


「よく分かりませんが、多分」


「それはダンジョンマスターかもしれぬ……ダンジョンに魔物を住まわし操る恐ろしき存在……」


 はっと息を飲む音がした。聖女のアナティスだ。


「……王子殿下、私、手を見ましたわ……ゴブリンを地面に引っ張り込む手ですわ。もしやあれが……」


 横の女戦士ユナドがビクリとした。(……アタシゃ、お化けだけはダメだよ……)と小さい声が聞こえる。

 俺がいない間にそんなことがあったというのは、後から聞いた。

 もしやそれは……。


「うむ、ダンジョンマスターに違いない。そなたらの足と間違えたのであろう。もしくは脅しだ。今にこうしてやるぞと! ああ、恐ろしい! 魔王とも、魔王と並ぶ者とも言われるダンジョンマスターが、あの山にいるのだ……勇者殿には早く退治してもらわないとならぬ!」


「左様でございますなぁ」


 横で大臣だったかがうなずいている。


 お前らがいけ。お前らが!


「……して、勇者殿よ、その助けた者は王冠はつけておったか?」


「よくは見えませんでしたが、つけていたと思います」


「そうか! それならば、きっとその者はノームの王。山に宝の恵みを与えるノームの王に助けてもらうとは、さすが勇者殿よ! よし褒美を取らす。……公、勇者殿に宝石と次の路銀を渡すように」


 報告会という茶番が終わった。

 サンバー王子はデレデレと聖女に声をかけている。プラチナブロンドを揺らすアナティスは、ツンとしながらもまんざらでもない様子だ。

 まぁ、知ったこっちゃないし。


「タクミ、街に飲みに行かないか?」


 ユナドが親指で街の方を指している。横にはシーフでドワーフのドリーが立っている。前髪で顔がよく見えないが、一緒に行く様子でユナドにくっついている。

 酒はまだ飲めないんだけど、街で食事はいいな。

 そんな俺たち三人の様子を見て、魔法使いのスウェルがイヤそうな顔をした。


「わざわざそんな下級な所へ食べに行くとは、気が知れませんね」


 本当にイヤミったらしい長髪野郎だ。


「お前は誘ってない」


 ユナドが淡々と切り捨てた。

 いいぞ! と拍手したいところだけど、同じパーティの仲間がこれで大丈夫なのかと心配にもなる。

 気の合わない魔法職二人を置いて、俺たち武器職三人は連れ立って広間を後にした。


 高台にある城を出ると、真っ青な空の下に城下町が広がっていた。

 あんな王子の国だが、町は立派だ。国王様がきちんと治めているということだろう。


 少し歩けば庶民街へ着いた。

 賑わう通りを、長い白髪としっぽを揺らす大柄なユナドと、その腰くらいの大きさのドリーの後ろについていく。


 二人とも街には詳しいらしい。

 ユナドは荷物の運び屋で、ドリーはもう少し先にある武器工房の娘だと言っていた。


 俺以外は、みんなご神託によって国内から選ばれたんだそうだ。

 勇者のパーティに選ばれるのはとんでもなく名誉なことだというけど、勇者と言われる俺本人は、栄誉も名誉も全く感じない。正直、勝手に呼び出しやがって感は、今もある。





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