王、地下暮らし(1)

 トントン、トントン。


 控えめなノックの音で目が覚める。

 ……ん、ここは……?

 むくりと起き上がり、見慣れない部屋と調度品に「ああそうだ!」と飛び起きた。


 ここは地下世界!


 昨日は、何がなんだか分からないうちに地下世界へ来て、ダンジョンに行って勇者パーティを助けて、住民に会って、歓迎の宴とやらに出て飲んで食べて踊っての大騒ぎになって、部屋で気を失うように寝てしまったのだった。


 再度のノック音に、あたしは「はい! 起きてます!」と答えた。


 かちゃりと扉が開き、鼻がちょっととんがった、丸い目がキュートな女の子が顔を見せた。明るい茶色の髪の毛をアップにしたモグラ族の獣人、ポポリ。昨夜からあたしの侍女をしてくれている。


「#▲$%▽&@▼△」


 何かを言いながら、両手で頭囲に沿わすジェスチャーをしている。

 ああ、そうだ。サークレット……。

 枕の隣にリスのひらきがあったので持ち上げて頭に乗せてみると、もそもそと動き頭を軽く締める感触に変わった。


 あれ? 石の向き逆じゃない? ちょっと、ディン! 寝ぼけてる? 石の無い方が前に来てるんだけど!


「おはようございます、ルリ様。朝食の用意が出来ております」


「おはよう。起こしてくれてありがとう」


 にっこりと笑いかけてくるポポリに返事をして、サークレットを付け直した。

 このサークレットがないと言葉が通じないんだよね。

 昨日、ちょっと髪を直そうと思って外したら、周りの言葉が全然分からなくてびっくりしたもんだ。

 ディンの言葉も聞こえないし。


 なのでディンには朝から働いてもらわないとならないんだけど、サークレットってちょっと不便。

 せめて指輪なら付けっぱなしに出来るのに。


 ……ん? 指輪?

 そういえば、なんかの本にいろんな生き物の言葉が分かる指輪ってあったな……。


 あたしがちょっと考え込んでいたら、ポポリが部屋の端にある木の皮で編んだ箱のふたを開けて「お着替えはこの箱の中にございます」と出してくれた。


 差し出された通りに着てみればアオザイに似た服。

 下はゆったり目のパンツで、上は長袖シャツと膝上丈の体の線に沿ったデザインでスリットが腰まで入ったノースリーブノーカラーの服。


 こういう民族衣装っぽいの好き。かわいい。

 そして、案外動きやすい。

 ただ……ちょっと胸のところがゆるいというかなんというか……や、あくまでもちょっとだけだから!


 あと、これは王の鞄だとポポリに渡されたので、肩がけ出来る小さな鞄を斜めにかけた。


 鏡の前で横見たり後ろ見たりしていると、ポポリに「ルリ様、お似合いです! かわいいです! うちの王は世界一です!」と言われたので、恥ずかしくなってやめた。

 もう、親バカならぬ侍女バカさんなの?


「あ、そうだ、洗濯って出来るのかな?」


「はい、出来ますよ。湯浴み場の横に洗濯の滝がございます。火山ガスを使った乾燥室もございますよ。安全で殺菌もバッチリです」


「え! なにそれ! すごいハイテク!!」


「ちなみに湯浴みの湯は天然かけ流しラジウム温泉です」


「マジで?! 今すぐ入りに行こう! 今!」


「即位を嫌がる王もこの言葉でイチコロですわ! おほほほほ!」

 

 どこの悪役令嬢だという笑い声を聞きながら、あたしはうんうんとうなずいた。

 確かにイチコロな魅力が「天然かけ流し温泉」という単語にはあるよね!


 見回せば、部屋も地味に贅沢な作りで。

 壁と天井は漆喰にみえるし、床は粘土を樹脂で固めてあり快適そのもの。

 天井からは広間にもあった水晶と丸い石で出来たシャンデリア風のものがぶらさがっている。


 もしかして、この水晶、地上の光を取り込む光ファイバー的なものかも。

 昨夜は周りに付いた丸い石だけが光っていたし、今は水晶自体が光っている。今が朝だというならこの推理もおかしくないと思う。


「もしかしてこの水晶、外の光を採ってる?」


日水晶ひすいしょうですか。その通りですわ。日の光を引っ張ってきているんです。時を知るのにも使いますので、いたる所に下がっております。水晶が赤黄色がかって暗くなっている時は夕方で、燐光石りんこうせきが光っている間は夜、朝は水晶がうっすら青白っぽい色になりますわ」


「あの周りの丸い石は燐光石っていうんだ?」


「ええ。ルリ様の国にはなかったのでしょうか。光を蓄えて暗くなると発光しますのよ」


「自らが光る物はあるにはあるけど、天然の石で長時間光るのは聞いたことがないな」


 今の日本で使われている蓄光性のものって、科学的に作られたものがほとんどなんだよね。

 すごい石があるもんだなぁ。さすが鉱脈を探し当てるノームの国。


 寝室の入り口部分はちょっとした玄関になっていて履物が置いてあり、洗面台も備え付けられている。


 あたしが履いていたスニーカーも置いてあるけど、用意してあった編み上げサンダルを履くことにした。服にも合いそうだし。


 革面積が広いサンダルは、履いてみると底が厚くてだけど柔らかい。サイズはぴったりだし極上の履き心地!


「このサンダルすごい! 革だよね?!」


 びっくりするあたしにポポリはふふふと笑った。


「ルリ様はお目が高いですわ。そちらは細工長のドレンチ様が作ったもので、地下国最高のサンダルになりますのよ」


 ひぇぇ……フェラニャモとかパラダの靴とかそんな感じ?! どっちも見たこともないケド!


 昨日挨拶をしたドワーフの細工長ドレンチを思い出す。

 あたしの肩くらいの背で、ドワーフらしく顔の下半分はヒゲ。最初は線が細いと思ったら脱いだらすごいんです! そしてオネエ!

 「困ったことがあったらすぐに言いなさいよ!」って頼りになるアネゴ肌細マッチョひげオネエ! ってどこからツッコんだらいいのよ。


 でもこのサンダルはホントすごい。なめしの技術が違うのかな。

 ハンクラ部の部長としては製作過程に興味津々です! あわよくば作ってみたいです!! うっす!!





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