王、未知との遭遇


「ルリさん!」


 呼ばれて振り向くと、タクミがニコニコと近づいてきた。


「今日もトンネルに行くんだ?」


「うん。行ってくる」


「ミソルさんがついてるから大丈夫だと思うけど、気をつけて行ってきてよ。みんな心配してるからさ」


「そんなに危なくないんだけどなぁ。むずかしいこともないし。すごく心外」


 ぶぅとふくれてみせると、タクミは耳の近くで小さく言った。


「……うん、そういうことじゃないんだけど。――要するにさ、みんなルリさんのことが大好きだってこと」


 ――――へっ……?

 顔がみるみる熱くなっていく。

 なに、これなんの罠?!


「だから、あんまし心配かけないようにね。今度、時間がある時にイモプリン食べに行こうよ。――じゃぁね、ミソルさん。ルリさんのおりよろしく」


「はい。大事にしっかり守りますー」


 ミソルがものすごい笑顔で言い放った。

 …………。

 朝から変な汗かく……。

 なんだかなぁ……?

 言いたいこと言って去っていく後ろ姿を見ながら、首をかしげた。


「タクミ、なんだったんだろう」


「……デートのお誘い……ですよね?」


 ちょっと変な顔しながらそんなことをミソルが言った。

 え? 『今度遊びに行こうねー』って挨拶だよね。


「……オレは毎日いっしょにいるし……イモプリンだって……ブツブツ」


「ミソル? どうしたの?」


「なんでもないです! 行きましょう、ルリ様」


 そして今朝も、あたしたちはトンネルを埋めに行く。

 魔王国(多分)まで、あと少し。






 昨日、きんぴら卵を食べた場所の手前まで来た。

 一歩前に出ればそこは空いた空間で、その向こうに透明な土界がある。向こう側が丸見えで、向こうからも丸見え。

 あたしは土界の中にいれば、透明じゃない土界でも全部透けて見えるわけで。

 だからまぁ転移した瞬間から見えていた。


「ディン……なんかいる……」


『うん、いるね』


 そうは言っても、ミソルもいるしずっと土界の中にいるわけにもいかない。

 手を引きながら土界から出ると、透明土界の向こうで女の子が目を見開き、口をあんぐりと開けて固まった。

 よく見ると、女の子の頭上からは左右にツノが生えており、背中に黒い翼が見えていた。


 ――――えええええ?! 人じゃなかった!!!! コスプレじゃないよね?!


 あたしもミソルも固まった。

 三人とも動けずに、しばしの時が流れ――――。

 最初に、はっと我に返ったのは、ツノのお姉さんだった。


「――――バケモノが出たーーーー!!!!」


 一目散に走って逃げ去っていく。

 いや、ちょと待っ……。バケモノじゃないから!

 あたしは土界の中に入り、土界を次々に出してその中をするすると高速移動しながら、彼女の背を追った。


「ねぇねぇ、待って! お姉さん! もしかして魔族の人?」


「イヤーーーー!! 助けて!!!! 埋められる!!!!」


「待ってって! 埋めないから!」


『どうしたって、土界が襲ってくるようにしか見えてないと思うけどね』


 サークレットのディンから冷静なツッコミ。

 あーそっか、この土界は透明じゃないから声聞こえないか。

 翼があるのに飛ばない、不思議な後ろ姿を見ながら土界を繰り出し追いかける。

 すると、トンネルはとうとう行き止まりになり、横へ伸びる階段へと繋がっていた。

 お姉さんは当然その階段を駆け上っていった。


「だーれーかー!!!! バケモノ!!!! バケモノが出たわーよー!!!!」


 あー……、誤解を解く前に行っちゃった。

 仕方ないな。ミソルの方に戻ろう。

 と振り返ると、ものすごいスピードで手甲鉤を振るい、土界に穴を掘って進んでくる姿が見えた。

 あのお姉さんの気持ちが、ちょっとだけわかったような気がした。


 土界を吸って通り道を作り、ミソルと合流する。


「ルリ様! 無事でよかったです! びっくりしましたねー?!」


「……ああ……うん。びっくりしたね……」


 ミソルにね……。

 まさか掘って追いかけてくるとは思わなかったよ……。


「あれ、魔族の人かな?」


「多分そうだと思いますけど、オレも魔族はよく知らないんです」


 そうだよね。トンネルの向こう側なんて知れるとは思わなかったよねぇ。

 土界の中に入ると、階段の登り口が見えた。騒ぎ声も聞こえている。


「なんだこれは!! 地下道が埋められてるぞ!!!!」


「うわーーー!! もう終わりだ!! 魔国はもう終わりだーーー!!!!」


「魔王様に早く報告を! 何が起こっているのかわからないうちは、階段への立ち入りは禁止だ!」


いやもう、大変な騒ぎ。

向こうからは、土の壁が階段まで詰まっているようにしか見えていないからね。

まさか埋めた本人がここで見ているとは思わないだろう。

ちょっとした悪戯心いたずらごころで階段前の土界をブルンと揺らすと、蜘蛛の子を散らすように逃げていってしまった。


「うわーーー!!!! 襲われるーーー!!!! 魔国の終焉だーーー!!!!」


あ……。ごめん、まさかそんなに怯えるとは思わなくて。

申し訳ない、魔族のみなさん。





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