王、地下暮らし(2)

 寝室から通路に出ると、ここが一番奥の場所になっている。

 すぐ向かいが洗濯場もあるという脱衣所で、引き戸を開けると中からトイレと湯浴み場に繋がっている。


 王の寝室の隣には侍女であるポポリの部屋、その向かいで脱衣所の並びにはもう一人の侍女でベリアという子の部屋がある。


 ベリアは影だから何かあった時じゃないと姿を見せないとか。コウモリ族っていう数少ないめったに会えない獣人だって。

 影! 何があったら出て来てくれるんだろう?!


 侍女たちの部屋のある所までは現在女子専用エリアで、男子禁制。

 女子の園を出て通路の右側は、台所、食堂、側近詰所の順に並ぶ。食堂と詰所は扉がない。出入りのしやすさと見通しのよさを優先させているらしい。


 通路の左側には、武器庫とその隣は作業などが出来るフリースペース。フリースペースは外からガラス窓で見えるようになっている。


 食堂に入ると、側近でイタチ族の獣人のミソルと、同じく側近でドワーフのデブラが朝食の配膳をしていた。


「おはようございまーす」


「ルリ様、おはようございますー。服すごい似合ってます。かわいいですー」


 ピッチャーを手にしたミソルはのんびりとそう言って笑った。

 ……うん、侍女バカさんの次は側近バカさんね……。


「おはようございますだっす!」


 ヒゲなしドワーフのデブラはたぷたぷしたお腹を揺らしながら、お皿を運んでいる。


 申し送りだの連絡事項だの話をするために、王と側近で朝食をとるのが慣例になっているらしい。

 あたしはモリモリと朝ごはんを食べながら、側近たちの話を聞いた。

 オムレツとマッシュポテトとハーブのサラダ。どれも大変おいしゅうございます! 料理長ありがとう!


「ルリ様、午後はラク様の所へ行くだっす。統治長のラク様は実質ナンバー2、王の代理もする偉い方だすから、まず話をしておくといいだっす」


「それじゃ、早い方がいい? 朝ごはん食べ終わったら行こうか?」


「ラク様は午後から仕事をするだすよ。ラク様たちタヌキ族は夜行性なのだっす。夜の見回りや見張りの仕事をする者も多いだすな」


 昨日ちらっと挨拶した顔を思い出す。

 ラクは、タヌキで言われがちな愛嬌あるイメージはなく、すらりとした長身に丸眼鏡をかけた冷たい雰囲気の男の人だった。二十代に見えたけど、そんなに偉い人だったのか。


「ラク様は物知りなんですよー。地下世界一の賢さだと言われているんです。夜の間に調べ物とかもしてくれるので何かあったら頼むといいです」


「あや! ミソル様! 俺っちもがんばるだっすよ! ルリ様、武器や道具のことなら俺っちや作り族に聞いて欲しいだっす」


 作り族は、主にドワーフが担当している生産系の者たちだ。鍛冶おさと細工おさがいる。

 あとは掘り族がいて、そちらはイタチ族、タヌキ族、モグラ族の獣人たちが担当している。


「そうだよね。デブラごめん~」


 あははは。と情けない顔で頭をかきながらミソルが笑った。

 察するに後輩の方がしっかりしているパターンね。

 あたしは、朝から気になっていたサークレットに代わる物がないか聞いてみた。


「あ、じゃあ、デブラ。言葉が分かるようになる道具とか聞いたことないかな? このサークレットがなくても言葉が分かると便利なんだけど」


 ミソルがうんうんとうなづく。


「確かにアルマンディン様がいると心強いです」


『……そう言ってもらえるのはうれしいけどね。本来はサークレットが仕事だからあまりあてにされても困るよ』


 もし不測の事態で取れちゃったら困るなと思っていたんだけど、ディンが動ければもっと力になるんじゃないかと思ったのも事実だったりして。

 あたしだってがんばるんだし、リスの手も借りたい。


 デブラはちょっと考えて口を開いた。


「そういう道具は聞いたことがないだっす。俺っちが王に付くのは、ルリ様が初めてなのだっす。王がいない間はアルマンディン様はしるべ様の帽子の中におるので、ほとんどお会いしたことがないだすよ。どういう仕組みで王のお言葉を俺っち達にわかるようにしてくれてるだすかね?」


 その質問はもっともだった。ホント、どういう仕組みなんだろう。

 デブラの言葉にディンがあたしの頭の中で答える。


『ボクの思考は、王の頭に付いていれば直接中に送れるよ。ただ、王の思考を読むことができないから、口から音として発してもらっているんだ。それをボクらにわかる言葉に変えるのが、サークレットが張っている結界、魔法の膜さ。外からの感じとった言葉は王の世界の言葉に変換してから王の耳に入れ、王の発する音を魔法の振動で地下世界の言葉に変えているというわけだよ』


 ディンの話を聞いて、あたしはまとめて言った。


「……えーっとね、魔法だって」


『……』


 あたしの答えにディンが不服そうにした気がした。

 頭囲に沿う感覚がなくなり、頭の上でごそごそと動く感触がする。多分、リス化中。


「#▲$◎%▽&@。$%▽&#」


「◎◎! ◎#▲$%&▼$◎%◎▽&@▼△!」


「%▽&@▼△! ▽&@#▲$%◎!!」


 うん。なにやらやり取りしているっぽい。

 よく分からない音は聞こえるんだけどなー。ウニャニャラアガーヒャ! みたいな。

 

 しばらくしてまた頭に硬質な感触が戻った。


「――うーん、むずかしいだすなぁ。道具を作ることは出来ても、俺っち達ドワーフは魔法が分からないだっす」


 そうだよね。魔法とか言われても困るよねぇ。

 どこのファンタジーの世界だよって話……って、あれ? そういえばあたし魔法使えるんだっけ?


「オレたち獣人も魔法は使えないですね。地下国で魔法を使えるのはアルマンディン様と王だけです」


 やっぱり、あたしの方がファンタジー界の住人だった!

 でも、確か勇者パーティには魔法使いっぽいのがいた。ロングスタッフ持ってたよね。

 人族は魔法が使えるとかなのかな。


「うーん。じゃ、アレ試してみようかなぁ……。この後は何をするの?」


「ルリ様がよければ、ダンジョンの掃除に行ってもいいですか? 長いこと放置されて荒れ放題なんです」


 うん、魔物が入りこんでたね。ゴブリン。

 まだあそこで埋まってるのかな……。

 でも、そのままずっと放っておくわけにもいかないだろうしなぁ……。


 毛むくじゃらの足と、通路にぽつんと埋まっている姿を思い出し、何とも言えない気持ちになったのだった。





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