第三章 旅の空

王・ルリの地下日誌4 *旅行記*

王、こっそりと応援する

 昨日の結界を張った時のイヤな感じはなんだったんだろう。


 朝食後、王専用作業場(旧・フリースペース)で、あたしはかなづちを振るっていた。

 作業に集中していても、ふとした時にガサリと押された感覚を思い出して、ぞわぞわとした。

 あー、もうヤな感じ!


 側近たちはそれぞれ族の作業場へ出向いていて、リス姿のディンだけが肩の上で様子を見ている。


 ケガしないように、集中集中。


 やっているのは彫金という作業だ。

 金属を削るという太い釘のような道具の頭を、かなづちでコンコン叩いて模様を彫っていた。


 彫っているペンダントトップは、男性でも付けられるようにタグ風にしたプレート。かたに流し込んで作ったわけじゃないから、ちょっといびつだ。


 こういう形が悪いのは、手作りっぽくて味があってあたしは好きなんだけど、クラスの友人たちにはやっぱりきれいに整ったものが人気だったっけね。


 長短の直線の組み合わせでフレームのように彫って、中に飛んでいるカモメ風の鳥モチーフを入れたデザインにする。これなら男の人でもつけられると思うんだけど。


 そしてなるべく同じデザインになるように、がんばって金と銀とミスリル三個分を彫った。

 これで、金属の種類による差がわかるはず!


 彫り終えて、よしよし!と改めて見てみると、シャープでかっこいいタグ風ペンダントトップのはずが、部族の祈りが込められたお守りにしか見えないのはなんでなのだろうか……。


 金のプレートを手に鑑定してみる。


【魔道具:ノームの王のおまもり|ランク:A】

 防御力 3

 *厄災除け

 *大地の守り

 *ノームの守護

 *物理攻撃力強化 レベル3

 〇材質:金(極上) 〇価値:高

 ※ノームの王がずから作り上げた品

  厄災から身を守り、危険をはね返す(1回)


 イヤミのように厄災除けなんて効果があるし!

 っていうか、鑑定項目増えてない?

 特殊効果の説明が分かるようになってる。

 レベルが上がったとかなのかなぁ?


 銀とミスリルも鑑定してみると、同じところと違うところがあった。


【魔道具:ノームの王のおまもり|ランク:A】

 防御力 3

 *厄災除け

 *大地の守り

 *ノームの守護

 *魔法防御力強化 レベル1

 *魔法(聖)攻撃力強化 レベル2

 〇材質:銀(極上) 〇価値:高

 ※ノームの王が手ずから作り上げた品

  厄災から身を守り、危険をはね返す(1回)


【魔道具:ノームの王のおまもり|ランク:A】

 防御力 3

 *厄災除け

 *大地の守り

 *ノームの守護

 *魔法防御力強化 レベル3

 〇材質:ミスリル(極上) 〇価値:高

 ※ノームの王が手ずから作り上げた品

  厄災から身を守り、危険をはね返す(1回)


 ということは、上二つの特殊効果が彫金によるもので、ノームの守護はあたしが作れば付加されて、その下の一般効果はそれぞれの金属別効果ってことだ。


 ふぅん。おもしろいものだなぁ。

 金は物理攻撃力が上がって、ミスリルだと魔法防御力で、銀は魔法防御力と聖魔法の攻撃力が上がるんだ。

 コンビネーションにするとあたしの指輪のように、効果はさらに上がるってことだよね。


 ふんふんと納得していると、ディンがぴくっとなって髪を引っ張った。


「王、勇者が来たみたいだよ」


 え、やっと来たんだ?

 出来上がったタグを革袋に入れて、いつも肩から斜めがけにしている小さな鞄にしまう。


「まだ祠のとこ?」


「そうだね。今から登り始めるみたいだよ」


 いっつも昼が近い時間に来るよね。

 なんというか、こっちのやる気とかみ合わないというか……、あんまり切羽詰せっぱつまった感じはしないよなぁ。

 魔王倒さなきゃ! みたいな悲壮感が全然ない。


 久しぶりだから今日は様子を見に行こう。強さの確認もしたいし。


 あたしは出していた道具を片付けて、出かける準備をする。

 やっぱり、こういう時に連絡手段が欲しいな。


 厨房へ行き、料理おさロイソルに土界に行くので戻るのが遅くなるかもと告げて、王居住区を後にした。

 持たされたコロッケ(衣なし)をお行儀悪く食べ歩きながら、土界へと向かう。ん! ハムが入ってる! おいし!


 ディンにサークレットになってもらって、外境結壁から土界の中に入ると、遠くの方で小さく声が聞こえていた。


「―――タクミ、大丈夫か?」


「―――勇者のくせにぼーっとしてるんじゃないわよ」


「―――……」


 声からは場所が特定出来ない。

 とりあえず、第三層の階段付近の土界へ転移する。

 と、すぐ近くに勇者パーティがいて、深沢くんがしゃがみこんでいた。


 どうしたんだろう。

 近くまで移動すると、裾をまくりあげて薬草を膝につけているのが見えている。

 ケガしたんだ。

 でも、こんなところでケガするようなレベルだったっけ?


「早く治しなさいよ。さっさと宝箱取って帰るんだから」


 わぁ。暴言女子、今日も絶好調だ。今日はブルーのワンピね。ロイヤルブルー似合うなぁ。

 っていうか、この子、なんで来てるんだろう。戦っているところも魔法を使っているところも見たことがないんだけど。


「……もう大丈夫だ」


 深沢くんはそう言って立ち上がったけど、心なしか顔色が悪いように見える。

 大丈夫かな……。

 復帰した彼を前衛にして、パーティはぞろぞろと奥へ向かって進み始めた。


 どうも今日の深沢くんは具合が悪いのか、調子が悪いのか、キレがなかった。

 今度もブラックゴブリンを相手に苦戦している。素早い動きで長い爪が振り回されるのを防戦一方だ。

 土界の壁越しにブラックゴブリンの強さを確認しても、【ブラックゴブリン|モンスターレベル:3】となっている。特別強い子じゃない。

 そのうち防げなかった爪が腕にあたった。


「うっ……!」


 あっ……もう、大丈夫なの……?

 ハラハラしながら手を握りしめてしまう。


「タクミ、代わる。下がって」


 ドワーフ族の女の子が弓から手を離し、腰に下げていた斧を手にした。


「うしろで手当していていいぞ」


 獣人の女性戦士も相手にしていた一匹を倒してから、そのブラックゴブリンへ剣を向けた。


 深沢くんは後衛の人たちよりうしろに下がった。

 そしてため息をついて、背負っていたボディバッグのような鞄から薬草を取り出した。

 腕をまくり、手慣れた様子で葉をぐしゃぐしゃともみほぐしてけがをした場所へこすりつけている。

 がっくりとした様子が離れて見ていてわかるほどだった。


 戦闘が終わり、結局深沢くんは安全な階段フロアに置いて行かれることになったみたいだ。

 勇者を置いて行くってすごい話だ。


 あたしは他の人たちが十分離れたのを見計みはからってから、階段途中の踊り場へ出た。


『王……』


 心配げな声が頭の中で聞こえたから、大丈夫だよってつもりでぽんぽんとサークレットに触れた。

 ほんのちょっとだけ。

 他の人に見つかったら困るからすぐ土界に戻るよ。

 見下ろせば少し下に、段へ腰かけた背中がある。


「困ったな……会えないかな……何か伝言とか……」


「……うん? 誰に?」


 あたしがそう声をかけると、しょんぼりした背中がはっと振り向いた。


「……部長……」


 部長って……。思わず笑ってしまう。


「ルリでいいよ。深沢くん。今は部長じゃないし、気楽にしゃべって」


「俺もタクミでいい……ルリ、さん」


 手招きして上がって来てもらう。

 踊り場から折れたところなら、パーティが戻ってきてもすぐには見られない。

 二人で並んで段に座った。


「ぶ……ルリさん、すみません。今日泊まっていけなくて」


「そうなんだ。わかった。気にしないでいいよ」


「なんか、前の勇者たちがこっちにしょっちゅう泊まっていて、そのうちに帰って来なくなったんだって。だから俺たちが泊まるっていうのにいい顔しないんだよ。日帰りを条件にやっと来れたんだ」


 前の勇者……確か、装備がロイターム国の闇オークションに出てたんだっけ。


「え、じゃぁずっと通ってくるの? 結構遠いよね」


「そうなるかな。勇者の剣を持っていれば、七日で必ず王都に戻されるからどこにいても心配なかったんだろうけど。俺もう勇者の剣がいらないからさ」


 そう言って、タクミは左手の人差し指にあるエメラルドの指輪を見せた。

 ああ、なるほど。勇者の剣が翻訳機能を持ってるんだ。


「調子悪そうだけど、大丈夫?」


「ただの寝不足。麓の村に泊まりたいって言ってから、城の中にほぼ軟禁状態なんだ。毎晩、部屋に潜り込んでくる刺客から身を守らないとならないから、寝れなくて」


「刺客?! なんで?! 大丈夫なの?」


「あ、いや、そういう刺客じゃなく、その女の人が……俺を引き留める作戦っていうか……とにかく、ルリさんに会えてよかった。泊まれないと伝えたかったんだ」


 女の人が引き留める……?

 よくわからないけど、タクミはそう言って、ほっとしたような顔を見せた。

 心配だけど、あたしが言えることってないよね。コッフェリア王国の事情もよく知らないし。

 なんとなく、その強引に囲い込むやり方はイヤな感じがするけどね。

 鞄から革袋を取り出して、タクミに渡した。


「これあげる。早くゆっくり眠れるようになるといいね」


「……ありがとう……」


 あたしは立ち上がった。早く土界に戻らないと。

 見上げてくる顔がさみしそうに見えたから、その黒髪をぽんぽんとして段を上がった。


「じゃ、またね。タクミ」


「はい……また」


 二層まで上がってから、土界の中へ入る。

 視界は土壁通路から透明へと変化した。


 残りのパーティたちはちょっと先でダイアウルフと戦っていた。

 四人じゃなかなか手強てごわそうだと思っていると、座り込んでいたタクミが階段を下りてそちらへ向かうのが見えた。


 ちょっと元気になったみたい。

 さっきよりも力強い足取りで向かっていくのを、あたしは土界の中から見送った。





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