王、指輪を作る(1)

 ダンジョン掃除の後は側近たちと昼食をとり、統治おさラクの所へ向かった。

 地下世界のナンバー2で、冷たい雰囲気のタヌキ族の獣人。ちょっと緊張する。


 王の居住区から近い南大通に中央執務区というのがあり、長それぞれの執務室や会議室や資料室などがある。ついでに王の執務室もあった。うーん、使う時ってあるかなぁ?


 統治長の執務室もあったけど、その隣の統治管理室という部屋の方へいるらしい。

 入ってみれば中は広く、いくつもの机があり獣人やドワーフが忙しそうに働いている。なんとなく職員室に似ているような。


 広い部屋の一角にある応接セットに案内されると、統治長ラクとその両側を固めるように獣人の少年と若い女の人が来た。

 三対三で向かい合って座る。

 少年がにっこりと笑っておじぎをした。


「王、わざわざお越しくださいましてありがとうございます」


「お忙しいところお邪魔してすみません」


 あたしもにっこりと無難な挨拶を返した。

 真ん中のラクは細い目で無表情で、昨夜よりも冷え冷えとした空気をまき散らしながら、言った。


「邪魔だと思ってるなら来るな。私はお前を王とは認めていない」


 わぁ! いきなりの毒舌キター!


「……ルリ様への暴言、ラク様でも許さないだっすよ」


 ええ? デブラ?! こっちも戦闘モード?!

 ラクは冷たい眼差しのまま、人差し指で眼鏡をキュッと上げた。


「ふん。仕事が出来るのかどうかも分からない得体のしれない小娘に懐柔されたか。ちょっと若くてかわいい王が来たと思えばすぐしっぽを振る」


 あれ……これほめられてない?

 思わず顔が熱くなる。

 もしかしてこれがツンデレってやつなの?


「ドワーフにしっぽはないだっす!」


「とにかく若い王は認めない」


「ラク様ー、いくらルリ様がかわいいからってイジワルはダメですよ。嫌われ……」


「ミソル、ちょっとこっちに来い」


 ほめられてるんだかけなされてるんだか、だんだんいたたまれなくなってきたところで、ガバッと立ったラクにミソルは引きずられていった。

 離れた所でヘッドロックをかけられグリグリされている。


「……仲良しだね」


 なんとも言えずにあたしがそう言うと、ラクに付いていた若い女の人がニヤニヤと笑う。


「ラク様はミソルの前に王の側近をされていたんですよぅ。師弟というか兄弟みたいなものですねぇ」


「そいでもラク様の言葉は許せないだっす」


 デブラはプンスカしている。女の人も少年も困った顔をした。


「王もデブラ様も、不快にさせて申し訳ございません。うちの長、昼が少々苦手で……」


 昼が苦手とかそういう問題なの?

 大層疑われている気配があるけど。

 っていうか、それが普通だと思わないでもない。

 突然降ってきた小娘が王とか、ないよー。

 みんなもっと疑ってかからないと、だまされちゃうからね?!


「大丈夫、気にしないで。デブラも、怒ってくれるのうれしいけど、得体がしれないってもっともだと思うし。みんな、こんないきなり降ってきた人を簡単に信じちゃダメだよ」


 とは、子どもの頃からよくよく教えられた言葉。

 地下世界の人たち、みんな人がいいんだもん。心配になる。

 女の人がまた笑った。


「でもですね、今までの王もみーんないきなり降ってきて、よくしてくれたんですよぅ。しるべ様の選ぶ目は確かです。だからルリ様を疑う者はいないんですよぅ」


 ただし、ここの長以外。って話ね。

 師弟の二人の方を見れば、まだじゃれあっている。

 少年はハァとため息をつき、耳もへちょりと垂れた。


「王はお忙しいでしょうから、私たち秘書が話を進めてしまいますね。こちらの統治管理室では、地下世界の暮らしや仕事についてを管理しています。水道・電気のことから外交まで様々あります」


 外交! ちゃんと他の国と交流があるんだ! 実質、ここが国の中心ってことだよね。お役所みたいなものなのかな。王がいたいりいなかったりじゃ、ラクのようないつもいて全体を把握している長は必要だろう。


「今までの王はここの仕事はしていたの?」


 あたしがそう聞くと女の人がうなずいた。


「そういう王もいらっしゃいましたよぅ。王はそれぞれ得意な部分を持って、こちらに来てくれる気がしますねっ。町の人たちと話をして問題点を拾ってくるのが得意な王もいらっしゃったし、先代はそういうのは全然でしたけど畑作りに力を入れてくれたので、新鮮なハーブや野菜が食べられるのは先代のおかげですぅ」


「じゃ、あたしもがんばらないとね」


「ルリ様はルリ様らしくでいいんですよぅ~。王の仕事はなんといってもダンジョンを回すことです。それが代々続く大事なお仕事ですからねっ」


「畑があるってことは、外でも何かやってるってことだよね。地下からどのあたりにあるの? このへんの地図ってあるのかな?」


 あたしがそう聞くと、上から声がかけられた。


「……地理を学びたいとは殊勝しゅしょうな心がけだ」


 じゃれあい終わったラクが戻って来て、また無表情のまま向かいに座った。


「私は……王が誰でもいいとは思っていないのだ。こちらへ落ちて来た人がみな王になりたいかと言えば、そんなことはない。特にお前は若い。王の役目など合っていないし、やらなくてもいい。しるべ様が呼ばれたのだから、戻れるまでの面倒はもちろんみる。どうだ? それでも王をやるのか?」


 王ではなくここでしばらく暮らす。

 そんな選択肢が、突然降って来た。

 あたしはとっさに考える。

 今の状況がイヤかと聞かれれば、そんなことはない。衣食住は確保されて快適だし、ダンジョンの整備も魔物はちょっと怖かったけど、いつもいるわけじゃないし。

 助けてくれる人たちもいる。期待してくれている人たちもいる。


 ただ、自信はない。

 ラクが言う通り、あたしは若い。それだけで、なにもかもが足りない気がする。

 どちらかというと、こっちが聞きたいくらいなのだ。

 あたしでいいの? って。

 これは甘えなのかなぁ……。


 ふと横を見れば、ミソルはこっちを見ていた。

 あの土界の前で待っていた時と同じ、何も疑っていないような顔で。


「……やれることがあるなら、やってみようと思うんです」


 あたしがそれだけ言うと、ラクは少しの間探るようにじっと見て、合わせていた視線を外した。


「私はお前を王だとは認めない。王ごっこをやめたくなったらすぐに言うがいい。地図は後でここに用意させるが、持ち出し禁止だから覚えておくように」


「分かりました。お願いします」


「ルリ様、来たら色々聞くといいですよー。ラク様は物知りですから。でもどさくさに紛れてルリ様を独り占めしようなんてダメですよ?オレ達も付いてきますからね」


 ニコニコと凝りてないミソルにラクはがっくりとし、あたしは(なんてことを……)と赤くなり青くなり、他の人たちは笑ってしまっていたのだった。




「さぁ、作り族のところに行こう!」


 気が急いておもわず早足になってしまう。

 指輪! 指輪!

 ラピスのバングルを作りそびれた恨み、晴らさずにはいられないでしょ!


「ルリ様、すごいやる気ですね!」


「案内するだっす! こっちだすよ!」


 統治管理室を出てからもプリプリしていたデブラまで、すっかり忘れてたようだった。あたしにつられてテンション高めになっている二人といっしょに、通りを早足で歩いていく。


 中央執務区のある南大通から一度広間へ戻り、王居住区側ではなく反対側へ曲がった。

 円形の広間からは五本の通路が伸びているのが見えている。

 東西南北に一本ずつと、南と西の間に一本。

 北がダンジョンへの通路で、東が王居住区に繋がっている。


 通りすがりにミソルが説明してくれた。


「西側の通路が西大通にしおおどおりで、奥に作り族の集落があります。南と西の間の――今見えている通りが中央通ちゅうおうどおりです。店が並んでいて楽しいんですよー」


 通りを見れば、両脇にずらりとお店が並び奥へ続いていて、カラフルな看板があちこちにかかり、お客さんを誘っている。

 おお!楽しそうだ!

 日本の商店街の雰囲気にとても似ていた。

 ただ、お店を出入りしたり、店先でおしゃべりしているのは獣人とドワーフばかりだ。


「あ……ホント賑わっているね。今度、案内してくれる?」


「もちろんです!」


 バサバサと振られているしっぽを眺めて歩いているうちに、西大通にしおおどおりへ差し掛かった。中央執務区のある南大通りと違い活気がある。


 すぐ先には、ドワーフたちが出入りしている部屋が見えていて、それが作り族の作業場だった。

 だだっ広いスペースは、鍛冶と細工でゆるく分けられているようで、どちらも奥の方に大きな機械や作業机などが配置されている。


「ルリ様! さあどうぞだっす!」


 ずんずんと歩くデブラの後ろから遠慮がちに付いて行く。

 職人さんたちの邪魔をしないようにしないと。


 口元を覆うヒゲの立派なドワーフたちの中で、ヒゲなしドワーフのデブラはひと際目立っていた。他にヒゲがないのは少数存在する女性ドワーフだけだ。


「あらルリ様、来たわね。アタシのサンダル似合っているじゃないの」


「おう、嬢ちゃん、よく来ただな! なんか作るってか?」


 作り族のツートップ、ヒゲオネエ細工長のドレンチと、ムッキムキ鍛冶長のズエルがフレンドリーに迎えてくれた。どっちも顔の下半分を覆う豊かなおヒゲをお持ちです。

 王に嬢ちゃんだすか?! とデブラが横で白目剥いてるけど、キニシナイ。


「指輪を作りに来ました。道具を貸してもらえますか?」


 あたしがそう言うと、二人はちょっと困った顔をした。


「ルリ様、アンタ指輪なんて作れるのぉ? まぁ道具は好きなのを使っていいわよ。ただね、デブラにも聞いたかもしれないけど、指輪って地下では作られたことがないのよぅ」


「人気がないって聞きました」


「そうなのよ。人族が付けているから見たことあるけど、掘り族も作り族も付けないわよぅ。仕事するのに邪魔だもの」


 指輪の存在価値をバッサリです!


「とりあえず、使う物を言ってみてごらんなさいよ?」


 指輪を作るのに使う物。


 るつぼという地金を入れて溶かすための入れ物。

 地金を溶かすバーナー。これは二千度を超す超高温のもの。

 融剤フラックスはるつぼに地金と一緒に入れると、なんかいい感じに地金を溶かしてまとめてくれるやつ。


 あとは叩く金づち、熱いるつぼを掴むための金ばさみ、成形用に。この辺の道具は間違いなくあると思うんだけど。

 金床かなどこは確実にあるかな。これは熱くなった地金を置いて、トントン叩く台ね。


 ない可能性があるのは、指輪用の半円にへこんだ金床と、円柱の金属の

 これらは地金を曲線に挟んで、叩きながら指輪形の丸く輪にしていく物だ。


「嬢ちゃんのお遊びかと思えば、なかなか本格だの? どんなもん作るか見ものだな! 溶かすのは小物用の炉を使えばいいだ、融剤もあるだな。金づちも金床もあるだ。――指輪用の金床たら、もしかして波型のやつだか?」


「そうです! そういう形のやつです!」


「ナックルダスター用のならあるだよ」


 ――ナックルダスター!! それ拳にはめる武器!!


 確かに近いけど、指輪のロマンチックさは地に落ちたよ!


 指された場所を見れば、いい感じに使えそうな形だし。


 あとは材料。

 確か、前に読んだ何かの本には【あらゆる動植物の言葉が分かる指輪】って書いてあった。


 素材が真鍮と鉄って書いてあって、ええ?! と思ったからそれは覚えている。だって真鍮も鉄も匂いが付くんだもん。服の上からとか時々付ける物ならいいけど、付けっぱなしするなら他の材質がいいな。

 それと、エメラルドがどうのって書いてあったような。


「……あのぉ、それと地金とエメラルドが欲しいんですけど……」


 遠慮がちに切り出すと、まだちょっと疑ってる風なドレンチがぱっちりお目めのまつげをバサバサさせながら「エメもあるわよ。あるもの好きなの使いなさいよ」と言ってくれた。

 よかったー。ヒゲオネエ太っ腹! エメラルドも地金もホントに高いんだから。


 デブラに連れて来てもらった棚には、カットされたいろんな石が並んでいて目移りしてしまう。さすが地下世界。鉱石が豊富!

 すごい大きな青紫の石があるけど、もしかしてタンザナイト? 小声で「鑑定」と言うと、


【宝石:ゾイサイト】

 *ドワーフ族により研磨カットされた

 *魔を帯びている


 と出た。


 うん。やっぱりタンザナイトだ。すっごいキレイ!

 かのティファニーが「タンザニアの夜」という意味のコマーシャルネームをつけた石は、その名にたがわず夕暮れから夜に染まっていく空の色のよう。これも好きな石の一つなんだよね。

 あぁ、ステキ。目の保養だー。


 まぁ、目移りしたって使うのはエメラルドなんだけどね。

 欠けやすいエメラルドは一つ一つケースに入れられている。

 その中から上面が正方形のエメラルドカットのものを選んだ。

 正方形って珍しいし、なんかかわいい。


 石を選んだら、デブラとズエルが地金の相談をしていた。


「地金は金色と銀色だっただすな? 金はそのままでいいだすが、銀はやっぱりミスリルだすかね?」


「それがいいだな。王笏もミスリルださ。魔法の通りがいいと聞くだ」


 あれがミスリルなんだ! ちょっと陶器っぽいような不思議な感触なんだよね。

 じゃそれを本体にして、金の石枠を付けて二色のコンビネーションリングにしよう。

 正方形のエメラルドに合うように、ゴツめのカレッジリング風で。

 海外の士官学校の卒業生がつけてるの、かっこいいんだよなぁ。


 これで材料オッケー、デザインオッケー。

 全部揃いました!





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