第一章 ノームの贈り物

王・ルリの地下日誌1

王、初めてのダンジョン(1)

「――――んがっっ!!」


 おしりからボスン!! と落ちて、女子高生の悲鳴としてどうなのよという声が出てしまった。


 すごく高い所から落ちてきたような気がしたんだけど、そのわりには痛みも衝撃も少なく。おしりの下はマットレスのようにぼよんぼよんしてる。


 うおぉぉ……びっくりしたぁぁぁ……。


 驚きで座り込んでいたあたしの膝へ、何かがぴょんと飛び乗ってきた。

 手に乗るほどの大きさで茶色の毛。頬のあたりに縞が入って、しっぽは大きくフサフサ。つぶらな瞳で見ている。


 リスだ。


 ただ、普通のリスと違うのは、額に子指の先くらいの赤い粒を付けていることだった。

 あれ? その赤い粒、見覚えが……。


 リスは突然飛び上がってあたしの頭の上に乗り、もそもそと動いたかと思うと頭囲をぐるりと締めつけた。


 え? なに? リス、何したの?

 

 手で触れてみると、短めのボブカットを押さえるように、細い冠がぴったりとはめられていた。ちょうど眉間の上あたりが幅広になって、石が入っているみたい。

 これサークレット?

 なんで? あれ? リスはどこにいっちゃったの?

 周りのぼよんぼよんする柔らかい床をきょろきょろと見回しても、リスの姿はない。


『王、悪いんだけど急いでダンジョンに行くよ。お客さんが来てる』


 男の子とも女の子ともとれるかわいらしい声が、頭の中で聞こえた。


 ――――?!


 言葉を発する間も与えず、声が言う。


『ほら、立ち上がって。動ける?』


 操られるかのようにふらりと立って辺りを見渡せば、あたしは天井の高い洞窟のような場所にいた。

 周りは岩肌のような壁で、天井からは水晶が連なったようなシャンデリアがいくつもぶらさがっている。


 ここはどこ……?


 周りで遠巻きにしていた生き物たちが、次々と膝をつきひれ伏していく。


「……王が降臨された……!!」


「王よ!!」


「……お待ちしておりました……」


「我ら地下の王よ!」


 なにこれ……?

 一体、何がどうなってるの……?


 さっきまでは確かに家にいたのに――!!


『このまままっすぐ行って!』


 頭の中で男の子のような女の子のような声が言う。

 訳が分からないけど、言われるがままに走った。

 よく分かんないけど!

 他にどうしたらいいのかも分かんないし?!


 ひれ伏している大小さまざまな生き物たちの間をよけながら、その場を駆け抜けた。


 大きい広間を抜けて、壁にたいまつが灯る通路を駆けてい行く。

 まっすぐと走っていく先に、丁字の突き当たりが見えていた。


「どっち?! 右?! 左?!」


『そのまま行って!!』


 マジか!!


 あたしは腕で顔をブロックしながら、その土なのか岩肌なのかで出来た壁へ突進した。

 モヨ〜ンと、ほんのちょっとだけゴム風船のようにへこんで跳ね返す感覚があったものの、そのままズポッと壁の中に入り込んだ。

 入り込んでしまえば後は普通に動ける。

 それどころか、普通より体が軽い。


 中はふんわり明るく、透明な空間が続いていた。

 最下層らしく下は見えないが、上と前と左右は見渡せた。

 少し上の方にところどころ濃い茶色の固まりが見えている。


「ここは……? 壁の、中……?」


『そう。ここは王が作りしダンジョンの土の中。魔力のねんどでできていると思えばわかりやすいかな。実際は王の魔力のかたまりでできているよ』


「……魔力」


『魔を帯びた気の力さ。それで作られているここは、王たちにとっては自分の手足のようなものだろうね。境結壁きょうけっぺきからこちら側のこの土界どかいの中は、王だけは自由に動くことができるよ。出入りする時にちょっと勢いがいるけど、壁でも床でも天井でも全面出入り自由だから。でも、ダンジョン通路でジャンプなんてすると床に埋まるから気をつけてね』


「わ、わかった。気を付けてみる……」


 壁の中って言われなければわからないな。

 スイスイと動けて不思議な感じ。


 さっき走って来た通路と土界とかいう透明の空間の境は、茶色の透明のビニールで仕切られているように見えた。

 これが境結壁とかいうものなのかな?

 茶色の向こう側にはたいまつの通路が見えている。

 あっちからは見えなくてこっちからは見えるとか、マジックミラーみたいだ。


『ダンジョンの入り口まで転移するよ』


 もちろん返事も待たずに、視界が歪んだと思ったら、鮮明に戻った。

 さっきとあんまり変わらない風景だけど、土界の行き止まりがあり、外の光が茶色越しに差しこんでいる。


 そして、足場がフワフワなんですけど!

 これ、浮かんでるの?! いや、足場があるにはある感じなんだけど、ふんばれない。足を動かせば前に進むけど、歩いているというよりは飛んでいる感じ。

 土界、不思議過ぎる!!


 あたしがいる場所は透明に見えているけどダンジョンの壁の中で、横に続いている茶色のビニールシートのトンネルが、ダンジョン通路ということだよね。

 茶色の通路はゆるく曲がりながら奥へと続いている。


 天井の先は土と岩場だから、ここが最上階ってことかな。

 足元は透明で少し下は見えているけど、少しずつ濁ってその先が見えなかった。


『ここがダンジョンの入り口の壁。ごめんね、王。急がせて』


「えーと、もう全然わかってなくて、何から聞いたらいいのかわからないくらいついていけてないんだけど、王ってあたしのこと? 君はさっきのリスの子なんだよね?」


『そう。王はキミのこと。ボクはカーバンクルのアルマンディンに宿る精霊。今は王のサークレットになって、仕事の補助をしているところだよ。王は魔力を持っているけどまだ使い方がわからないだろうからね』


「その魔力とかいうのをあたしが使えるの?」


『もちろん。この中でなら王はよ。その境結壁に手をあててみてくれる?』


 茶色に手をあてると透明の部分と違って感触がある。ゼリーとか寒天みたい。


『外側に小さいでっぱりを作るように思い浮かべてみて』


 壁にボールがめりこんだような感じでいいかな?

 思うとすぐに手のあった場所がぷうっとふくらんで、サッカーボール大のでっぱりになった。


『そうそう。そんな感じ。ね? 王にとっては手を動かすくらいのつもりで使えるよね?』


「かんたん過ぎて使った手ごたえがないよ」


『そういうものなんだけど、キミは特に魔力が強いかもしれない』


「そうなの?」


 ここにきて意外な才能発見されるってやつ?

 なんか実感ないけど。


『ボクは思い浮かべるだけじゃ魔法を使えないから、王の頭の中で唱えさせてもらうよ』


「わかった。いいよ」


『そろそろお客さんも来るだろうし。とりあえず王はボクが言う通りに動いてくれればいいからさ。終わったら説明するよ――ほら、来た!』



 見ると、入り口から中をうかがっている人影があった。

 一、二、……五人。

 それぞれ手に武器を持ち、V字の隊形で恐る恐る足を踏み入れていた。


 あたしは茶色のグラデーションに色づいている人たちを、土界の中から眺めていた。


 どういうことなんだろう。

 さっきお客さんって言ってたよね。

 出て行っておもてなしとかするのかな。

 それとも、ダンジョンに押し入って来た敵としてやっつけるのか。招かれざる客ってやつ?


 ……それにしても……。


 ここ、ダンジョンって言ってたよね。村人たちがありものを装備して乗り込んで来ました感が満載なんだけど、大丈夫なの?


 先頭の二人はショートソードを腰からさげてるけど、体は服の上に革の胸当てだけだ。

 その後ろの人達は胸当ても付けていなくて、普段着に弓を持った子どもと、ロングスタッフ[長杖]を持ちぞろりとしたローブを着た人。

 一番後ろの人なんてワンド[短棒]を持った白いワンピース姿だ。


 これは装備と呼ぶのも図々しいレベル。

 間違いなく、最初の村で売っているやつでしょ。

 コスプレイヤーレイヤーだってもうちょっと防御力のありそうな服を着てると思う。


 ゆっくりと進む彼らに合わせて、あたしも土界の中でふわふわするすると進んでいく。ううう、慣れていく自分がコワイ……


「……声、出しても大丈夫?」


 小さい声で聞いてみる。


『外の声は聞こえるけど、こっちの声は聞こえないよ』


「これが、お客さま?」


『そうだよ。ここの洞窟は元々ノームの王が管理してるんだ。王が配置するダンジョンモンスターで戦闘の経験をつめるようにして、宝箱の中にはノームの宝を置いて冒険者達を集めていたんだ』


「入場料を取っているの?」


『入場料っていうものじゃないけど、ノームの王へ貢ぎ物を納めたい人は、山の入り口の祠に納めているね』


 ふうん。ノームの王ってダンジョン経営をしてるんだ。


『先代の王がいなくなって管理されないまま荒れてしまって。魔物が棲みついてしまったんだ』


「ぉぅ……」


『こんな状態なのはこちらの不手際だからさ。今来ている子たちが死んだりしないように、手伝ってくれる? どうしても無理そうな時に手を貸してあげてほしいんだ』


「うん、あたしができることなら。そういえばどうしてあの人たちが来るのがわかったの?」


『山の入り口の祠と感覚が繋がっていてね。見えるんだよ』


 へぇ、便利!

 玄関チャイムのカメラみたいなものか。


 彼らが緩く曲がったカーブを進んでいた時。

 カチッ。

 スイッチが入れられたような音がした。


『罠が……!』


 通路の右側の床がザッと崩れ落ちて、マンホールほどの穴が開いた。

 ちょうど穴の上に差し掛かっていた一番前の人が、そのまま片足を突っ込んだ。


「あっ……あ!!」


 パーティの他の人たちとあたしが見ている中、その人は穴へ落っこちていった。


 危ない……!!


 気持ちがそっちに飛んだと同時に、あたし、落とし穴の横まで転移していました?!

 落ちた人が横に見えていて、パーティが上に見えてる!


 境結壁のすぐ向こう側で、男の人が「いでで……」と身動きした。

 生きてはいるみたい。


 ちょっと高さがあるから、上って戻れるかは微妙だな。


『その子を助けて欲しいんだけど、土界の中では、王が触れていないと土の中に閉じ込められてしまうんだ。だからその子の体のどこかを掴んで、絶対に離さずに入り口に転移して』


 転移、自分でできるかな……。


「わかった、やってみる」


 穴底の下へちょっと移動して、境結壁から手を出した。

 落ちた人の腕を両手でしっかりつかみズルズルと境結壁の内側に引っ張りこむ。

 そのまま入り口近くの光を思い浮かべて、意識をジャンプさせる。


 よし、ちゃんと転移できた!


 立った体勢になったのを確認して、掴んだままの腕を引っ張り境結壁から外に出た。


 入り口からの光が差し込む場所で腕を離すと、驚いた顔であたしを見ていたのは背の高い黒髪黒目の青年だった。

 クラスメイトにでもいそうな感じがする男の人だけど、こっちを見ている視線だけがどきっとするほど強い。


『王! 他の子たちも危ないから早く戻って!』


 はーい!

 立ちつくしたままのこのお兄さんもちょっと心配なんだけど、言われるがままにまた壁に飛び込んだ。


「あ……まっ……!」


 今、何か後ろで言った?


『転移!』


 飛ばされた場所のすぐ頭上。

 魔物らしい毛の足が四組と、向かい合った靴底が見えた。

 一触即発。

 今、まさに戦いが始まるところだった。


『ゴブリンの足を引っ張って!』


「どうやって?!」


『足を持って、ダンジョンの土の中に引きずり込む!』


 文字通り足を引っ張るってことか!


 茶色の境結壁からニョッと手を外に出し、魔物の足を掴む。

 と、途端に床が重さに耐えられなくなったように、ズボッと魔物が沈んだ。


 当然、毛むくじゃらの足が目の前に。


「ひゃぁぁぁぁぁぁぁあ!!」


 びっくりして手を離すと、魔物の下半身はそのまま土界の中で固まった。

 毛むくじゃらの足の標本のようだよ!

 なんとシュールな光景なのでしょう。


 突然魔物が沈んで、頭上の通路では大混乱が生じている。


「ギーーーー?!?! ギャギャギャ!!!!」


「うわぁぁぁ!!」


「ゴブリンが飲まれた!!」


「お化けだーー!!」


「ギャギャギャギャーッ!!」


「逃げろーー!!」


 ……ええ?

 その隙にやっつけないんだ?


 村人風パーティご一行は、わーっと入り口の方へ。

 魔物グループは、ギャーとダンジョンの奥の方へ。

 それぞれ全速力で逃げて行ってしまった。


 いやいや、ちょっと待って!

 今、めっちゃ倒すチャンスですよー!?


 残されたのは下半身を固められている魔物一匹。


「ギャー! ギャー! ギャーーー……!!」


 悲しげにも聞こえる咆哮だけがダンジョン内に響いていた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る