王、風と戯れる

 外だ!!

 あたしは朝の柔らかい陽光の下で、うーんと伸びをした。空気は少し冷たい。

 山の麓にある獣人たちの町は、木と漆喰で出来た小さな家が立ち並んでいた。屋根は茶色やくすんだ赤色で、木々の枝のすき間から覗いている。

 林の中にあるかわいらしい町だ。


 地下からの出入り口は町の食糧庫の中だった。

 地下に住み、畑の仕事などで地上に出る者も、この出入り口を使っている。何かあった時に、際にも使われるし、そんなことになれば最後に王が出入り口を中から封じるのだと、通った時にディンが教えてくれた。

 大事な場所なので、昼夜問わず必ず二人が詰めているのだそうだ。今日もイタチ族らしき二人が出入り口に立っていて、見送ってくれた。


 あたしたち三人は、街を通って山へと続く道を歩いている。


「あー、たまには外もいいねー。ちょっとお散歩でもしたい気分だな」


「いいですねぇ。仕事終わらせて、散歩しましょう」


「小鹿亭でおやつでも食べていきたいところだっす」


「なにそれ、ステキ」


 少し上って行くと、背よりも少し高いほこらが建っていた。そんなに古そうな感じはしない。建てなおしたのかな。

 中には木の台があり、魔法陣が書いてあった。


『ここが、ダンジョンに行く人たちがノームの王へ貢ぎ物をする祠だよ。作動すると、ボクに分かるようになってるんだ』


 サークレットになっているディンが、頭の中で説明してくれた。ここが玄関チャイムか。便利だなぁ。


「ルリ様、オレとデブラは周りを見張ってますので、祠の方よろしくお願いします」


 ミソルが右手の手甲鉤てっこうかぎを確かめながらそう言い、デブラも両刃斧ラブリュスを掴んで背を向けている。


『この中に入っているお金を出して、王の持ってる鞄に入れて』


「この魔法陣の中に手を入れればいいの?」


『そう。それは王しか触れない結界だよ。ちょっとずれた場所にある箱と繋げているんだ』


 台の上の模様に手を乗せると、すっとその下へ手を入れることができた。


 そのまま腕を突っ込むとジャラっとした感触があり、掴んで出してみるとコインが何枚か手にあった。金貨金貨銅貨。何回か出すと、中は空になった。金貨が多く、銀貨銅貨も入っていたな。大きい金貨もあったような。


 前の王が回収できなかった分が残っているって言ってたから、多分ほとんどがそれ。


 全部斜めがけにしている鞄の中へ入れると、入れた端から消えてしまい、中を覗くと底に魔法陣が描かれていた。


『その鞄の中も他の場所へつなげてあるよ。そのまま入れておきたいものは中についているポケットに入れておくといいよ』


「重くなくて便利だけど、不思議すぎる」


『入り口を繋いでいるだけだから、そんなに難しいことはしてないんだけどね。生成する魔法や動かす魔法の方がよっぽど大変さ』


 そういうもんなのか。まぁ確かに動力を得るっていうのは大変なのかもしれない。

 これで受け取り終了かな。


「終わったよー」


 あたしは二人に声をかけて、サークレットを外し髪を手でいた。

 やっぱりサークレットない方がラクだな。ディンはさっさとリス姿になり、肩へスルスルと上っていく。

 分かれて周りを見ていたミソルとデブラが振り向いた。


「なかなか緊張しただっす」


「誰も来なくてよかったです。今回の勇者の人たちは、来る時間がいつも遅いみたいです」


「やっぱり、その時その時の勇者によって違うもの?」


「結構違いますー。前の勇者の人たちは朝早い時間から来て、宿に泊まって行くこともありました。その前の勇者の人たちは、町に家を借りて住んでいたこともありましたよ」


「じゃあ、今の勇者パーティはのんびりだね」


「そうですねぇ。まだ当代の勇者はなったばかりですから、様子を見ているのかもしれないです」


 家を借りて住むなんていったら、こういう受け取り作業も緊張感あるだろうなぁ。いつばったり会っちゃうか、心配だよね。


「あ、そうだっす、ルリ様。ブレスレット試していってもいいだすか」


 デブラの言葉につられて、ミソルも思い出したって顔をした。


「そうだった。デブラ覚えててくれてありがとうー」


「ここじゃ目立つだすから、あの岩の向こう側に回るだすかね」


「じゃ、そうしよ。あたしもブレスレットの効果見るの楽しみだな」


 祠からは見えなくなる岩の向こう側へ回り、山際に沿って歩いた。

 しばらく歩いたところに木々が途切れて拓けた所があったので、そこで試してみることになった。


 まずは、わりと優しげな名前の「清風の使い手」から。

 デブラがブレスレットを付けた腕を伸ばして「清風」と言うと、爽やかな風がふわふわふわーっと吹き抜けていった。

 これお風呂上りに使ったらゼッタイ気持ちいいヤツ!


「いいだすね!俺っち暑がりだからうれしい効果だっす!」


 ただ、もう一度使っても何も起こらなかった。

 頭の上からディンが、


「ブレスレットに魔力が溜まれば、また使えるようになると思うよ」


 と言った。

 あたしの魔力と似てる。

 一度使って空になった魔力は、時間が経つとまた溜まるってことかな。


 次に試すは「突風の使い手」。

 何が起こるのかちょっと怖い……。

 あたしはミソルの背中に隠れて、その後ろにデブラが隠れた。ディンはあたしの服の中に避難したみたいだった。


「ルリ様、あの……オレのブレスレット、右手につけ替えてくれますか」


「うん、いいよ」


 留めやすいパッチンという金具だけど、利き手につけるのは結構大変だ。

 あたしはミソルの左手のブレスレットを、手甲鉤をはめている右腕へつけ直した。


「ありがとうございます。後ろだと守れないので、前にいてくださいね」


 首を傾げてミソルはそう言うと、左腕でギュッと抱きしめた。


 なっ――――?!?!


 頭上で「突風」と聞こえて、ブワッという音とともに足を掬われた。

 そのまま下から持ち上げられる。

 ギューッと押し付けられているミソルの胸元で首を回し横を見れば、木々の緑が下に見えていた。


 ……飛んだ……?


 持ち上げていた足場の風圧が、唐突に消えた。

 そして、落ちた。

 ゾワリとイヤな感覚を背中に引きずりながら落下していく。


 ひゃぁぁぁあーーーー!!!!


 どこかで「あぁーーーー!!!!」というデブラの声が聞こえていた。


 ガクンという衝撃は背中と膝裏にあったものの、目を開ければ心配そうに覗き込んでいるミソルの顔があって、すっかりお姫様抱っこされて無事に着陸されていた事実を突きつけられるわけでございます!!!!


 怖かったのとびっくりしたのと恥ずかしいのと、あと何か!!

 や、でも、これ、そういうのじゃないから!!

 助けてもらっただけだから! ノーカウント! ノーカンだから!


「ルリ様、大丈夫ですか……?」


 心配げな顔を直視出来ない……!!


「あ、あ、りがと……っ! デ、デブラは? 生きてる?」


 よろよろと腕から下りて周りを見回すと、斧を杖にしてやっと立ち上がるドワーフの姿が見える。


「……生きてるだっす……」


 服の胸元でブルブルしているディンも無事だったみたいだ。

 ちょっと首を傾げて平気な顔をしているのは、ミソル一人だけ。


「……ミソル様はさすがだっす……身体能力の高い獣人族の中でも特にすごいと、若いうちから側近になっただけのことはあるだっす……」


 そ、そうなんだ……。

 腕輪は効果を使える人のところへいったってことか。

 もう一つの腕輪も物騒な効果のような気がするけど、収まるべきところへ収まるのかもしれない。


「でもオレ、おバカって言われてるから、デブラがいないとどうにもならないと思う」


 テヘヘとテレて笑うミソルに、あたしとデブラはちょっとだけ引きつった笑いを浮かべたのだった。



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