王、側近とトンネルへ挑む


「用意をしてきます」


そう言って、ミソルがすくっと立ち上がった。


「用意?」


「はい、なんかあった時用の備えですー。……父ちゃんー! なんか持っていける食べ物ちょうだいー」


厨房の方から「はいよー」と料理長ロイソルの声が聞こえる。

なるほどそういう用意か。

やっぱり側近を長い間やっているだけあって、そういう時はしっかりしているんだな。


「じゃ、ルリ様、食べ物がきたら詰めておいてくださいー。ちょっと行ってきます」


返事も聞かずにミソルは出ていった。いつもながら移動が早いよねぇ。

さっきミソルにぎゅうぎゅうとされたせいか、目が覚めたディンが髪の毛で遊んでいる。


『ほらね、悪い事っていうのはバレるものなんだよ』


「……バレたけど、トンネルには行けるからいいんだよ」


『最初っから、言えばいいと思うよ。王はもっと周りを頼って相談すればいい』


あー……。リスにお説教されてしまった。ディンだって相談もしないでサークレットに閉じこもっていたくせになー。

だけど、全くもってその通りで、返す言葉はない。

でもさ、つい一人でやった方が早いと思うとやっちゃうんだよね。


「……善処します」


「――ルリ様、きんぴら卵できましたよ。持っていってください」


ロイソルが、炒めたゴボウとニンジンを入れた卵焼きを持ってきてくれた。きんぴらはお醤油はなくて塩味なんだけど、おいしいんだよね。きんぴらっていう名前は前の王が付けたらしい。


「ありがとう! あとでいただきます」


王の鞄の中にしまう。温かいうちに王の鞄に入れておけば、食べる時も温かだ。

それと水筒も入れておく。ちょっとピクニック気分で楽しくなってくる。

そのうちミソルが中になにが入ってるんだか、大きなリュックを背負って戻ってきた。


「さ、ルリ様、行きましょう!」


「あ、うん」


ミソルに促されて立ち上がると、手をきゅっと握られる。


「ルリ様、いってらっしゃいませ。ミソル、くれぐれもルリ様を危険な目に合わせないようにな」


「大丈夫だよ、父ちゃん。オレがちゃんと守るからー」


「……いってきます」


しっかりと手を取られたまま、通路を歩いていく。

えーと……これから確かに手を離しちゃいけない土界の中に行くんだけど、今から手を繋いでいる必要ってないような気がするんだけど……。

ちらりと横を見上げると、ニコニコと上機嫌な顔が見える。斜めうしろにはゆらゆらしたしっぽ。

楽しそうだし、まぁいいか……?

恥ずかしいようななんか落ち着かない気持ちのまま、あたしは土界へ向かったのだった。






転移を何回か繰り返し。

ミソルを外境結壁前に待たせたまま、トンネルを埋める土界の最前線まで転移した。

土界の中から見るトンネルは、土界が放つ光とちょこちょこへばりついているヒカリゴケがあるものの薄暗く、先はあまり見通せない。


うーん……だいぶ埋めたと思うんだけど、どこかに出そうな感じがまだないなぁ。

立っている場所付近の魔力をその先のトンネルへ流していく。土界を移動させる感じ。

ちょっとだけなら魔力を吸い取ったままにもできるんだけど、一度出てしまった魔力はあんまり大量には自分の中に戻せないから、移動ね。

土界を押し分けた格好で、そこだけぽっかりと土界じゃない穴ができた。

あんまり狭くても窮屈だし、三畳分くらいのスペースを確保。


ミソルがいても大丈夫な場所を確保してから、待つ場所へと戻った。


「じゃ、行くよ」


「はいー! 楽しみです!」


絶対に入っちゃダメと言われている土界の中へ行くというのに、この笑顔。大丈夫なのかな。

あたしはミソルの手を繋いだうえに、もう片方の手で二の腕をつかんだ。


「……!! ルリひゃ、ま……?!」


なんでそんなかみかみなの。

しっかりとつかまえたまま土界に入り、さっき作りだした穴の前まで転移。一歩前に進めば、土界に囲まれた空間に出た。


「ミソル、もう大丈夫だよ」


「ひゃ、ひゃい! あ、はい!」


カッチンコッチンに固くなってぎくしゃくと動いている。初めて禁断の土界の中を通ったから、やっぱり動揺してるんだ。


「緊張したよね。持ってきたお茶でも飲む?」


いえ、そういうわけじゃ……とかなんとかミソルが言ってるけど、鞄から水筒を出して、カップに注いで手渡した。


「それ飲んで、ちょっと休むといいよ。あたしはトンネル埋めるからね」


正座してお茶を飲んでいるミソルの前で、壁に手をつけて魔力を流し込んだ。顔をつけてないから土界の中は見えないけど、手から出ていく感覚と体の重さで魔力量を見極ていく。これで、三分の一くらいかな。


「先端に行ってくる」


「はい。気をつけて行ってきてくださいー」


土界の中に入り、またさっきのように最前線に転移して土界を動かしてすきまを作って。ミソルを連れてきて、もう一回同じことを繰り返し。


三つ目に作った穴の中で、きんぴら卵を食べることにした。おやつよおやつ。今日はもう作業終了で戻るだけなんだけど、せっかく持ってきたからね。

ピクニック気分にちょっとでも開放感出してみようかと、トンネル側の土界を透明にしてみた。

……うーん、相変わらず薄暗いトンネルの景色で、イマイチの開放感……。

ミソルは透明になった土界の先をじーっと見て、


「……先が少し明るい気がします」


と言った。


「え、ホント? あたしには見えないんだけど」


「はい。地下国の獣人たちは夜目が利くんですよー。オレも暗いところも遠くもよく見えるんです。まだ先だけど、暗いのが薄くなっていますー」


マジか!

せっせせっせと埋めた甲斐があったなぁ。

ここまででやめてもいいんだろうけど、どうせならトンネルの最後まできっちり埋めたいというか、魔王国のギリギリまで埋めて様子を見に来れるようにしたい。

実は魔王国をちらっと見れないかなーって、ちょっと楽しみだったりする! 魔族、どんな人たちか見てみたいんだよね。他の人たちには言えないけど。


明日には終わるかな?

あたしはニマニマしながら、最後のきんぴら卵を口の中に入れた。





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