王、空を見上げた


あたしは動揺を隠しつつ、ミソルの顔を見た。

ちゃんと言わなきゃいけない。もしかしたら、この側近はわかってないかもしれないんだから。


「……元の国にいつ帰っちゃうかもわからないのに、そういうこと言ったらダメだよ」


するとうしろから「……そうだよな。普通そう考えるよな……」とつぶやきが聞こえた。多分、ラクの声だと思う。そうだよね? そう思うよね?


ミソルはそんなあたしたちの前で、ニパっと真夏の太陽のように笑った。


「大丈夫です、ルリ様。ちゃんと作戦はあります! デブラとタクミ様と考えたんですよー。 ルリ様が帰っちゃっても、迎えに行きますから! しるべ様がルリ様たちの国に行けるなら、オレだって行けるはずです。絶対に探しに行きますから!」


…………ああ、そっか。一応、考えていたんだ。

そしてそういう答えを出してくれたんだ。


最初からずっと守ってくれて、まっすぐな好意を向けられて、キライになれるわけないじゃない。

日本に戻ってしまうかもしれないから、考えないようにしていたのに。優しい笑顔も、頼りにしてしまう力強い腕も。

いなくなるかもしれないのに、それでもとなりにいるって言うなら、もう、となりにいてくれないとダメだから。

ずっといてくれないとダメなんだからね!


「……絶対に迎えに来てよ?」


「絶対に行きます」


「待ってるからね?」


「はい」


優しい笑顔の中に強い意志を感じる。

差し出された手を掴むと、やっぱり大きく力強かった。

もしかしたらこの力強さは、世界を超えてしまうのかもしれない。そんな期待をしてしまいそうだった。






「……もう用は終わっただろうか? 女王よ。そろそろ話を聞いてもらってもいいだろうか?」


「ひゃっ。魔王、いたの?」


振り返りそう言うと、魔王は整った顔を悲しそうに歪めた。


「ああ、いたな……。ずっといた。」


そうだよね。いたよね。

それどころじゃなくなって、すっかり忘れてたよ。


「え、えっと、で? 話って?」


「女王が婚姻を必要としていないのはわかった。では、弟君の方はどうだろうか?」


「いい「ルリさん!! 勝手に返事しない! いきなり弟にしたかと思えば男の人と婚姻とか!」」


「いやいや、弟殿。魔国では同性での婚姻は認められていないのだ。こちらの我が従妹いとことはいかがだろうか」


「えっ」


あのツノのお姉さんは魔王の従妹だったんだ。

頭の左右からツノが生え、黒い翼があるものの、さすが超美形魔王の従妹。ビスクドールのような美人さんだよ。

黒い長い髪は波うち、白い肌に、ぱっちりとした赤い瞳がびっくりして見開かれている。その顔がカーッと赤くなった。


「ちょ、ちょっと、魔王様! 何勝手に言ってるんですかぁ! あんなかっこいい人、あたしなんて無理ですよー!」


お姉さんの言葉に、タクミも赤くなった。


「やっ、えっ、俺だって気持ちの切り替えが……。っていうか、弟じゃないし……」


「そうだな、我が従妹よ。あんな麗しい姉弟に婚姻を申し込むなど、そもそも無理な話であったな……。お騒がせして、すまぬ。地下国の者たちよ……」


魔国の二人はしょんぼりとうなだれた。

うーん、魔国の人たちの見る目を問いたいわ。どう見たって、あっちの方が美形なんだけど。


「というか、どうして婚姻とか言い出したの? 結婚しないと滅びるわけじゃないでしょ?」


魔王はこくりとうなずいた。

そして「もちろん、婚姻の有無で滅びはせぬ。だが、滅びの可能性は変わってくるだろう」と、魔国の現状について話だした。




魔国は三方を高い山脈に囲まれ、一方だけが平坦で人も荷も行き来できる立地にある。その拓けた一方は二国に面しており、東側がマーランド国、西側がコッフェリア王国だ。

だが、度重なるコッフェリア王国の魔国への進軍により、マーランド国は付近より撤退。現在は二国が小競り合いを繰り返している。


そういえば、ベリアがコッフェリア王国の東の方の動きが慌ただしいって言ってたっけ。


「今さらだけど、魔王が今こっちに来てて大丈夫なの?」


「向こうには配下の者がいる。長くでなければ大丈夫であろう」


魔王は切れ長の大きな目を、憂い顔で伏せた。

そうは言うものの、心配だと思う。

コッフェリア王国、一体どうなってんの?


「繰り返されるいくさに魔国はもうだいぶ擦り切れていてな。戦地になる辺りでは作物も作れぬ。戦える若い者たちも怪我や疲労で数を減らし、年寄や子どもは奥まった魔王城の近くで不安な日々を送っている。情けないことであるが、魔国は追い詰められておるのだ」


魔国のひどい現状を聞いていると、タクミがおずおずと話しだした。


「……コッフェリア王国も、かなり内情はよくないみたいです……。王都こそ栄えてはいるけど、東の方では兵による略奪もあるとか……」


「そうなの? それなのに、なんで戦したいんだろう?」


「我が国には金鉱があるのだ。それを昔からずっとコッフェリアは狙って攻めてくるのだ」


いやもう、これ、戦争っていうか侵略だよね。

――――そうか。

五百年前のトンネルを使った魔国の侵攻は、もしかしたら起死回生の反撃だったのかもしれない。

実際にどうだったのかなんてわからないけど、立場が違えば見える景色は違う。

ここまで聞いたら、魔国だけを責めるのは違うってわかるよ。


あたしは頭に手をやり、ポンポンとサークレットに触れた。

ずっと何も言わずに話を聞いていたディンだって、きっとわかったと思う。


「――魔王。婚姻を結ばなくても、できることってあると思うよ。ね、ラク?」


突然そう話を振られても、うちの統治長はうろたえたりしませんよ?

ラクは人差し指で丸眼鏡を上げ、「ええ」とうなずいた。


「魔王とやら、ひとまずは、場所を変えましょう。私たちの方も認識を改めないとならないようだ」


人だかりは集会場の方へと動き出した。あとはラクがちゃんと話を聞いて、地下国にいいようにやってくれるだろう。

ノームの王の力が必要な時は言ってねと伝えておく。

トンネルを何かするのなら、あたしの力が役に立つと思う。やれることやりたいもんね。


そして魔国と地下国の初の会合は、両国にとって有意義に終わった。

まだ同盟を結ぶというほどの仲にはなれてないけど、共通の認識が増えたのはよかったと思う。

金鉱は金脈に通じ、将来的にノームの山にも影響が及ぶ可能性があるということもわかった。


話せば話すほど、魔族が理知的でちゃんと話が通じるとわかる。

人族に比べると、獣人族や魔族は少数種族。この先、魔国と地下国は手を取り合っていくのはアリな未来だ。

その一歩に、いざって時の避難場所にトンネルを改造しに行ってあげようかなと思う。


リス姿のディンは割とすっきりした風に、それもいいかもね。なんて言った。

ミソルは、どこでもオレがいっしょに行きますから。って。相変わらずだよね。






それなのに。






目を開ける前に気付いてしまう。

いつもと同じ朝ではないと。

硬い背中に青臭い匂い。もしゃもしゃと頬にあたるのは草――――?


目を開けて起き上がると、よく知っている狭い庭だった。

あの時、ノームのしるべと出会った、あの場所。



――――…………帰ってきちゃったよ。



呆然と見上げれば日差しは強く、どう見ても夏の空だ。

青い空が、あの時からどのくらいの月日が経っているか、あたしに教えてくれていた。





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