王、旅に出る
コッフェリア王国。
タクミの話を聞く限り、なんだか変な国。
あの童話の国のイメージと一致しないんだけど、実際はどうなんだろう。
勇者パーティを見送って、遅めの昼食をとっていたあたしはミソルとデブラに聞いてみた。
「コッフェリア王国へ行くことなんて出来るのかな?」
ミソルは一瞬キョトンして口を開いた。
「出来ますよ。先々代の王は何回か行きました。馬車がありますのでそれで行くんですよ。行きますか?」
リス姿になっているディンが、肩から頭に上ったり下りたり落ち着かない。
「うん。一度どんな感じなのか見に行ってみたいんだけど、いいかな?」
タクミがちょっと心配だっていうのもある。
同じ転移組だし、知った顔だし? なんというか、仲間みたいな感じがしてるんだよね。
「はい。では明日の出発予定で準備してきます……ええと、統治管理室に話して、馬車の予約をして、あとなんだっけ……」
「ミソル様、とりあえず統治管理室に行くだっす。あとの必要なことはそっちで聞きながらやるだすよ。俺っちたちが行っている間に、ルリ様は旅の支度をするだっす。女性の支度は時間がかかるってドレンチ様がいつも言ってるだっす」
「あ、うん。じゃ、お言葉に甘えて」
さすがドレンチ、女子を分かっていらっしゃる。
食堂を後にして、側近たちは統治管理室へ向かい、あたしは寝室に戻った。
ディンが落ち着かなくソワソワとしながら聞いてくる。
「本当にコッフェリア王国に行くのかい?」
「うん、そういうことで動き始めちゃったよ。とは言っても、何をどうしたものやら。ディン、前の王たちは荷物とかどうしてたの?」
「大きい鞄を使っていた王もいたけど、キミのその王の鞄に入れられる物は入れていったらどうかな。だいたいのものは入るよ」
「えっ、お金といっしょになっちゃわない?」
「ならないよ。中は広いから。入っているものも頭の中で見えるし、ちゃんと思い浮かべた物が出せているよね?」
そう言われてみれば、中身は把握できてるし思ったコインが出せてる。
え、何それ、すごい便利。鞄の口に入るものならなんでも入れておけるってことだよね。
あれ、そういえば、何日くらい行くんだろう。
どのくらいの着替えを持てばいいのかな。っていうか、お泊りだよね?馬車で四時間くらいって聞いてるもん、日帰りってことはないよね。うーん……。
着替えが入っている木の皮を編んだ箱の前で途方に暮れていると、トントンとノックがされた。
返事をすると、ポポリと見たことのないスラリとした美人さんが入って来た。
こげ茶色のショートカットの髪で、人族と同じ耳の他に頭の上には小さい獣耳がのぞいていた。イタチ族の耳より先がピンとしている。そして大きな目に黒い瞳。
首元の黒いチョーカーが大人っぽい印象だ。
「あ、ポポリもう来たんだ。おはよう」
「おはようございます、ルリ様。こちらはもう一人の侍女のベリアですわ」
ああ!この子がベリア!
確かに腕にはあたしが作った革紐の三連ブレスがつけられている。
「王様、初めてお目にかかります。ベリアでございます」
胸に手をあておじぎをする様子は落ち着きがあり、洗練された感じ。
「はじめまして。いつもありがとう」
そう言うと、ベリアは無表情だった顔をにっこりとさせた。
わぁ!美人さんの笑顔は華がある!
「ルリ様、申し訳ないのですが、私は日の光が苦手で旅のお供ができませんので、今回はベリアがお供につきますわ。側近侍女の中で一番年上ですし、コッフェリア王国で仕事もしていたので、安心できると思いますの」
「わかった。よろしくね、ベリア」
「おまかせください、王様。さっそくお仕度を始めましょうか、ポポリ」
「そうですわね。ルリ様はちょっとそちらでアルマンディン様と遊んでいてくださいませ」
あっ、なんだか体よく追い払われた気がする!
ディンと紐で遊んでいると、荷物は小型のトランクにどんどん詰められてあっという間に終わったもよう。
侍女ズが有能過ぎます! あたし、何もできないダメな子になってしまいそう。
「王様、あとは向こうでコッフェリア式の服を買いましょう」
服とかアクセサリーとかここと違うのが売ってるってことか!
ベリアの言葉に期待がふくらむ。
あとは明日を待つばかり。楽しみだなぁ。
だんだんと明るくなっていく空の下、両脇に木々の茂る街道を馬車はゆく。
二頭立ての箱馬車は、御者席にミソルが乗り、中にはあたしとベリアとデブラが乗っていた。ディンは膝の上で眠っている。朝早かったからね。
乗り物に乗るって久しぶりだな。
馬車はそんなに早くなくて、自転車くらいの速さに感じた。窓から見える森の風景も楽しめる。
この街道は地下国の山から北へ通っている道で、つきあたりは丁字になっており、コッフェリア王国とロイターム国をつなぐ街道へ繋がっている。
デブラは内ポケットから懐中時計を出して、時間を確認した。
あっ! 懐中時計あるんだ。
あたしの視線に気付いたデブラが「ルリ様、時計に興味あるだすか?」と聞いてきたので、コクコクと頷いた。
「前にいたところは時計が普通にあったんだ。だから、実は時計がないとちょっと落ち着かなかったんだよね」
「そういえば、時計は昔の王が持ち込んだものを基に、細工族が作ったって聞いてるだっす。これは今回、執務管理室から借りたものなんだっす。時計は高価でなかなか買えないものだすが、王のは武器庫にしまってあっただすよ」
「もっと早くに言えばよかったな。帰ったら出してみる」
「毎日ちゃんと管理している大きい振り子時計は、作り族の作業場にしかないだすから、合わせにくるといいだすよ」
「え、そんなのあったっけ?」
「入り口すぐの場所にあるだすな。案外、見落とす場所かもしれないだっす。――もうそろそろブランの町に着くだすよ。町で休憩するだっす」
この辺って空白地帯っていうから、なんにもないのかと思ってたよ。
「空白地帯って言ってたけど、町があるんだね」
あたしがそう言うと、ベリアが説明してくれた。
「コッフェリア王国とロイターム国を繋ぐブラン街道は、いくつか町があります。それらの町は国に属していないので税は払わなくていいのですが、賊などからは自分たちで身を守らないとならないのです。良いことも悪いこともありますが、主要二国間を繋いでおりますから人通りも多く商売をやりやすいのでしょうね」
なるほど、勉強になります!
ブランという町は、街道名になるくらいだから中でも大きい町なんだろう。
町の姿が見えないかと窓の外を見ていると、先の方に灰色の壁のようなものが見え、馬車はスピードを落としていった。
街道を横切り、開いている扉をくぐって壁の中へ入り、そのうち馬車は止まった。
ここが町の中かな。
背の高い壁の裏側で、他にも何台か馬車が止まっているのが見える。
外から馬車の扉が開けられると、いつもより厚地のしっかりした服を来たミソルが手を貸してくれた。手袋をつけた手に触れると冷たい。
御者ってきっと寒いんだよね。持ってきた熱いタンポポ茶飲んでもらおう。
「ありがとね、ミソル。寒かったよね? おつかれさま」
「大丈夫です。ルリ様こそ、おつかれさまでした。オレとデブラが馬を休ませている間、よかったらベリアと町を見てきてください。王たちが好きなパンが売ってますよ」
「パン!!!!」
うわーーー!! その単語久しぶりに聞く!!
おイモも好きだけど、パンうれしい! 食べたい!
「じゃ、行ってくる!! おみやげ買ってくるからね! あっ、ミソル、熱いお茶飲んでね!」
あたしはディンをつかんで、見張りが立つ町の入り口の方へ走り出した。
「お……ルリ様!待ってくださーい!!」と、うしろからベリアの声が聞こえていたような気がしたけど、足が止まらないんだよー!
恐るべしパン!!
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