王、封印の先へ

 アースドラゴンを土界に封じ込めた数日後、あたしはダンジョン第五層の土界の中にいた。土界の中からなら透明なダンジョンが見渡せる。視線の先には封印の結界、その先の土界も見えていた。


 ……いない……。


 あのダンゴムシのような姿はその先に見えない。代わりにぽっかりと巨大な穴が開いていた。

 ……アレの形のトンネルだ。じゃ、土界に埋められて黒い砂になったんだ。


『ほら、死んでただろう?』


 ディンがちょっと得意気に言う。

 うん、たしかにいなかった。

 あたしはほっとして土界から出た。


「いなかったよ」


 ダンジョン通路で待っていたミソルにそう言うと、手甲鉤が付いた右手が翻る。


「そうなんですねー。では、そこまで掘ります」


 結界は外からの侵入を防ぐものだったから、こちらからの侵入は大丈夫なはず。


 魔法陣の厚みは五十センチくらいで外境結壁の厚みが二メートルくらい。そのくらいあたしの魔力でも穴が開けられるんだけど、余計な所まで壊されるとディンに止められたのだ。失礼しちゃうよね!


 すごい勢いで手甲鉤を振るっていたミソルは、高さ一メートルくらいの穴を掘りながら土界の土をかき出して潜っていった。


「ルリ様! 向こう側に出られましたよ!」


 たいして待たずに穴の中から声が届いた。


 あたしは中腰で進み、穴をくぐり抜けるとぽっかりと空いた空間へ出た。

 天井高いなぁ。

 思わず見上げる。

 ダンジョンの天井よりもかなり高く、封印の結界で閉じていた面積よりも広い。


 こんなでかいのがすぐ近くにいたなんて……。

 いまさらながら、ぞくっとする。


 結界よりも大きいってことは、トンネルが大きいってことだよなぁ。


 先に来ていたミソルが空間の先の方で、しゃがみこんでいた。


「どうしたの?」


「これが核だと思います……水晶でしょうか」


 ミソルの視線の先にはサッカーボール大の透明な塊があった。水晶とは違うチカチカとした輝きが面に見えている。カクカクとしていびつな形だけど、不純物はないキレイなソレはもしかして――――?!


「鑑定」


【鉱物:ダイヤモンド】

 *魔が抜けて無垢な状態

 *通常の物より魔を帯びやすい

 〇価値:高


 ダイヤモンド!! 日本の女子が大好きなダイヤモンドですよ!!

 元素記号C! 炭と同じくせに魅了の輝きを持つ宝石!!

 めっちゃでかいよ! これで何作る?!

 これだけあれば、塊に穴をあけてダイヤでできたドーナツ型ブレスレットとか、オールダイヤモンドを入れたティアラとか!!


「……様? ルリ様!」


 妄想の海に羽ばたいていたあたしを、ミソルが揺らしていた。


「あ、ごめん。これね、ダイヤ! ダイヤモンドだよ!」


「ダイヤモンド、ですか。聞いたことはあります」


 ミソルはピンとこない様子で首を傾げている。

 地下国ではあんまり使われないのかな。まぁ、ダイヤモンドの美しさってカットによって引き出されるし、それが知られるまでは価値も高くなかったらしいしからなぁ。


「あたしがいた所では、人気の石だったんだ。ブライダルジュエリーとか結婚にまつわる指輪はこれが一番人気なんだって」


「け、結婚ですか……!」


 なんか赤くなってる。


「ルリ様もそういう指輪が欲しいのでしょうか……?」


「あー、うん、そうだね。婚約指輪はいらないけど……結婚指輪はプラチナのシンプルな甲丸デザインで小さいダイヤが一粒入ったやつがいいな。ダンナさんのは石が入ってないやつで、裏側にお互いのイニシャルが入った刻印入り。裏側に誕生石のカラーストーン入ってるのもいいけど、表側はやっぱりシンプルに白一色なのがいいかなぁ」


 はっ。めっちゃリアルにペラペラと語ってしまった……。

 普段、父ちゃんの仕事で結婚指輪よく見ているから、自然と好みが固まってきちゃっててスラスラ口から出ちゃったよ。

 彼氏もいない女子高生のクセに恥ずかしいことした!

 はっとミソルを見れば、なんかブツブツ言ってる。


「……プラチナ……ダイヤ……覚えておかないと……」


「ミソル?」


「あっ、いえ、なんでもないです! これ、オレが持って出ますね」


 しっぽをクネクネさせながらミソルがダイヤを抱えている。

 軽そうに持ってるけど、重くないのかな。


 あたしはこの先どのくらいまで土界が詰まっているのか知りたかったので、「ちょっと待ってて」と言って、土界の中へ入った。

 中に入って見てみれば、土界が詰まった空間はなかなか高さがあった。前方の方は全く見えない。

 見える一番先を目指して転移して、またそこから見える一番先まで転移して……を繰り返して、土界の端までたどり着く。結構来た気がするぞ。


 先にはトンネルが続いているようだった。

 土界が放つ薄明かりが届く範囲までは見えるけれども、灯りがないその先は全く見通せない。そして生き物の気配も感じられない。


 ここはどの辺りなんだろうなぁ。と思ったところで、わかるわけもないしわかったところで何ってこともないんだけど。

 地下国から魔王国までを挟む山脈は、日本の南アルプスくらいの幅くらい。ここは山梨から長野に抜ける距離の途中ってことだ。


 先がよく見えないし、もうちょっと埋めておこうかな……。

 知られたらきっと怒られるよなぁ。

 ちらりと心配性で過保護の側近の顔が思い浮かんだけど、ちょっとだけなら大丈夫だよね。


「ディン、ナイショにしておいてよ?」


『キミときたら全く……』


 あきれたような声を聞いて壁に手を当てた。

 ちょっとだけちょっとだけ……。

 余力を十分に残すくらいゆるーっとトンネルの空間に魔力を放出して、何食わぬ顔でミソルのところへ戻った。

 このくらいずつならなんてことないなー。

 毎日少しずつ土界を詰めていこう。


 魔王国までのルート、あたしが握って押さえておけば安心だもんね!





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