勇者の裏事情2
勇者、街を出る
「……勇者サマ……」
小さなでも確かな声に、俺は起こされた。
なんとか目を開けて見上げれば、ベッドの横にランタンを持った白い服の女の人が立っている。
(――おばけ?!)
心臓が縮み上がって瞬時覚醒した。
おばけはランタンを持ったままベッドの上に乗り、俺に近づいてきた。
「勇者様、獣人の町に泊まるなんて考え直してくださいませ。あんな所へ行ったら、このような楽しいこともできなくなるのですよ……?」
伸ばされた指が手を握ってくる。
灯りに照らされたブロンドが縁取る顔は、ニタリと笑った。
――――!!!!
身の毛もよだつとはこのことか!! これ、なんのホラーだ!!
脱兎のごとくベッドから逃げ出し、トイレの個室へ逃げ込んだ。
鍵をかけ、力づくでぶち破られないように、全身で抑え込む。
「勇者様?! 勇者様!!」
扉がガクガクと揺らされるが、け破るほどの力はないみたいだった。
はぁ、びっくりした……!!
これはもしかして夜這いというやつ?
獣人の町に泊まるなって言ってたな。王子の差し金か。
揺らされる扉の向こうに声をかけてみる。
「……ねぇ! 俺、そういうの興味ないから! 帰りなよ!」
「そういうわけにはいきませんわ! このままおめおめと帰れるものですか!」
そうなのか。まぁそうだよな。
でも無理だ。
王子と聖女のせいでブロンドアレルギーになったから、近寄られるのも無理だ!
お前らのせいで、今後一切ブロンドに夢を見られなくなったじゃねーか!
俺は心の中で盛大に悪態をつくしかできなかった。
止め金具をやられてしまわないように取手を掴んだまま、寝れない夜を過ごした。
翌朝、謁見が行われる広間に入るなり、俺は怒りもあらわにサンバー王子に詰め寄った。
「殿下!! 昨夜のアレはなんですか?!」
「……はて、昨夜のアレとはなんのことかさっぱりわからぬが、もしや忍び込む者がおるのなら、勇者殿に王国にいて欲しくて気を引きたいのであろう」
これは白状したと思っていいよな。
バレると都合が悪いからかご丁寧に人払いまでしてある。
やはり昨日の遠征報告会で、獣人の町に泊まりたいと言ったのがまずかったのか。
「迷惑なのでやめていただきたいのですが」
「だから、なんのことやらわからぬと言っておるではないか。ハハハハ。勇者殿、英雄は色を好むもの。そういうことがあっても我は気にしないぞ? 照れずに楽しむがよい」
言葉が通じない! ぶんなぐってやりてー!!
俺は英雄じゃないし、色は選ぶんだよ!!
「勇者殿は疲れているようだから、ゆっくり休むがよい。疲れがとれて城での暮らしが気に入れば、獣人の町に泊まりたいなどと思うこともなくなるだろうよ」
王子はニヤっと笑った。
これは脅迫だ。
が、こいつが関係ないという立場を装うなら、これ以上言っても仕方がない。
踵を返して広間を後にした。
街へ行って、扉の止め金具とドライバーを買って来よう。四つくらい付けておけば大丈夫か。
こんな異世界にまで来て、建築科の作業みたいな仕事をさせないで欲しいところだ。
そんな王子との攻防戦は数日にわたって繰り広げられた。
次々と忍び込んでくるブロンドたちに、城の自室は昼も夜も安らげる場所ではなくなった。
寝不足でフラフラしながらいつもの食堂へ行き、獣人のユナドとドワーフのドリーが飲んでいる席に邪魔して、酔っ払いを装ってテーブルで仮眠を取るのが日課になっていた。
ある日、ひと眠りして起きた俺に、二人はこんな話を聞かせてくれた。
「……聞いた話だけど、前の勇者たちは獣人の町に泊まりながらダンジョンへ行っていて、ついに帰らなくなったらしいぞ」
「勇者の剣だけ城に戻ってきたって、おとうが言ってた」
「……それで、向こうに泊まらせたくないってことか。前の勇者ってその後どうしたんだろう」
「ロイターム国へ移り住んだって話もあるが、本当かどうかはわからんな。自分の世界に帰ったっていう噂も流れたからな」
ユナドは声を潜めた。
「勇者に関してはあの王子に一任されているらしいんだが、前回は逃げられて今回もまた逃げられたら……。王太子ではなくなる可能性があるって話も出ている」
それで王子が警戒しているのか。
自業自得だ。
その後、三人の話し合いの末、とりあえず泊まらずにゲノーシスの山へ行くことで現状打破をしようということになった。
後日、ユナドが王子と交渉した末に、久しぶりに行ってルリさんに会った。
結果、それが突破口となった。
◇◆◇
朝、目を覚ますと、胸につけていたはずのお守りがなくなっていた。
眠りの中でパン! という破裂音を聞いた記憶もなんとなくあるような。
とにかくこのお守りが使われたということは、なにかの危険が迫っていたということだ。
あー!! もらったお守りが全部なくなったじゃないか!!
せっかくのルリさんの作品が!
松高部長のルリさんは神出鬼没で、なぜかいつもの食堂にいたりしてびっくりする。
元気そうだし楽しそうだよな。昨日もしてやったりみたいな得意気な顔で手を振っていて、憎たらしいくらいだった。
いっしょにいた獣人の男子はおっとりとした雰囲気だったけれど、服の上からでもわかる筋肉で腕っぷし強そうだった。ボディガードなんだろうか。
大事にされてるみたいで安心する反面、なんとなく胃の辺りがモヤっとする。
ルリさんが王子が言うところのダンジョンマスターとかいうのに、無理やり働かされてるような感じはしない。
それどころか、相変わらず好き勝手に作ってるよな?!
こっちの言葉がわかるようになる指輪だの、危険から守ってくれるお守りだの。
昨日もらったこの革のブレスレットも、きっと助けてくれる。
縫い目もなく編みこまれた不思議なデザインのブレスレットを、枕元から取り上げて左腕につけた。
とにかくもう安眠のお守りはない。
どうにかしなければ。
「殿下!! これ以上、身の安全が守られないようなら、考えがあります!!」
俺はまたも謁見の場で王子に詰め寄った。今回は本気だ。持ち物を詰めた鞄を背中にかけサーベルを腰に下げている。
面の皮が厚い王子も、さすがに少し顔色を変えた。
「ゆ、勇者殿よ、とりあえず落ち着け。我はなんのことだかさっぱりわか――」
「では、俺からの要請です。部屋に危険な者が侵入するため、扉に見張りをつけて欲しい」
「この城内に危険な者など入るわけないではないか。勇者殿の気のせ――」
「わかりました」
俺はその足で城から出て行くつもりだったが、最後に置き土産だ。
なにがおこるかわからないと言われた腕輪を、人気のない壁に向かって突き出した。
もうなんでも起こりやがれ!!
「――
一瞬、吸い込むように逆流した風の圧が一気に突き抜け、ドゴーーン!! ガシャーーーーン!!!! と、窓ガラスと壁をぶち破った。
二メートルほどの大穴から、外気の風がフワーっと入ってきた。
…………え…………?!
俺も王子も呆然と立ちすくんだ。
どのくらい経ったのか。
扉の方から「なにが爆発したんですの?! 危ないですわ! みなさま避難を!!」と声が上がり、我に返る。
にわかに騒然として避難する人たちに混ざって、俺は誰かに腕をひかれて部屋から出た。
腕をひいてくれた誰かは俺の手に何かを握らせて、いつの間にかいなくなっていた。手の中にあったのは、全部なくなってしまったはずのお守りだった。
ルリさん?!
そういえばチラリと見えたあの顔はルリさんだった気がする。帽子被って眼鏡かけていたけど、多分。
周りを見回してみても、城の人たちが右往左往していて、よくわからない。
俺はルリさんを探して、人の間を縫って歩いた。開け放たれた扉から庭へ出ても見つからず、裏の廊下の方へ行っても見つからない。
変装していたみたいだし見つけるのは無理かなと思ったけど、それでも周りを見ながら通用口へ向かい、城を出たけど見当たらなかった。
このまま街に行ってしまおう。
いっそこの国を出て、グノーシスの山を攻略する冒険者になってもいい。
モンスターの落とす石を売ればそこそこ稼げるから、暮らしていけるはずだ。
いつもは城の馬車で行くから山まで行けるけど、駅馬車はそこまで行く便はない。
確かロイターム行きの便が途中のブラン町に停まるって聞いたから、とりあえずそこまで行こう。
城を後にして、いつもの食堂でユナドとドリーに言った。
「午後の便の駅馬車で、ブランへ行こうと思う」
二人はあまり驚かなかった。
「ワタシも、行く」
「わかった。アタシはすぐには向かえないけど、こっちを片したらすぐ行くよ」
「え、そうなのか?」
報告するつもりで寄ったのに、付き合わせることになっちゃったか。
二人はニヤっと笑った。
「時間の問題だと思ってたさ。アタシもドリーも支度は進めてたんだぞ」
「荷物、取ってくる。ごはん食べて待ってて」
ドリーはそう言って店から出て行き、ユナドはエールをぐっとあおって、ジョッキを置いた。
「知り合ったのもなにかの縁だしな。楽しくいこう、タクミ! ただ、最後に、あのバカ王子と交渉してくるから、先にブランの町に行っててくれ」
交渉してくると言ったユナドの顔がちょっと怖かったけど、俺は「よ、よろしくな」と答えた。
決まってしまえばすっきりとして、もっと早くに決断すればよかったと思うくらいだ。
ほっとしてお腹がすいてきた俺は、店主のおっちゃんに「焼き豚リンゴソース大盛で!」と頼んだ。
コッフェリアで最後になるかもしれない食事。
このおいしい料理が食べられなくなるのだけが心残りだな。と思うのだった。
第三章 完
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