第二章 ダンジョンの秘密

王・ルリの地下日誌2

王、イジワルになる

 かわいそう……!!


 あたしは、資料室という名の図書室で、コッフェリア王国に言い伝わる物語を読んでいた。

 王国の子どもにはよく知られた童話だとか。


 鼻をぐずぐずさせながら、リス姿のディンをぎゅうぎゅうと抱きしめた。


「違うから! 王! それ、違うからね!」


 胸元でなんか言っている。


「何がどう違うの」


「いろいろと違うよ。だいたいボクは消えてないじゃないか」


 まぁ、確かにそう。

 でも、全部違うって言わないってことは、きっと合ってることも多いんじゃないの?


「じゃあ、どこまでがあってて、どこからが違うの?」


 ディンを両手で持って、目の前に上げる。

 何か都合の悪いことでもあるのか、ディンは顔を背けた。


「いろいろと違うの!」


 ほう、強情なヤツめ。

 コチョコチョの刑に処す! と思って手をちょっと緩めた隙に、逃げられた。

 肩に飛び乗り、後頭部にしがみついている。

 それ、無理に取ったらハゲるやつ……。

 あたしは仕方なく追及するのをあきらめた。


 本を棚に戻し、資料室を後にした。

 側近たちと別行動の時間も増えて、今日は一人で中央執務区を歩いている。

 ここはいつも人通りが少ない。

 統治管理室の中には、人がいっぱいいるのにね。




 また地図を見ようと思って統治管理室へ入ると、午前中なのに統治長のラクがいる。

 おさの机で書類を読んでいるみたいだ。

 夜行性なのにこんな早くから仕事してるんだ。忙しいのかな。

 いつも午前中はいないのに。

 ふうんと思いながら、応接セットに陣取って地図を広げた。


 大陸のほぼ中央を、北東から南西に横切る長い山脈。

 その中のひとつの山に、地下国がある。

 南側の背に山脈があり、前には狭い平地があって、その北はまた山地になっている。


 コッフェリア王国の王都は、山脈と山地の間を通り、北東方向へ馬車で四時間ほどの場所にあるらしい。

 大昔はこの山の麓までコッフェリア王国だったらしいけど、今は空白地帯となっていて、どの国のものでもないことになっていた。


 空白地帯を挟んだ南西側にはロイターム国の砦があり、その先には国が広がっている。


 コッフェリア王国、なかなか遠いよね。馬車で四時間って。

 この遠いところへ、わざわざ勇者たちは来るんだ。

 その価値があったってこと?

 ダンジョンやお宝がそんなに魅力的だったってことかな。


 あれ? そういえば、勇者パーティの装備ひどかったけど、このダンジョンから前に出た装備とかは使えないのかな? 前の勇者の装備とか。


 んー? と、顔を上げると、ラクと目があった。

 そういえば、ミソルが分からないことはラクに聞けばいいって言ってたっけ。

 ラクはぎこちなく目をそらしたけど、あたしは近づいて声をかけた。


「あの、聞きたいことがあるんですけど」


「な、なんだ?わ、私は暇じゃないぞ」


 せわしなく手元の書類をめくってるけど、なんだ?って聞いてくれたし、聞いてもいいんだよね?


「前の勇者がどうしてるのかなんて、わかりますか?」


「それはわからんが……前にダンジョンの宝箱に入れて勇者の手に渡ったとされる装備が、ロイターム国の闇オークションに流れていたという話を聞いた」


「それって……どういうことなんでしょう」


「どういうことだろうな。遺品なのか盗品なのか、もしくは本人たちが出品したのか。それ以上は推測の域を出ないことだが」


 どっちにしても、オークションに出されるような安くはない装備が、最終的に国のものにはなっていなかったってことだ。

 宝箱から出てきたものは、国に渡し代々勇者などに持たせるようにはなっていないんだね。

 ダンジョンで出たものは個人の財産ってことか。

 勇者パーティの装備のひどさの原因が少し分かった気がする。


「……ロイターム国ってどんな国ですか」


「あの国は、珍しい王がいない国だ。市民から代表を出し、まつりごとをおこなう。良くも悪くも活気があるな。私たちとも取引がある」


「獣人やドワーフもいるんですか?」


「いる。ドワーフは多い。エルフはあまりいない」


 エルフもいるんだ。ドワーフがいるならエルフもいるか。西洋ファンタジーの花形だよね。会ってみたいなぁ。

 ドワーフが多くて民主主義って、ちょっと日本に似ている気がする。

 

 そして答えながらもこっちを見ないラクに、あたしはだんだんイジワルな気分になってきた。


「この地下国も、王はいなくていいですよね? 実質的な運営はここがやっているし、ダンジョンが閉鎖してても経済的に困らない。違いますか?」


 肩のあたりで、息を飲む気配があった。

 ラクはとうとうこっちを見た。

 今、初めて、あたしをちゃんと見た気がする。


「……違わない。王がいなくても国は回る。だが、いなくてもいいということではない」


「王がいなくても国は回るのに、若い王ならいらないってどういうこと?」


 あたしは口をギュッと閉じて、そのままラクを見ていた。

 だって、おかしいよね? 王がいなくても国はちゃんと動くのに、若いのはダメって。


 ラクは視線を落とし、銀縁の丸眼鏡を外した。眉根をぐりぐりと揉んでから、こっちを見る。


「だから、若い王など嫌だったのだ」


 困ったような苦笑が隠れているような、そんな顔だった。

 そして、ぽつりと言った。


「……私のわがままだと思ってくれていい」


 ずるい。大人はホントずるい。

 そう言われたら返せる言葉はないよ。


 ほんの少しだけにじんでいるもうしわけなさそうな雰囲気に気付いて、クールダウンする。

 あー……、いろいろ教えてもらったのに意地の悪いこと聞いたかも……。


 っていうか、いつも眼鏡の奥できつくなっている切れ長の目が緩むと、イケメンだ……!

 確かに美形だとは思っていたけど、めっちゃかっこいい。


 もうホント、いろいろずるいよね?!


「……好きで若いわけじゃないですけど。答えてくれてありがとうございました」


 くるりと振り返って出口へ向かう。

 その途中で、前に話をした秘書の獣人の女性とすれ違った。


「ラク様の眼鏡を外させるとは、やりますねっ」


「……そうなの?」


「相当困ると、外すんですよぅ」


 言い方がおかしくて、ふふっと笑ってしまった。

 そうか、すごく困ったんだ。そう聞いたら、なんかすっきりした。

 わがままで若いのはイヤとかいうヤツは困ればいい!


「ルリ様、アタシはイタチ族のイーミアっていいます。統治管理室に来たら、声かけてくださいねっ」


 手を振るイーミアの笑顔に送られて統治管理室を後にした。

 首元に、ディンがしがみついている。


「……王は、王がいらないって思うの?」


「ごめんごめん。ちょっとイジワル言ってみただけだから」


 そう言って、ふわふわの毛をなでてみたけど、しがみついたままだ。

 なんか地雷だったのかも。


 王がいらないっていうより、いなくても問題ないよね?って思っただけなんだけど。ダンジョンが動いてなくても、国はちゃんと動いてるし。

 もしかして、ダンジョンってそんなに利益があるのかなぁ?


 ……やだ、あたしって、すっかり資本主義に毒されてるってヤツ?

 うちの母ちゃんバリバリ働いてて、いつももうけもうけ言ってるから、すっかりそんな考えになってた。


 もしかして、利益とかそういうことじゃないのかな。


「王がいるってどういう感じなんだろうね」


 答えが欲しかったわけでもないんだけど、ディンに言ってみた。


「安心する感じです。ルリ様」


 耳に馴染みつつある声が聞こえて振り向くと、ミソルがいた。

 掘り長の所に行っていたはずだから、戻ってきたのだろう。

 ニコリと笑って、あたしの隣まで来た。


「王がいると、大丈夫って思うんです。ルリ様はそこにいてくれるだけで、うれしいです」


「……あ、はい……」


 こんなの照れずに聞けるわけないよ。

 あたしは顔を熱くしたまま、あさっての方を向いた。

 ディンがしがみついたまま頷いているような気もする。


 そういえば、さっきもラクは「いなくてもいいということではない」って言ってたっけ。

 それってそういうことなのかな。


 でも、いてくれるだけでいいとか、ちょっとテレるよね……。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る