王、指輪を作る(2)

 案内されたのは、コポコポと赤いマグマが煮えたぎる炉だった。

 金や銀は、確かに高温で溶かすのだけど、これスペック高過ぎじゃない?!

 ハンドクラフト部の女子高生が、指輪を作るだけにしては、大げさすぎる!

 引きつりつつも、あたしは保護メガネをかけた。


 ミスリルの切れ端とフラックスを入れたを、金ばさみで掴んで炉にかざせば、あっという間にミスリルの固まりになった。


 早っ!! 高性能過ぎ!

 うちでバーナーを使ってやるより楽チンでコワイ!


 人族が作業しているのがめずらしいのか、職人ドワーフがたちが集まって来る。


 親指の先ほどの固まりを金床かなどこの上に乗せ、金づちでコンコンと叩く。冷めて硬くなってきたら、炉にかざして柔らかくて、また叩いて形を作っていく。

 ちょっとだけ根気がいる作業。

 石枠を置く部分を少し幅広な形にするのがちょっと大変だったけど、なんとかリング本体が平たい板状になった。


 次は、丸く曲げていく作業に移る。

 半円にへこんだ金床へ移し、間に金属の円柱を入れて挟み、また叩いていく。

 徐々にミスリルの細長い板は円形へと曲がっていき、最後に輪っかになった。

 端と端をきれいくっつけるのはちょっとむずかしい。

 熱で本体が溶けないように、細心の注意を払ってバーナーでぴったりと溶接する。

 リングになったらやすりで整え、これで本体が出来上がった。なかなかいい感じ。


 あとは金で石枠作り。

 ほとんど同じ工程をもう一度繰り返し、ミスリルで作った本体と金の石枠をロウ付けして叩いて一体にする。


 ここで石の登場。

 ドワーフ族の匠の技でエメラルドカットに施ほどこされた、美しいエメラルドだ。上面の正方形がキラリと輝いている。

 壊れやすいエメラルドを、慎重に石枠へ収めてゆく。

 エメラルドってキレイだけど、中に無数の傷があるという性質から、欠けやすく扱いが難しいんだよね。

 でも高価でなかなか触れる機会がないからうれしいなぁ。


 指輪はもうちょっとで完成するけれども、実はさっきから気になっていることがあった。


 輪の大きさを左右するのが芯がねの太さなんだけど、一番細いものを使ったのに、やっぱりあたしの指には大きい気がするんだよね。

 途中気付きつつ見ないフリをしていたけど、やっぱり親指にも大きい。せっかく作ったんだけど、仕方ない。これはダンジョンの宝箱にでも入れるか。


 途中からどんどん増えていったギャラリーに見られながらも、指輪の形が出来上がった。


 エメラルドの石枠の周りにでコンコンと模様を刻む。ぐるりと蔦の模様を彫って、明かりにかざしてみれば……。


 あれ? なんか思ってたのと違う?


 ミスリルと金のかっこいいカレッジリングのつもりだったのに、手にあるのは何かをしでかしそうなアヤシイ雰囲気の魔法使いの指輪だ。


「鑑定!」


【魔道具:ノームの王の指輪|ランク:AAA】

 *自由言語化

 *ノームの守護

 *物理攻撃力強化 レベル5

 *物理防御力強化 レベル5

 *魔法攻撃力強化 レベル5

 *魔法防御力強化 レベル5

 *神鳥召喚 レベル5


 ランク:AAA?

 え、それってめちゃくちゃ高くない?!


 周りで見ていたドワーフの中に、鑑定のギフトを持った者たちがいたらしく、


「なんじゃこれは?!」


「魔道具だす!」


「おい! 分かるやつ教えてくれ!」


「ランクAAAだってか?!」


 辺り一帯が騒然とした。こんな効果は見たことがない! と作り族が騒然とする中で、思い出した。


 そういえばあの本、あらゆる動植物の言葉が分かり、天使も悪魔も呼び出せる「ソロモンの指輪」って書いてあったっけ……。


 っていうか、まさかそんな大層な効果が付いてるなんて思わなかったから、宝箱に入れよって思ったけど!

 こんなすごいものだったとは!

 サイズが! サイズがぁぁぁ!!

 半泣きのあたしに、大慌てのドレンチとズエルが青い顔をしている。


「分かったわ! すぐ用意させるから!」


「そ、そうだな、嬢ちゃん! すぐ作るだら、ちょっと待ってるだな! ――おら、みな急ぐだよ! 細い芯がね大急ぎで作るだよ!!」


 試しにゆるい指輪を付けてサークレットを外したら、ちゃんと言葉が分かる。自由言語化が仕事をしている!

 そーれーなーのーにー!


 グズグズ言っているとドレンチが「泣かないのよ! アンタはここにある石も地金も好きな時に好きなだけ使っていいから!」と言った。


 やった! 材料使い放題の確約いただきました!


「……ついでに刻印も欲しい……」


「あーもー! 作るわよ! わがままな王ね!」


 作り族の英知を集結してすぐに出来上がった細い芯がねを使って、さくっともう一本作った。

 小さめ長方形のエメラルドを使った、小ぶりのコンビネーションリング。

 石の両脇に葉の模様を刻み込んでハワイアンジュエリーのイメージで作ってみたんだけど……森のエルフの意味深な指輪に見えるのはなぜ……。


【魔道具:ノームの王の指輪|ランク:AAA】

 *自由言語化

 *ノームの守護

 *物理攻撃力強化 レベル5

 *物理防御力強化 レベル5

 *魔法攻撃力強化 レベル5

 *魔法防御力強化 レベル5

 *召喚 レベル5


 効果は最初に作ったのとほぼ同じ。ただ、神鳥召喚が守護獣召喚と変わっていた。

 デザインで変わるのかな?

 もう一本作って試してみたいけど、『今回の王は作り族も呆れる創作狂……!』という評判が立ちそうなのでやめておく……。


 リングってサイズ変更出来るよね? とか言わないで! エメラルドは割れやすいんだから! ただ作りたかっただけじゃないんだからね?!


 ついでに作ってもらった刻印は、ザ・ダイヤモンド!なブリリアントカットを横から見た五角形のデザインにしてみた。「鉱脈を探すのが得意なノーム」からのイメージ。

 それを二本のリングにコンコンと打刻すれば、ルリ印の指輪が出来上がった。






 お風呂上りもサークレットをしなくていいし、朝も寝起きからポポリの言葉が分かる。

 左手の人差し指にはキラリと輝くエメラルドリング。

 いい感じ~~~! と、起き抜けにパジャマのままくるくる踊っていたら、


「―――ボクはどうすればいいの」


 と呆れたような声がベッドの上から聞こえた。

 ディンがちょこんと座ってこっちをじっと見上げている。


「ディンの声も普通に聞こえる!」


「……そう、よかったね」


 ちょっとふてくされてる?

 ベッドからひょいとすくい上げて肩の上に乗せると、あたしのショートボブの髪を掴んで立った。


「あら、手乗りリスみたいでかわいいですわ」


 ポポリが肩の上をしげしげと見て口元を緩ませている。


「……眺めは悪くないね」


 サークレットになっているとあたしが向いている方しか見えないんだって。

 ディンはキョロキョロと周りを見渡してる。気に入ったのかな。

 耳にくっついたり頭の上に乗ったりこちょこちょ動いているのは、好きにさせておこう。

 ディンもたまには自由を満喫したらいいと思うよ。




 朝ご飯を食べ終えて、お茶を飲みながら今日の話を始めた。


「ダンジョンの整備を考えようと思うんだけど……」


「長が寝ちゃうから急いで呼んで来ます!」


 ミソルがあっという間に出ていってしまった。


 寝る時間に呼んだら悪いよ――という引き留めは間に合わず。

 風のように消えていくのを見送るばかりだった。


 すぐに掘り族の長モルドンがミソルに連れられてやって来た。モグラ族らしい長い鼻に小さな目がお茶目な獣人だ。服越しでも筋肉が分かるくらいムキムキ。ドワーフ族もムキムキだし地下世界は筋肉率が高い。


「ダンジョンの整備に入られますか。久しぶりで腕が鳴りますよ」


 これから寝るとは思えない元気さで、モルドンがうれしそうな表情を浮かべた。


「ミソルに聞きましたが、だいぶ崩れていたそうですね。それなら、修理より作り直した方が早くて安全かと思われます」


 もちろん早くて安全な方がいい。

 その場合のあたしの仕事は、ダンジョンの初期化。

 初期化したダンジョンは掘り族が掘って通路を作るのだそうだ。


「王、ダンジョンの配置は何か考えがありますか」


「えーと……今のダンジョンは一本道で、最奥さいおう部に下へ行く階段があるけれども、あれだと面倒じゃないかなって思って」


「……なるほど。前はなるべく通路を長くして色々設置するのがいいという考えだったんですが、確かに来る人には面倒かもしれませんね」


「来る人たちにとっての無駄をなくすというか……一階は一階単独で奥まで分岐やボス部屋などを作るんですよ。で、下への階段は入り口の近くに設置すると。そうすれば好きな階を選んで攻略出来ていいのかなって」


 最近のラノベとかで読む管理されてるダンジョンはこんな形も多い。集客を考えるなら、冒険者が来たいと思うような作りにしないとだよね。


 一階の層を延々と歩いて最奥の階段から下へ降りさせるのは、守りを前提にした作りになっているってこと。父ちゃんの持ってる古いRPGのダンジョンがこんな感じだったっけ。

 攻略する方にとってはイヤな感じの作り。でも、ここはイヤだと思われない方がいいわけだから、さくっと行けるデザインがいいんじゃないかなぁ?


 話はトントンと進み「それはいいですね! やってみましょう」ということになった。いろいろとやってみるのがいいかも。どうせ定期的に配置換えするし。


 王側としても、ダンジョンモンスターが適正な強さの相手と戦うと、戦いが長引く分得られる戦意成分が増える。ということは、王というかあたしへの魔力の還元が増えて美味しい。ということだ。


 勇者パーティの体力作りも踏まえて、第一層部分はしっかり歩く作りにというのも付け足した。


 配置の基礎案が出来たので、後の細かいデザインは掘り族におまかせする。現場のことは現場の方が分かってるはず! なんて、それっぽいことを言ってみたりして!


「ルリ様、ダンジョンの初期化は王の魔力を結構使うはずです。もしかしたら寝る前にした方がいいかもしれません」


「それがいいよ、王。寝れば魔力も回復するからね」


 ミソルが言えば肩の上からディンも言うので、今晩寝る前にやることになった。


「では、夜になりましたらダンジョン前通路で準備しておりますので、王の都合が良い時に来てください」


 初期化が終わり次第、夜行性の掘り族が作業を始めるそうだ。

「がんばりましょうね」と、モルドンは軽い足取りで食堂を出て行った。


 ダンジョンの初期化とかちょっと緊張する。

 あの大きいダンジョンを何もないまっさらな状態にするってことでしょ。すごい大がかりな仕事。

 ディンがいるから大丈夫だとは思うんだけど、王の魔力とか自分ではあんまり感じられないのが不安なんだよね。うーん。




 今日は仕事も早めに終わらせて、食事もお風呂も済ませてしまう。

 そして、ポポリをお供にダンジョンに向かった。


 モグラ族のポポリも夜行性で、朝の支度の後に寝て、夜の王の出迎えから仕事が始まる。

 夜の間は掃除とかちょこちょこ雑用しながら王の居住区のり番をしてくれているみたい。働き者だよね。


 掘り族でにぎわっている土界の前の吹き抜けに来ると、ここにも働き者がいた。

 ミソルが掘り族にまじって道具の準備をしている。仕事の時間が長くなっちゃうから、休んでいいよって言っておいたのに。


「ルリ様ー。お待ちしてましたー」


 ニコニコと近づいて来る背中でしっぽがパタパタしている。なんかすごい楽しみにしているみたい。


 それじゃあ、ちゃっちゃとやりますか。

 大きく深呼吸をして、あたしは初期化でも崩れないという外境結壁の前に立ち、サークレットのディンに「いいよ」と言った。


『手を壁につけて。まず、ダンジョンの入り口を閉じるよ。【全進防陣】』


 前に結界を張った時のような、青い魔法陣が手の周りに浮かび消えた。


『次に、人や動物が入り込んでないかチェックからね。【全界精査】』


 熱が腕を通って土界に入って行く。手のひらから入って来る風のような感触は涼やかで、時々、トンと小さく引っかかりつつもほぼなめらかに体の中へ入っていった。


『小さい虫は浄化出来るから大丈夫、特に問題はないみたいだね。じゃ、初期化行くよ。王の魔力をかなり使うからがんばって。【内境結壁解除】』


 さっきの比じゃない熱の奔流が肩から腕を通り、土界の中に押し出されていった。


 うわぁっ、熱っ……!勢いがすごい――――!


 魔力がすごい勢いでぶつかり、サンドバックにドスッと拳を入れたような感触があった。その瞬間、ダンジョン内の境結壁が一瞬で溶けたのがわかった。

 熱で溶け解き放たれた土界の緩い粘土は、あっという間に通路を塞いでいく。

 うねる粘土が合わさりかき混ぜられ再生されていくのが手のひらから感じる。


 冷えて固まっていき、ゴォォォォォという低い音がだんだんと収まってきた。


 よし終わった――――。


 そう思ったところで視界がふーっと暗転していく。


 遠のく意識の中で最後に聞こえたのは「キャー!! ルリ様?!」「ルリ様ー!」と呼ぶ声だった。





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