側近のひとりごと1

側近、王にはナイショ(1)

 ルリ様の笑顔が減った。

 笑っていても、なんとなく硬い。

 時々見える真剣な表情も好きだけど、でもやっぱりふわっと笑った顔が好きだ。


 ルリ様が笑っていると、オレもうれしい。




 ルリ様は、オレが側近になってから三人目の王になる。

 先代の王がいなくなってから三年、今までこんな何年も王がいなかったことはなくて、みんながずっと待っていた王だった。


 最初に降りてきた時、オレは掘り族の作業場にいて、知らせがきてすぐに行ったのに、走っていく後ろ姿しか見えなかったんだ。


 ただ、女の人だっていうのはわかったから、その場で男の王の時にはない侍女役が選ばれた。

 掘り長の娘のポポリと、コウモリ族で護衛役のベリア。


 コウモリ族は地下国外で情報を集める仕事をしている者が多く、地下国でも陰で活動しているからあまり会う機会がない。


 オレも、ベリアに今まで会ったことがなく、本当にいるのかどうかもわからない。

 だけど、ベリア宛に置いておいたルリ様が作った革のブレスレットがなくなっていたから多分いるんだと思う。


 側近役は王がいてもいなくても、掘り族から一人と作り族から一人、出すことになっている。

 だから王がいない間は、オレは掘り族の仕事をしていたし、役についたばかりのデブラもそれまでの細工長のもとで働いていたんだ。


 王が遠慮をしないように、側近と侍女は若い者がつく役と決まっているので、みんな三十代だ。

 なのに、王は同じくらいか、もしかしたらもっと若い人だった。




 ルリ様と初めて会ったのは外境結壁の大壁前だった。

 きっとここから出てくるだろうって、思っていた場所からルリ様は出てきた。

 アゴまでの長さで揃えられた黒髪の上に、王の印のサークレットが乗せられている。

 でも、もしサークレットがなくてもルリ様は最初から王だった。


 オレをまっすぐに見た黒い目が、


「えーっと……こんにちは」


 って細められて、オレはびっくりしてぎゅーっとなってぽーっとなってしまったんだけど、ルリ様はちゃんと話を聞いてくれた。

 ルリ様は今もとても優しい。そしてすごくまじめ。今までの王たちと似ている。


 王笏セプターを持つとしっくりとなじんでますますかんぺきな王で、なつかしい気持ちになるくらいだった。


 そんなルリ様の役に立ちたいって思ってたのに。

 ちょっとだけ気持ちが変わってしまった。


 ルリ様がダンジョンの初期化で魔力がなくなって倒れた時、オレはとっさに抱きとめて、その軽さと細さにびっくりした。

 こんな頼りない体でいつも平気そうな顔で王の仕事をしているんだって思ったら、胸がぎゅーっと苦しくなって。


 オレが守らなきゃって思った。

 身体だけじゃなく、全部。

 ルリ様の笑顔も守りたいんだ。




「ミソル様。ルリ様は働き過ぎってドレンチ様も言ってただっす。ちょっと休んでもらったほうがいいだっす」


 ルリ様がダンジョンの土界に入っている間、オレたちは食堂に集まっていた。

 むずかしい顔をしているデブラに、料理長のオレの父ちゃんが答えた。


「ルリ様はまじめだから、その知り合いの勇者の子が心配で責任を感じてるんだろうなぁ。しばらくは好きにやらせてあげればいいと思うがなぁ」


 父ちゃんはのんきにそんなことを言うけど、また倒れたり病気になっちゃったりしたらどうすんの!


「だめだよ、父ちゃん。ルリ様は倒れるまでやってしまうから」


「そうだっす。根詰めてしまうし心配だすよ」


 オレたちがそれぞれ言って、父ちゃんは笑ってしまった。


「おまえたちも若いな。しょうがないなぁ。じゃ、ちょっと息抜きしてもらったらどうだ。中央通でおいしいものを食べて、買い物でもしたらちょっとは気分転換できるんじゃないか」


「ルリ様が行くって言うだすかねぇ」


「そこはいい案がある。ミソルが買い物を手伝ってもらえないかって聞けばいいんだよ。買うもの忘れちゃうからって言えば、ルリ様はきっと行ってくれるだろう」


 なんかそれずるくない? ルリ様の優しいところにつけこんでる? だましてるみたいでなんか。


「そういうわけだから、ミソル、お茶菓子頼むよ。甘いのとしょっぱいのと何種類か。あとテーブル飾りか壁飾り買ってきてくれるか。お金はあるな?」


「あ、うん。お給金使うことがないから、あるけど」


「よし。それじゃ、中央通で買い物して、美味しいお茶を飲んでくるのが、ルリ様の午後の仕事だ」


 父ちゃんはニカっと笑ってそう言った。

 えーと、なんだっけ、お茶して飾りを買う? あれ? 何飾りだったっけ、髪飾り?


「ミソル様、そういうことなら夕食も外で頼めるだすか? ドレンチ様と進めている話があるだっす。ちょっと戻る時間を遅くしてほしいだっす」


「え、あ、うん。えーと、うん」


 夜ごはんも外で食べる。お茶と夜ごはんと飾り。よし、大丈夫。

 あれ? なんだっけ? その前になんか考えていたような気がしたんだけど。


「買うものは、俺っちからもルリ様に伝えるだすね」


 あやしいのがバレてる。

 しっかり者のデブラが作り族からの側近でよかった。

 前にポポリはデブラを気が利くって言ってたな。ほんとうにそれだと思う。


「あはは……ありがとう、デブラ。じゃ、ルリ様を迎えに行ってくるよ」


 そう言って、オレは食堂を後にした。





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