王、お城へ行く(1)
次の日、みんな(偵察の二人以外)と朝ごはんを食べた後、お茶を飲みながらベリアが聞いてきた。
「王様、お城へ行きますか?」
「え! 中に入れるの?!」
「はい。私が久しぶりにコッフェリア王都に戻ってきて、挨拶まわりをしているという名目になりますが。王様は見習い細工師として付いてきたふりをすればいいと思います。昨日はそのために変装用の小道具を買ったんですよ」
なんと! あの丸眼鏡はただのベリアの趣味じゃなかったんだ!
半分寝ながら服の胸元にいたディンもピョコンと顔を出している。
「行く! 行きます!!」
「それでは、いくつか説明をしますね。地下国では王は役職名扱いなので『王』と呼んでいますが、こちらでは王様や国王陛下と呼ばないと場合によっては捕まります。ですから、城内では国王陛下、王子殿下と言っておいてくださいね」
「わかった。陛下、殿下ね」
「あとはこの『ノームの知恵』ですが、ロイターム国にある店の支店ということになっています」
「そうなんだ。地下国というのは隠しておいた方がいいんだね」
「はい。最高級の武具を作る地下国は謎に包まれた存在とされているので、悪用されないように隠しています。実際、ロイタームに大きな店を構えているので、嘘ではないのですよ」
地下国、いろいろやってるんだなー。
まったりのんびりかと思えば、なかなか周到に外交をしているみたい。
マディリオとラクの手腕かな。
ちらりと元統治長を見れば、パチンとウィンクを返された。
「王様……ルリ様は、ロイタームからおつかいで来た、モグラ族の見習い細工師ということになっていますので、よろしくお願いしますね。お名前もルリ様というわけにはいきませんから、申し訳ないのですが……ルーリィでいかがでしょうか?」
ルーリィ!! 未だかつてそんなかわいい呼ばれ方したことない!!
「ルーリィ、すごいかわいいです! ルリ様!」
「……確かにかわいいだっす、かわいいだすが……」
「本当にかわいらしい呼び名でぴったりだね。私もそう呼んでもいいかい?」
みんな口々にかわいいって言うけど、地味女子の柄じゃないと思う。でも、地下国では呼びたいように呼ばせてたけど、ホントは「様」って柄でもないんだよー!
「……それでいい、かな……みんなよかったらそう呼んで?」
ルーリィね! とコッフェリアのみなさんは受け入れてくれたようだけど。
「……王をルーリィだすか……!」
と、白目むいていたり、
「ルーリィ……無理です! 無理です! ルリ様!!」
と、しっぽをぐねんぐねんさせて赤面していたりするので、側近たちはそのままのようです。はい。
白いスタンドカラーが付いたこげ茶色のワンピースに、深緑のギャルソンエプロンを腰に巻いて、ポケットにディンを入れ。
ベリアから借りた茶髪のロングヘアーのウィッグをつけ、つばのないボンネットを被り、丸眼鏡をかけたら。
見習い細工師、ルーリィの出来上がり!
……。
誰これ……。
ベリアはかわいいかわいい言ってるけど、大丈夫? あやしくない?! 敬称がかいうんぬん以前に捕まっちゃったりしないよね?!
鏡を見て心配になるあたしを引っ張って、ベリアは意気揚々と地下通路へ向かった。
昨日寝る前に地下通路のコーティングを進めておいたので、ほんのり明るい通路がしばらく続いている。
今日の夜の作業で全面コーティングが終わるかな。
「明るくなりましたね。ここは非常通路の役割があるので、夜目が利かないドワーフの職人たちが助かります。ありがとうございます」
「ううん。あたしも暗いと見えないから、やっておいたら安心かなって」
通路を抜けると昨日と同じ小屋へ出て、下町の細い通りを歩いた。
王城からわりと近いところに馬車も通れない狭い通りがひしめく商店街があるのは、攻めづらいように作られているかららしい。
いざとなったら、雑多な町と人が壁になるってことか。
考えられてるけど、なんか気に入らないなぁ。
徒歩ならこういう細い抜け道のような通りを行くと、早く着けるということだった。
馬車が通れるほどのきちんとした太い道は、高級住宅街を通りつつぐるっと回ってお城へ着くという作りになっていると。
騎兵は高級住宅街を相手にさせるってこと?
考えられてるけど、ねぇ……。
そうこうしているうちにお城の階段下に到着し、なかなか長い階段を見上げた。
これを上っていくんだね……。
「ゆっくり上りましょう。途中に噴水やベンチもありますからね」
段を上っていると、階段横から始まるスロープへ馬車が入っていった。
馬車が余裕ですれ違えそうな立派な坂道は、お城の建つ丘の外周に沿ってゆるやかに続いているのが見えている。
「……そういえば、お店で、馬車って、使ってないんだね」
「ええ、マディリオ様が、維持費がかかるから、いらないと。お城で出た注文は、お城の馬車で、運んでもらえばいいし、あとのお客さんたちは、自分で店までくるから、馬車を、置いておける、場所だけ用意しておけば、いいという、考えですよ」
「スバラシイ、合理的」
「本当に、そういうところは、素晴らしい、のですけどね」
ブツブツと何か言っているけど、ベリアは楽しそうだった。
こっちの仕事も好きなんだろうな。
「……それにしても、この階段、きっつい……」
「そう、ですね。慣れていても、ちょっと、大変です……」
ふうふう言いながら、なんとか大きな城門の前までたどり着いた。階段はここでまたスロープと合流した。
広い前庭の奥にもう一つ城壁があり、その中に三角屋根の塔が並び建つ。高さが違う塔の重なり合うバランスが絶妙だった。
あたしたちはそこから中に入らず、城壁に沿って作られている立派な通路を歩き、その先の通用門へ到着した。
ベリアが門の脇に立つ衛兵に声をかけると「久しぶりだな!」と笑顔で迎えられている。
そして、持参した書状なんか見たんだかどうだかな軽さで、あっさりと通してくれた。
荷馬車や荷車が置かれている場所を抜けて中に入れば、検品するお城の料理係や、荷を運び入れる商人たちが忙しそうにしている。
その先の扉の向こう側へ出ると、高い天井にきらびやかな模様が描かれた豪華な廊下が伸びていた。
ここがコッフェリア王城。多分、ディンが長くいたお城だ。
エプロンのポケットを見ると、そっと顔を出したディンが感慨にふけるかのようにじっと前を見つめていた。
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